19話 Xeon(ジーオン)
「それとキナコ!敵はまだいるぞ。気を抜くな。常に周りを警戒しろ」
敵を一人倒したことによりそこに現着したウルトと、アイはわずかに緩んでいた気が引き締まる。
その時だった。空気が――まるで凍ったかのように――静まり返った。
「っ……来る!」
ライザが即座に反応する。しかし、何も見えない。キナコの視界にも、周囲の空間にも、誰もいない。だが確かに、何かが“そこ”にいる。
「ウルトはラプラスで未来を警戒しろ、キナコはいつでも攻撃できる準備をしておけ!それとなるべく僕の近くにいるんだ。敵の姿が確認できない。周囲の空間に歪みを感じる……これは“存在情報の隠蔽”だ。セカイそのものの隠しフォルダになっているようなものだ」
アイは絶対防御を展開し周囲を警戒している。その範囲は身体を手に入れたことにより10メートルほどまでに拡大している。
「僕の領域に入ったらそいつを認識することが出来るがまだ入ってきていない。ライザこっちは大丈夫だ。自由に動け!」
「そのつもりだ」
警戒状態が続くが一向に姿を現さない。沈黙がその場を支配していた。
「かかった」
アイは自分の空間内を瞬間移動し雷蒼拳を放った。
アイの雷蒼拳が放たれた瞬間、周囲の空間が激しく歪んだ。閃光が一瞬にして広がり、空気が振動して耳をつんざくような音を響かせる。だが、その一撃が空を切った。
「かわされたか」
アイの眉がわずかにひそめられる。予想外の反応に、ほんの一瞬、思考が止まったが、すぐに冷静さを取り戻す。
「……あの存在、ただ者じゃないかもしれない」
アイは深く息を吐き、周囲の歪みを鋭く見極める。かすかに感じる存在感が、再び消えることなくその場に留まっている。
「ウルト、奴はもう一度必ず僕の空間に入ってくる。そして僕の攻撃もかわされるその場所を読みライザに伝えろ」
「来たな。」 アイの口元がわずかに引き締まる。
「ウルト!」
「ライザ南南東2秒後!」
ウルトは空間の揺らぎを瞬時に感じ取ると、アイの雷蒼拳が再び空を切り裂いた。ウルトの指示通り、ライザはその場所にテレポートし、すぐに雷蒼拳をそこに打ち込む。
すさまじい音と共に、空間が一気に圧縮され、雷蒼拳の放たれた閃光が周囲の歪みを打ち破った。
「揺らぎは消えたな」
ライザが安堵の息を漏らす。アイは肩の力を抜き、深く息を吐いた。
「この場所はもう使えない。このレベルの敵が来たという事はおそらくジーオンに見つかったのかもしれない。キナコ引っ越しの準備だ」
キナコは無言でうなずき、煙が立ち込め、瓦礫が散らばっている。まだ崩れた壁が残り、風に舞う灰が視界をぼやけさせていた。
「ウルト。今の戦闘で、僕たちも――セカイ、いや、ジーオンに存在を知られた可能性が高い。水を運ぶ仕事は……今をもって終わりだ。これからは、本格的に修行と、“世界を崩壊させ、作り直す”準備を始める。つまり僕たちはバグとしてセカイと本格的に戦っていくという事になる」
アイが静かに言うと、ウルトはわずかに目を細めた。
「それなら今後は四人で行動することになるってこと?」
キナコがそう尋ねると、アイは少し考え込みながら答える。
「いや、それはやめた方がいい。大人数ってわけじゃないけど、数が多いほどジーオンに居場所を察知されるリスクが高くなる。何かあったときに対応できるように僕とウルト、ライザとキナコで行動するようにしよう。いざという時遠すぎてすぐに合流できないというのも困るから近すぎず遠すぎずの距離にいるのが好ましいな」
「なるほど、慎重に動かないといけないんだな」
「そうだ。ジーオン今後僕たちが何か問題でも起こしたら、すぐにでもこちらを見つけ出すだろう。だからこそ、行動は分散して、でもそれぞれが連携できるようにしなければならない。行動するたびにリスクが増えるが、それでも進むしかない」
「そもそもジーオンってなんだ?」
先ほどから会話に出ている聞き覚えのない単語にウルトは疑問を投げかけるとアイは少しだけ間をおいて話始めた。
「ジーオンは、セカイの支配者――というより、セカイそのものを動かす存在だ。その存在はセカイを支配し、コントロールしている。『管理者』とも言えるかもしれない。僕たちは、セカイの中の『バグ』。つまり、セカイのプログラムに干渉し、そのルールに従わない存在だ。ジーオンは強い正直今の僕たちじゃ太刀打ちできないかもしれない」
先ほどの戦闘を見たウルトは今のアイやライザ博士でも太刀打ちできないかもしれないと思わせる存在がいることに驚きを隠せないでいる。
「驚くことじゃない。セカイを相手にするんだ。そう簡単に倒せていたらこのセカイはとっくに作り変えられているよ。そうなっていないってことは、そこにはそれだけの理由があるということだ。それに私たちも一度敗北して技術が進歩した未来に託しているんだ」
ライザのその声には、決意と覚悟が滲んでいた。
「そしてジーオンは同じ事を二度許さないだろう。おそらくこの時代のこの戦いが最後の決戦になるだろう」
その言葉を聞いて、ウルトは心の中で何度も繰り返しながら、深い決意を固めていた。そして、短い沈黙の後、ウルトは静かに呟いた。
「強くなろう」
その言葉には、どこか切実な想いとともに、確固たる覚悟が込められていた。ウルトはその言葉を繰り返しながら、自分の拳をしっかりと握りしめた。その拳に込めた思いは、この時代を生きるすべてのヒトたちへの未来を切り開く戦いへの誓いだった。
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