22話 この戦場に未来を残して
機械兵器が、唸りをあげて迫る。
その腕には回転する多関節の砲塔――周囲の岩壁を一撃で穿つ、桁違いの火力。
「あれに当たったらひとたまりもない。キナコ俺がおとりになる。戦闘になれば必ず隙ができるはずだ。その時は俺もろともでいいから打ち抜け!」
「それって本来の未来視が“あれば”のタイミングでしょ?」
「……だからお前に任せるんだ。お前なら、いける」
キナコの目がわずかに見開かれる。
その言葉に含まれた重みと信頼が、迷いを吹き飛ばす。
「わかった。けど……必ず避けてね」
「当たり前だ」
キナコは岩陰から身体を出し追尾する光のビームを次々と機械兵器へ打ちこむ。しかしびくともしない。
それでもキナコは攻撃をやめない。地面が砕け、爆風が巻き上がる。
機械兵器の装甲の隙間――脚部の連結部へ、ウルトは滑り込んでいた。
「キナコ、今だ!」
ウルトの声が、戦場に響いた瞬間――
キナコの両腕に宿る光が、咆哮のように解き放たれる。
蒼白のビームが空を割り、機械兵器へ一直線に向かう。
ウルトは、わかっていた。キナコがウルトに攻撃が当たらないように威力を落としででも追尾式のビームを討つことを。
そして追尾が始まる前の一直線の軌道の火力をぶつけないとこいつは倒せないことを。
ウルトは機械兵器を持ち上げ躊躇なくキナコのビームの最高火力地点へと飛び込んだ。
その瞬間、ビームが到達。
直撃――炸裂音と閃光が、空気を裂いた。
◇◇
時間が止まったような静寂の中、
キナコの目が、大きく見開かれる。
「……ウルト?」
機械兵器は内部から破裂し、崩れ落ちていく。
だが、その前に立っていたウルトの左腕――完全に焼失していた。顔の左半分も重度のやけどを負っていた。
彼の身体がふらつき、膝をつく。
「ウルト……!」
その言葉が、キナコの喉から絞り出されるように漏れる。
ウルトは口を開け、無理にでも笑顔を浮かべようとするが、その表情はひどく歪んでいた。
「キナコ……」
ウルトの声がかすれ、辛そうに漏れる。顔の左半分は焼けただれ、体中から血が滲んでいる。痛みで表情が歪んでいても、彼は必死にキナコを見つめていた。
「……ウルト、だめ……こんなの、だめ……!」
キナコは彼の肩を掴んで揺さぶりながら、涙を抑えきれなくなった。
「……バカ、バカ……避けるって言ったじゃん!なんでこんなことしたの!」
「……お前が、信じて全力で打ってくれたから……だから、俺は…やるべきことを…やった」
「ウルトなら当たらずあの機械兵器だけを倒せたでしょ!まさか、ラプラスを……使ってた?」
「…使ってない……」
「じゃあ、どうして…どうしてそんなことを!?」
声が震え、キナコはウルトの肩を揺さぶる。彼がこんなにも自分を信じてくれていることはわかっている。でも、こんな無茶な選択をする理由が理解できなかった。彼の命を賭けるような方法を、どうして取らなければならなかったのか。キナコの心は引き裂かれそうだった。
「それより…また敵が、来る。お前は…逃げろ!」
「ならウルトも一緒に!今ならまだ間に合う」
「今ラプラスで一瞬見えた。大群だ。俺をかばいながら倒せる量の敵じゃない。俺はまだまだ戦える」
「嘘!そんな体で戦えるはずない!」
「ライザ!キナコを戻すよう命令しろ!」
ウルトの声が、痛みに満ちた鋭い命令となって響く。その言葉に、キナコは目を見開いて思わず息を呑んだ。ウルトがこれ以上無理をしようとしていることが、全身に冷たい恐怖を感じさせる。彼が命を賭けて戦おうとしているその姿勢が。
「ウルト、お願い…そんなこと言わないで!」
キナコは必死にウルトの肩を掴み、強く揺さぶった。
「ライザ!」
「戻りなさいキナコ。本当にここには大群が来る!」
キナコは歯を食いしばりながら、ウルトの肩を掴んだままライザに向かって叫んだ。
「無理だよ!ウルトを置いてなんて、戻れない!!」
ライザの声は、通信越しとは思えないほど厳しく、そして苦しげだった。
「気持ちはわかる。でも今は感情で動いていい状況じゃない!お前が残ってもウルトを守れる保証はない!命令だ、戻れ!」
「だったら、命令に逆らってやる……っ!」
キナコの瞳が鋭くなり、ライザの声に真っ向から抗う。
「ライザ!まだ間に合う!」
「戻れキナコ」
キナコの身体が、突如として硬直した。
「……っ!? なに……これ……動け、ない……!」
ライザの冷たい声が、通信の奥から届く。
「緊急拘束コードを発動した。すまない、キナコ――これが最善だ」
「ライザ……やめて!やめてよ!!」
キナコの声は、怒りと悲しみに震えていた。だが、その叫びも届かぬまま、彼女の身体は機械的なコードによって自由を奪われ後方へと引き戻されていく。視界が遠ざかっていく。爆炎と煙の渦、その中心に、傷ついたまま立ち尽くすウルトの姿が――
「ウルトッ!!!いやあ、ウルト!ウルト!」
キナコの絶叫が戦場に響いた。だが、彼女の手は彼に届かない。ただ、涙と共に空を掴むしかなかった。
ウルトはその声に振り返り、ほんのわずかに微笑む。顔の半分は焼けただれ、立っているのがやっとの状態だった。それでも、その瞳は力強く、キナコを見送っていた。
「――ありがとう。お前が、生き残るなら……俺は、それでいい」
ウルトの呼吸は荒く、肺の奥から焼けつくような痛みがこみ上げてくる。
視界はぼやけ、全身が痺れ、立っているのが奇跡のような状態だった。
それでもウルトは――ラプラスを切らなかった。
この戦闘の始まりから、ウルトは常にラプラスを発動し続けていた。
未来が敵のラプラスで“確定”しないように、あらゆる可能性を維持しながら、最悪の結末を回避するために。
仲間が死なない未来を、キナコが逃げ切れる未来を、必死に紡ぎ続けていた。
だがその代償は、あまりにも大きい。
コアへの負荷、記憶の断片化、現実との乖離。
身体だけでなく、精神すら徐々に壊れていく――それがラプラスの“裏側”だった。
(あと……もう少しだけ……)
キナコが逃げ切る未来は、ウルトのラプラスの中では確かに存在している。
けれど、それは「今この瞬間にラプラスを使い続けた場合に限る」未来。
だから彼はまだ、止められなかった。
(俺がこの場に立ち続けている“可能性”を、敵に見せ続けるんだ)
――間に合う。
あと十秒、いや、八秒……
俺がここに立ってさえいれば、キナコは生き延びる未来へと確実に辿り着ける。
未来が、確定した――その瞬間。
「――ラプラス、解除」
空間が揺れるような、静かな衝撃が脳に走る。
脳内を覆っていた複雑な情報の奔流が収束し、世界が“今”に戻ってくる。
途端に、立っているだけだった身体が重力に従って崩れ落ちた。
足は動かない。視界は暗くなる。
残っていた神経のひとつひとつが、次々と沈黙していく。
「守り切った…」
誰に言うでもない、かすれた呟きが、血の中から漏れる。
静寂の中、ウルトの体の傍らに、ひとつの通信機が転がっていた。
それが微かに光り、誰かの声を拾った。
「……ウルト、聞こえるか?応答しろ……!」
ライザの声だ。
怒気も、焦りも、感情を押し殺した声の奥に、深い痛みが滲んでいた。
「キナコは……無事だ。お前が、通した未来が、確かに残った」
けれど、それ以上の応答はなかった。
ただ、風だけが静かに吹いていた。
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