11話 『コア』『メモリ』『タスク』
二人の声が重なり、部屋に一瞬、ギスギスした空気が流れた。だが、ライザは全く動じず、淡々と言った。
「まぁ、キナコとウルトの適性を見ての割り振りだ。我慢してくれ」
ウルトはキナコの、いつもの優しい雰囲気とは裏腹に、本気で嫌がっている様子に驚きの表情を浮かべた。普段ならすぐにでも和解し、笑顔で切り替えるキナコが、こんなにも拒絶反応を示すとは思っていなかったからだ。
「その前にアイを共有フォルダとしておくか。そこにデータを置いておくことでアイをキナコや私も条件付きではあるが対話することも能力を使ってもらうことも可能だ。そしてウルトからも切り離される。さらにアイは私たち3人の半径3メートルならいつでも切り替え可能で能力も使えるという事だ」
「そんなことより、キナコと修行なんて――僕は絶対に嫌だ」
ライザの言葉は静かだったが、その内容はまるで未来技術のような響きを持っていた。
……いや、これ、普通にすごすぎるだろ。と内心思っていると、それに反応するように、空中にアイのホログラムがふわりと浮かび上がった。
「というか、その共有フォルダは実用レベルまでいったんだね。すごいじゃないか」
少し皮肉を滲ませた声で、アイが言った。
「キナコはアイとの修行は嫌なのか?」
ウルトがそう尋ねると、キナコは一瞬、露骨にいやそうな顔をした。
だが、すぐに視線をそらし、小さく息をついた。
「……うん。でもライザ博士が決めたことだからやる」
「よかった」
ウルトは安堵の息を漏らした。
理由は分からない――けれど、キナコとアイの間に何か確かな“わだかまり”があるのは感じ取れた。
それでも、とりあえずキナコが納得してくれたことに、素直にほっとした。
「僕はキナコと修行するなんて言ってないんだが?」
「命令だ」
その一言に、部屋の空気が一気に固まった。
ウルトは言葉を飲み込み、キナコは目を伏せた。
一瞬だが確かに感じた威圧感。これも何かの能力なのだろうか?そんな疑問を感じた。
「ちぇ、わかったよ」
アイも渋々納得した様子で返事をした。
「さぁウルト。こっちだ。アイの能力もあるし少し離れたところで修行だ」
「わかった」
こうしてひと悶着あったもののようやくウルトとキナコの修行が始まった。
「まずは知識付けからだウルト。前にもいったが世界が代わる。今ままでどれほど効率の悪いことをしていたのかと。それが終わったら実践練習だ」
「おす。博士」
「おぉやる気があっていいことだ」
「まずはこれだ『タスク』最初のうちは、これが重要だ。一緒にやってみてくれ。そっちの方が説明がしやすい」
「いきなりそんなこと言われても、できるのか?」
「これは『タスク』と唱えるだけで自動的に視界に表示される。できないことはない」
「わかった。『タスク』」
その視界に様々な情報が表示された。
「視界には、コアやメモリの使用率といったものが見えているはずだ。これは……そうだな例えばそこに転がっている、少し重そうな石を持ち上げてみてくれ」
ライザ博士が指をさした先には、少し重そうだが、持ち上げることができる程度の石があった。
「わかった」
そう言って石をもち上げた。
「さぁもう一度そのタスクを見てくれ」
「コアとメモリの数字が増えている」
「それが君の身体をどのくらい使っているかがわかる。いわば自分の限界値って言ったところだ。まぁ自分の身体の使い方がわかってくればそれを見なくてもよくなるだろう」
その後の説明で任意で消したりもう一度『タスク』。と唱えればまた自分の視界に表示される。そして視界の中心にあって邪魔だと感じたら、視界の端に移動させておくこともできると教えてくれた。
「簡単に言うと、コアが核となる脳みその部分、メモリはそのコアを動かす筋肉みたいなものだ。あまり難しく考えなくてもいい」
ライザ博士は続けて、画面に浮かぶタスクを指さしながら説明を加えた。
「そしてコアとメモリこれにはヒトによって限界値があり今以上の能力を使えることはない」
「それじゃぁどんだけ鍛えても無駄だってことか?」
ウルトはふと頭に思い浮かんだ疑問を聞いてみた。
ライザ博士は少し考えるように黙ってから、穏やかな声で答えた。
「いや、無駄ではない。鍛えることで、コアとメモリの使用効率を高めることはできるんだ。
限界値を超えることはないが、少なくともその範囲内での能力を引き出す方法はある」
「効率を高めるって、どういうことだ?」
ウルトは疑問に思いながらも、さらに尋ねた。
ライザ博士はタスクの一部を指さしながら説明を続けた。
「例えば、君が今やっているタスクのように、筋肉や脳を使う時、最初は無駄な力を使っていることが多い。だが、鍛えることで無駄を省き、効率的にエネルギーを使えるようになる。そうすれば、より少ない力で同じ結果を出せるし、逆に言うと、少ないエネルギーでより多くのことをできるようになるんだ」
ウルトは少し納得した様子で頷いた。
「つまり、限界を超えることはないけど、より賢く使えるようになるってことか」
「その通りだ。武器の使い方を学ぶみたいなものだよ」
ウルトはしばらく考え込んだ。
「でも、効率が高くても、やっぱりコアとメモリの限界があるってことか。結局、何をやってもその壁にぶつかるんだな。」
「その結論は正しいが正しくない。何が言いたいかというと、そのパーツをより高性能なものに交換してやればいい。君も見たことがあるだろ?キナコの変化を」
「そうだキナコに感じた違和感。見た目も性格も全く分かっていないのにそれをキナコだと認識できなかった」
「そう、それは私が彼女のパーツをより高性能なものに交換したからだ。これで彼女のパフォーマンスは飛躍的に向上した」
「それで、キナコは本当にキナコでいられるのか?」
「当然の疑問だが、それは問題ない。前にも説明したが私たちのデータはウィンCかローカルEに保存されている。そこが変わらなければ、性格や振る舞いが代わることは絶対にない。そしてそれは、基本的に部外者が関与できる領域ではない。この私でもそれは、例外ではないからね」
要するに、キナコの“本質”はこのデータベースに保存されているから、コアやメモリさらにはその先のボードが変わっても、その“本質”は損なわれることはない。
「さぁパーツの交換ができると知った所で、次はいよいよ修行に入る」
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