10話 アイ世界(ワールド)
次の日。ウルトは休みだった。ここ最近はずっと夢のせいで頭痛が続いていたので久々に気持ちいい朝だった。
(今日は、とても気持ちのいい朝だ。)
「アイ?!」
ウルトは驚きの声をあげた。目を覚まし、頭の中にふと浮かんだ声に反応してしまった。
(何を驚いているんだ君は。隠しファイルを見えるファイルにしたんだから僕がこうやって君と話せるのは当然の事だろう?まぁ、僕は天才だからね)
「まぁ当然と言えば当然か…とは言うもののまだ不思議な感じがするな」
(それは君の感覚がまだ僕の存在に慣れていないからだろう。だが、時間が経てばすぐに気にならなくなるさ。それより今日は早くライザのとこに行こう)
「仕事があるんじゃないのか?」
(ライザは無職だからいつ行ってもあそこにいるさ)
無職ってどういうことなんだろう。僕は生まれたときから、いつ生まれたかもわからず、ずっとバケツで水を運んでいる。それは記憶が戻った今でも変わらず続けなければならないことで、もしやめれば教会に目をつけられるかもしれない。
まだまだわからないことばかりだ。と考えていると、
(道案内は僕がするよ)
ウルトは少し歩みを止め、アイの声に耳を傾けた。そして、ふと思い出したように口を開いた。
「そういえば、ライザは博士とどういう関係なんだ?」
(ライザと博士か…)
アイの声が少し静かになった。まるでその関係について考えているかのようだ。
(ライザとは昔、一緒に記憶について研究していたことがあった。そこで、この前の話のウィンCとローカルEの違いを見つけたり、まぁ戦い方を研究をしてたんだ)
「戦い方か」
ウルトが少し考えて、そうつぶやくと、アイがすかさず続きを話し始めた。
(世界を壊すとなると当然それを阻止すべく者たちに邪魔をされるわけだ。もちろん戦いになる場合もある。そのために戦い方の研究をしていた。まぁここでつらつら話しても仕方ない。とりあえずライザのところに行こう。詳しい話はそっちでしよう)
ウルトはアイとは話さず無言で考えていた。世界とは何か、という疑問だ。世界を壊すといっても全く想像できない。そもそも世界がどこまで続いているのか。広いのか、狭いのか、そんなことさえも知らない。
(着いたぞ。ぼ~とするな!)
どうやらいろいろ考えているといつの間についてしまっていたらしい。
「あぁ…」
「ウルト?」
出迎えてくれたのは少し驚いた表情をしたキナコだった。
「今日はやすみだったのね」
「うん。少し時間を潰してから行こうと思ってたけど、アイに朝からライザ博士のところに行っても迷惑にならないって聞いて」
ッチあの女か。キナコは心の中でそう思ったが、それはどうやらアイに聞かれていたらしい。
(おい、聞こえているぞ。あと、僕の前でいちゃつくな)
このアイの声はキナコにしか聞こえていない。
「どうかしたか?キナコ」
「何でもない。それよりライザ博士を呼んでくるね」
そういってキナコはライザ博士を呼びに行った。
「おやおや、こんな朝からきたのか」
(そうだよ。どうせ暇だったんだろう?)
アイがライザ博士に皮肉交じりで言葉を放った。
「まぁそういわれたら返す言葉もないね」
「ちょっと待て、アイの声が全員に聞こえているのか?」
ウルトは自分にしか聞こえていないものだと思っていてとても驚いた様子だった。
(まぁ僕は天才だからね。これが僕の能力でもある。アイ世界だ。ついでにもう一つ能力を見せよう)
その光の中から、ふっと現れたのは、ガーデンテーブルとチェアと周りには花々が植えられている庭のような場所に早変わりした。
「これは……」
ウルトはそれを見たことがあった。
(ウルトは一度見たことがあるね。前にも言ったがこれが僕の能力のアイ世界だ)
「でもこれは夢の中だけのアイの空間だけでできるものじゃなかったのか?」
キナコはただただアイとウルトの会話を聞きながら驚いていた。
(だから、ここが僕の空間と言っているんだ)
ウルトはまた夢の中に行ってしまったのかと思ったが今いるここはまごうことなく現実だった。
「これがアイの能力だ。アイ世界。今は半径3メートルといったところか。物を出すも消すもその空間内を飛び回るも、本当にアイの思った通りに空間を操れる能力だ」
ライザ博士は、アイの能力について説明した。その声には冷静な口調と、どこか誇らしげな響きが混ざっていた。
「アイの能力は、ただの便利な力ではない。これがもし戦場に応用されたら、まさに無敵と言っても過言ではない。空間そのものを変える力を持っているんだから」
(さらに空間内であれば、こんなこともできる)
そう言った瞬間、アイはみんなの視界に現れた。まるで空気そのものがねじれるように、アイの姿がゆっくりと形を成していった。最初はただの光の点だったものが、次第に人の形を取ると、そこにアイの存在がしっかりと浮かび上がる。
(声だけが語り掛けてくるってのは、不自然だからね。しばらくはこれでいよう)
「アイの能力の説明も終わったところでいきなりだが、ウルトとキナコには、まぁ修行と言ったら聞こえはいいが、ある程度戦えるようにはなってもらうつもりだ。つまり知識付けだ。これで今までの考えのすべてが代わる」
ライザの言葉は、その空間に静かな緊張をもたらした。その言葉の重みを感じ取ったウルトは、自然と背筋が伸びる。キナコはやや驚いた様子で目を見開いたが、すぐに自分を落ち着けるように頷いた。
「戦えるように…?」
ウルトが少し不安そうに尋ねると、ライザはゆっくりと頷きながら続けた。
「そうだ。戦いは知識だけでは足りないことも多い。戦いの中でこそ、わかることもある。アイのような能力があっても、それをうまく使わなければ意味がない。まぁアイも相当努力してその能力を使いこなせるようになったんだからね」
ライザがそう言うと、アイはわずかに眉をひそめ、少し不服そうに口を開いた。
「それは今言わなくていいだろ」
アイの声には、照れくさいような、少し気まずそうな響きがあった。
「おっと、すまない。つい昔のことを思い出してな。それじゃさっそく2:2に分かれて修行だ。私はウルト。アイはキナコだ」
「うぇ、僕がキナコ?いやなんだけど」
「私もアイなんて絶対いや!」
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