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21話 奪われた未来、残された選択

その頃、ウルトはすでに前線に近い山間部に差し掛かっていた。セブン部隊がウルトの後ろに続く。戦場に近づくたびに血と煙の臭いが強くなってくる。


「通信、開いてるな。アイファイブ、応答願う」


ザザッ……とノイズ混じりの音声が数秒の沈黙の後に返ってきた。


「俺だ。現在の詳細な座標を送ってくれ。すぐにそっちへ向かう」

「座標、送信……くっ、状況……あまり……持たない……」


通信は途切れ途切れだった。だが、ウルトにはその背後に、部隊の消耗と絶望が滲んでいるのがはっきりと伝わってきた。


「急ぐぞ」


ウルトの一言でセブン部隊が一斉に動き出す。誰もが無言のまま、それぞれの武器を握りしめ、ただ前へと進む。



やがて崩れた渓谷の奥に、アイファイブ部隊の姿がかろうじて見えた。血に染まり、半数はすでに倒れ、残る者も負傷していた。だが彼らは、歯を食いしばって銃を握り続けていた。


「聞こえるかウルト。思った以上に戦況は悪い状態となっている。現在そちらにキナコを単独で向かわせている。セブン部隊はアイファイブ部隊の回収。二人で前線を引き上げてくれ」


ライザの冷静な声。しかしその言葉の裏には多少の焦りが含まれているように感じる。


「了解」

「回収班は俺と一緒に正面突破!その他は周りの状況確認だ。隠れているかもしれない敵の索敵!」


その刹那、谷の奥から重く不気味な足音が響いた。


「これは……」


そこに姿を現したのは、ジーオンの機械兵器だった。重装甲に身を包み、歩くたびに地面を震わせるような存在感。通常の火器ではまず太刀打ちできない。


「ウルト!どうする!?」

「作戦は変わらない!このままいくぞ!」


ウルトの声に、一瞬ひるんだ隊員たちが再び気を引き締める。信じるしかない。この戦場で、彼の指示以上に確かなものなど存在しないのだから。


ウルトが前に立つ限り、彼の命令がある限り、生き残る可能性が生まれる――そう信じていた。

そしてウルトは、静かに目を閉じた。


ウルトは常にラプラスを発動しながら最悪の未来にならないように戦場を調整しながら戦うようにしている。


その瞬間、彼の意識は“未来”へと滑り込む。脳内に広がるのは無数の断片的な映像――仲間が倒れる未来、自分が命を落とす未来、敵の進行ルート、キナコの援護が間に合わない時間軸……膨大な「可能性」が、彼の中を流れていく。


「……未来が、安定しない……?」


ウルトは思わず立ち止まった。喉奥で息が詰まり、視界の“未来”がノイズ混じりに揺らぎ始める。

これは――おかしい。


焦りが、身体の芯から這い上がる。ラプラスにおいて未来がブレるというのは、存在してはいけない現象。それが今、現実に起きている。


(これは……敵のラプラスか!?)


ウルトの脳裏に浮かぶのは、ジーオンが進めていた極秘計画――「ラプラス・コントラクト」。

敵もまた、未来に干渉する能力を開発していた。もしその試作型が、この戦場に投入されていたとしたら?


(ラプラス同士が、干渉し合っている……?しかも一人や二人じゃない)


この違和感、脳を焼きつくすような錯覚、未来の「確定」ができないという感覚。これはまさに――同じ能力を持つ“誰か”が、未来を書き換えている。


「未来が……奪われる」


それは、ラプラスを持つ者にとって最大の敗北だ。

“未来を知る者”が、“知らされる側”になるということ――それは、すでに戦場の主導権を失っているということに他ならない。

そして、ウルトは理解した。

この戦場では、ラプラスを止めた瞬間に“負け”が始まる。


「……くそっ」


額から汗が噴き出す。呼吸が乱れ、視界の“未来”はノイズの中で激しく揺れていた。

けれど、彼はラプラスを止めることができなかった。


キナコはウルトの隣に滑り込むように着地した。肩を上下させながら、すぐさま戦場を見渡す。焦げた空気と、砲火の残り香が風に乗って流れてくる。


「……アイファイブ部隊、まだ生き残ってる?」

「わずかだ。だが、これ以上の援護がなければ全滅は時間の問題だ。加えて、ラプラス干渉者が複数いる。俺の未来予測が通らない」


「ラプラス……干渉?」


キナコの顔がわずかに強張った。


「ウルト。今の状態じゃ、全部抱えるのは無理よ。見えてない未来に突っ込むなんて……!」

「それでも、止められない。ラプラスを切った瞬間に、俺たちの未来が確定される。そうなれば今より。戦況が悪化する!」


ウルトの声には焦燥も痛みもあったが、それ以上に揺るがぬ覚悟があった。


「それより、あの機械兵器を何とかしないと。アイファイブの回収もできない。それが今回の最低限こなさないといけない任務だ」


キナコはその言葉に一瞬だけ視線を逸らし、唇を噛んだ。

彼の言っていることが、誰よりも正しいとわかっている。

だが、それでも――それでも、叫びたくなる。


「……だったら、せめて分け合いなさいよ……!」


思わず吐き出したその声に、ウルトがわずかに目を見開く。

だがキナコは構わず続けた。怒りと悲しみと、そして揺るがぬ信頼をその瞳に込めて。


「全部一人で背負い込んで、その結果ウルトが犠牲になる、そんな未来に、私は乗らない!」


「……キナコ。お前の“未来”を信じるっていう未来が――俺には、見えてなかった」

セブン部隊の通信に、ウルトの声が鋭く響いた。


「命令だ。セブン部隊、アイファイブ部隊の回収を完了次第、速やかに指令室へ撤退せよ! この場は俺とキナコで抑える!」


ウルトはその後すべての通信を切り戦闘準備に入る。


ウルトは額の汗をぬぐい、深く息を吸い込んだ。

指先は微かに震えていたが、その眼は迷いなき光を放っていた。

ウルトの身体がすでに極限状態にあることは明白だった。それでも、彼は前を見た。彼女が隣にいるから。

キナコもまた静かにうなずく。

装備の安全装を外し、すべてのリミッターを解除。


「来るぞ……!」

「予測する、ラプラス抜きで!」


そんなものなくても未来くらい予想するのは難しくない。


それは、かつてアイがよく口にしていた言葉だった。

ラプラスがなくても、戦場で生き抜く術はある――そう言い続けた、頑固で、頼もしい背中。


読んでいただきありがとうございます。

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