25話 絶望の果てに、一筋の光
「この一撃で、終わらせる!」
アイの叫びとともに、《絶対防御》が最大出力で展開される。
その力は、空間を包み込むように広がり、因果すら塗り替えるほどの支配力を持っていた。
光は消え、
音は消え、
重力さえ意味を失い――世界は“灰色”に染まる。
「今だ、キナコ、ライザ!」
アイの支配下で、ライザの閃光の突進、キナコのラプラス砲が一点を貫く。
三人の力が、ひとつの線に重なる。
ジーオンのコアを――穿った。
「まだだ!」
ライザが鋭く叫ぶ。戦場を包む空気が――変わっていた。
穿たれたはずのコアの奥、微かに歪む空間。そこから――黒い“手”のようなものが伸びていた。
「キナコ!アイ!後ろに下がれ!」
その瞬間、ライザは自らの雷のエネルギーを爆発的に放出し、二人を弾くように奥へと押し飛ばす。
「なっ、ライザ!?」
「……この手は、俺が受け止める。ここが、私の“終点”だ」
ライザは身体にはその手のようなものが貫通していた。
ライザが倒れる前に、深く息を吸い込む。
その背中には、雷のような激しいエネルギーがほとばしっている。その雷のエネルギーが黒い手のようなものを伝って本体までそのエネルギーが到達していた。
「ライザ、ダメ…!」
キナコはその様子を見て、声を上げるが、ライザはその言葉に答えず、ただ静かに前を見つめた。
「これが、私の役目だ」
ライザは静かな声で言い放つと、雷のエネルギーをさらに強く放出し、無数の黒い手を完全に焼き尽くしていた。
キナコはライザの無機質に倒れた身体を支えようとしたが、その手に触れた瞬間、冷たさが伝わり、胸が締め付けられるような感覚に襲われた。ライザの目はすでに閉じ、息も絶えていた。
「ライザ…!そんな…ライザ、ライザ」
何度も何度も名前を呼び声を震わせながら、ライザの体を抱きしめた。涙がこぼれ落ち、彼女の顔を伝っていった。
キナコは心の奥で何かが壊れていく音がした。
その時、アイが近づいてきて、キナコの肩をそっと触れた。
「ライザは最後まで戦った。僕たちはライザの意思を無駄にしてはいけない」
「話は終わったかい?攻撃を一つ封じて勝ったつもりになられても困るけど」
あまりにも無情な言葉だった。涙で滲んだ視界で、ジーオンの姿を捉える。
キナコは無意識に立ち上がった。怒りと喪失感が、彼女の中で激しくぶつかり合っていた。しかし、それでも彼女は前に進むしかない。ライザが最後まで守ろうとした未来を、無駄にしないために。
「私は、お前を許さない。私の大事な人を二人も奪った」
キナコは震える声で言い放ちジーオンに向かっていく。
「君たちがいくら吠えても一時的に未来を見る力を封じてもすでに確定している未来は変わらない。ブラックホール」
そう言い放つと、ジーオンはゆっくりと手を掲げ、周囲の空間に異変が起き始めた。彼の周りの空気が引き裂かれるように、黒いエネルギーが渦を巻き、まるで次元そのものが歪むかのような感覚が広がる。
「これは私の意思で自由に出したり消したりできる現象だ。攻撃ではない。つまり絶対防御で防ぐことはできない」
それは周囲のすべてを引き寄せるかのように膨張しながらアイとキナコに向かって進んでいく。
「すべては、ここで終わる。君たちの努力も、命も、何もかもが無駄だ。最初から決まっていたことだ」
「キナコ、後ろに下がれ!僕が何とかする。大丈夫僕は死なない」
アイの声が、戦場に響く。彼はその言葉とともに、必死でキナコを後ろに押しやる。その背中に感じるアイの強さ、そしてその言葉の裏に隠された覚悟が、キナコの胸を締めつけた。だが、彼女はすぐには動けなかった。アイの言葉が耳に届くと同時に、彼女はその存在を感じていた。アイの力、それがどれだけ強くても、今この瞬間において、それがどれほど無力であるかもわかっていた。
アイの体が、ブラックホールに引き寄せられる。その力は、まるで全てを呑み込むように、空間そのものが崩れ落ちるかのように広がっていた。アイはその異常な力を感じ取り、瞬時に判断を下す。両足がすでに吸い込まれかけ、体が引き裂かれそうになった瞬間、
「これで終わらせる――!」
その瞬間、アイは全身にエネルギーを集中させ、絶対防御を発動させる。その防御力は、無限とも言えるエネルギーのバリアとなり、ブラックホールの引力に対抗する。周囲の空間が歪み、時間すらも一瞬の間に静止したかのように感じられる。アイの空間に入っているブラックホールは徐々に小さくなり消失した。
だがアイの身体は幾度となく使用した絶対防御の反動で限界を迎えつつあった。
「アイ!大丈夫?」
キナコの声が、必死に響く。しかし、アイはその声に答えられず、膝をついてその場に倒れ込んだ。
「……大丈夫だ」
アイは何とかいつものように余裕の笑みを作ろとするが、それもまた無理に思えるほど、アイの身体は限界に近づいていた。
「僕は……」
だが、その言葉は途切れ、アイは力尽きたように体を傾け、倒れる。キナコは慌てて彼を支え、手を伸ばしてその体を抱きとめる。彼の体温が熱を失って冷たく感じられ、心の中で何かが砕けるような痛みが走る。
「アイ、アイ」
アイは、再びゆっくりと目を開ける。その瞳には、以前のような活力はないが、それでもキナコの目を見て、必死に言葉を続ける。
「逃げろ!キナコ。いまの僕たちじゃこいつに勝てない!逃げろ!」
「ブラックホール」
ジーオンの無慈悲な攻撃が、二人を襲う。ブラックホールがゆっくりとその膨大な力を集め、周囲の空間を歪ませながら、キナコとアイを飲み込もうと迫ってきた。アイの体が完全に冷たくなり、呼吸すらもかすかになっていく中、アイは必死にキナコを見つめ、その言葉を紡ぐ。
「キナコ、お願いだ…逃げてくれ…」
アイがキナコを蹴り飛ばした瞬間、彼女は空中で体をひとひねりして、何とか地面に着地する。しかし、その瞬間、すべての音が消え、世界がまるで静止したかのように感じられた。目の前で、アイの体がブラックホールに飲み込まれていく。
「アイ…!」
キナコの叫びが、何の返事もなく空気に消えていった。彼女は立ち上がろうとするが、身体が震えて思うように動かない。アイが自分を守るために全てを捧げ、最後の力で彼を守ったその瞬間を、ただ見つめることしかできなかった。
その直後、突然、ブラックホールの引力が一気に消失した。空間が元に戻り、周囲の歪みが解けた。キナコは理解した。アイが内側から打ち消したのだと。
キナコは抑えきれない痛みで締めつけられた。アイは、自分が見守っていたあの笑顔と強さを最後に見せ、全力で自分を守りながら、命をかけてそのブラックホールを打ち消した。アイの身体は、もうそこには存在しなかった。
キナコは一歩、また一歩と進み、倒れるように地面に膝をついた。涙が溢れ、手を差し伸べるが、何もかもが無情に虚しく思える。ただ、アイの最後の思いが胸に迫り、言葉が出てこない。
キナコは、震える手で顔を覆い、涙が止まらなくなるのを感じた。何度も何度も心の中で呟いていた。アイの最後の姿、彼が守ってくれた未来、そしてライザやウルトが自分に託したものが、すべて失われたような気がして、何もかもが壊れたような感覚に襲われていた。
「ごめん、もう…私は…」
「なんだこれは?」
ジーオンが突如焦りだす。
「確定した未来が書き換えられていく。何が…!?こんなことは、絶対にあり得ない…!まさかウルトか?」
ジーオンがその名前を口にした瞬間、キナコは自分の胸が高鳴るのを感じた。ウルトの力、彼が残したものが、今この瞬間に何かを変えようとしているのだと。
キナコはその動きを見つめながら、震える手で拳を固めた。「ウルトは、私の中で生きている。もう一度、立ち上がるんだ」そう思い彼女の心は、今までにないほどの決意で満ちていた。
「次は、私が戦う番だ」
キナコの声は震えながらも、力強く響いた。彼女はその光の力を自分の中に取り込むと、ジーオンに向かって歩き出した。その一歩一歩に、彼女の決意と覚悟が込められていた。
「君の力では、結局は変わらない。私の未来は、絶対に揺るがない!」
「私が変える!」
その瞬間、キナコの中から放たれた光の波動がジーオンを包み込み、彼の周囲に立ち込める黒いエネルギーと対峙した。光はジーオンの力を引き裂くように広がり、彼の周囲にあった歪んだ空間を解き放つ。
ジーオンはその光の強さに驚き、後ろへと退く。だが、その力は止まることなく、彼に迫り続ける。キナコの目には、すでに過去の彼女ではなく、未来を変えるために戦う者の強さが宿っていた。
「ウルト、ライザ、アイ…みんなの力を、私は決して無駄にしない!」
キナコは心の中で叫び、全ての力をその一撃に込めた。
「これがセカイを変える力か。なるほど」
ジーオンはすべてを悟ったように微笑みながら、光に包まれ、その姿を消していった。
ウルトが、あの時、あの場所で——そしてライザ、アイが命を落とすことで、この未来が決まっていたのか……。
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