26話 『地球』という、未完成の世界
キナコは拳を強く握りしめた。
震える指先に、まだ戦いの余熱が残っている。だけど、それ以上に――胸の奥で疼く喪失感が、じわじわと広がっていた。
「私は……これで、本当に……よかったの?」
問いは空に向けられていた。
返事はない。けれど、耳の奥で、アイの笑顔が、ライザの励ましが、ウルトの静かな背中が、次々に浮かんでは消えた。キナコはそっと涙を拭い、空を見上げた。
先ほどよりも少しだけ色を取り戻した空の向こうに、微かに希望の光が揺れていた。
「……私はまだ、終わらない。ここから始める。みんなの分まで、生きてみせる」
その言葉は、静かに風に乗り、空へと昇っていった。
そしてキナコは、ゆっくりと歩き出した。
たった一人きりの未来へ――
けれど、その背には、確かに三人の想いが寄り添っていた。
戦いは終わった。でも、それは始まりに過ぎない。
かつて人々は“正しさ”の名のもとに管理され、選ばれた感情しか許されなかった。悲しみも怒りも、喜びすらも――上から定められた枠に従うだけの世界。
誰もが、自由に笑って、泣いて、様々な選択をして生きていけるセカイを。誰かに管理されることのない、本当のセカイを――。
そして、世界は変わった。
「地球」と呼ばれるその新たな世界が創り上げられた。それは、過去の誤りを乗り越え、束縛から解き放たれた場所――だが、完璧ではなかった。誰もが自由に選べる世界であっても、必ずしもそれが正しい方向に向かうわけではない。それでも、それは始まりに過ぎなかった。
人々が学び、変わり、成長する過程において、何が正しいのか、何が間違っているのかを見つけることこそが、新たな世界を形作る唯一の方法なのだ。
新たな時代が始まり、希望に満ちた未来が広がる一方で、誰もがその未来をどう築くべきかを模索していた。自由が与えられたことは、決して容易なことではなかった。選択肢が多すぎて、逆に迷いが生じ、進むべき道がわからなくなることもあった。人々は誤りを繰り返し、時に足元をすくわれることもあったが、その一歩一歩が確かな学びとなり、世界を少しずつ形作っていった。
しかし、そんな中でも、「正しさ」とは一体何だろうと問いかける声が広がり始めた。自由に選ぶことの意味を、そしてその選択がどのように世界を動かすのかを、誰もが真剣に考え始めたのだ。
ある者は過去の教訓から学び、より良い未来を築くために手を取り合おうとした。
またある者は、変わらぬ価値観を守ろうとし、新たな道を切り拓こうとした。
それでも、全ての選択が一度に正しいとは限らない。時に過ちもあり、痛みを伴うこともあった。だが、その痛みすら、世界が成長するために必要なプロセスの一部であった。
この新しい世界において、ただ一つ確かなことがあった。それは、どんなに小さな選択でも、それが積み重なり、やがて大きな変化をもたらすということだ。そして、その変化こそが、世界が新たに創り上げられる過程そのものであるということだ。
世界は、完璧ではなくとも、確かに動き始めた。そして、何度も転んで、何度も立ち上がりながら、人々は自分自身と向き合い、新たな未来を選び取っていった。
それが、ほんの少しずつ形になっていく様子を、ウルト、アイ、ライザ、キナコは見守っていた。
『バグが壊す電脳世界 ~管理された電脳世界でバグとして目覚め、世界を崩壊させる~』
ですが、これにて最終回になります。
ここまで読んでくださった皆さまには、心より感謝いたします。
たくさんの応援や感想が励みとなり、最後まで描ききることができました。
そして、次回作のお知らせです。
次は、魔王とポンコツ勇者が織りなすドタバタコメディ、ギャグ要素たっぷりの新連載を予定しております!
シリアスな電脳世界から一転、笑って楽しめる作品になるよう全力で頑張りますので、こちらもぜひご期待ください!