1話 管理された世界
最近、よく夢を見るようになった。今まで夢を見たことなど一度もなかったのに、毎晩毎晩、同じ夢を見ている。その夢の中は、真っ暗な空間だ。そこで、僕は誰かと向かい合っている。顔ははっきりとは見えないけれど、その人からはとても綺麗で優しそうな雰囲気が感じられる。しかし、その人は僕に向かって、何かを訴えかけているような気がする。
朝、目が覚めた時には、何も覚えていない。それでも、夢の内容がどこかに残っているような、うっすらとした感覚が胸の中に残っている。
また、いつもと同じ夢だ。頭が痛い。そう思いながら、ベッドから起き上り鏡を見つめる。いつもと変わらない顔が映るだけだ。僕は支度をし、家を出る。
外に出ると朝の涼しい風が僕の頬を撫でていく。とても気持ちのいい朝だ。
僕の仕事は小さな村の中心の広場にある井戸の中に水を入れる仕事だ。村のはずれにある往復7キロほどある所までバケツで水を汲みその水を井戸の中に汲んだ水を補充するのだ。毎日のことだが、重いバケツを持っての作業は決して楽ではない。
これが意味のある仕事なのか、そんなことは僕にもわからないがこれが僕の仕事なのだ。
まるで生まれた瞬間からそう決められていたように……。
「あれ?生まれる?いつから僕は……。っヴ頭が痛い」
そう考えた瞬間、僕はひどい頭痛に襲われた。立っていられないほどの痛みで、僕はその場に倒れ込むように横になってしまった。
「大丈夫?」
偶然通りかかったキナコが声をかけてくれた。僕は少し休むことにした。
「そろそろ起きて」
30分ほど横になっていると、とキナコが僕の身体を揺さぶり起こしてくれた。
「あんまり調子が悪いのなら、一度教会で見てもらったほうがいいんじゃ……」
教会……一度動けなくなって教会へ行き人格が変わって戻ってきたヒトをたまたま見たことがある。どこか信用できないところだ。
「聞いている?」
「あぁ。少し考え事をしていた。だからこのことは誰にも言わないでくれ」
「わかった。もし本当に調子が悪いなら一度相談してね?」
そういうとキナコは歩いて行った。
「ふぅ、助かった。」
僕は安堵のため息をつく。しかしなぜ突然倒れたのかそこを解明しないと同じ事の繰り返しだ。
考えられる原因はやはりあの夢だ。確かにあの夢を見ると頭痛も起きるし思い出そうとしても、靄がかかったような感覚でうまく思い出せない。
「って原因これじゃねぇか」
思わず口に出してしまった。原因はわかったが、思い出すのをやめようと意識するたびに、どうしてもそのことが頭に浮かんでしまう。そんな考えを振り払うように、僕は仕事場へ向かった。
今はとにかく仕事をしなければならない。世界を回すために。今日もいつも通り、水を運ぶだけの簡単な仕事だ。井戸までの道のりもすっかり慣れたもので、目を瞑ってでも行けるんじゃないかと思うくらいだ。まぁ、実際にはやったことはないけれど。
水を運ぶ手は、次第に疲れが出てきた。井戸から村までの道のりは決して短くはないし、同じ作業の繰り返しが続く。けれど、この単調な仕事が、今は心を落ち着けてくれる。
歩きながら、ふと周りを見渡す。静かな村の風景、木々のざわめき、遠くで見える山々。何も変わらない日常が、僕にとってはどこか安堵感を与えてくれる。そんな日常が僕は嫌いじゃない。
水を運び終える頃には、足元が少しふらつくほどに疲れが溜まっていた。けれど、この仕事を終わらせることができたという達成感が、そんな疲れを吹き飛ばしてくれる。
「やっぱり、これが自分の役目だ。」
小さく呟きながら、村へ戻る道を歩く。途中で会った村人たちと軽く挨拶を交わしながら、僕はただひたすら歩いていく。みんなそれぞれの仕事があり、忙しく動いているが、どこか穏やかな空気が漂っている。
村の入口に差し掛かると、家々の煙突から煙が上がり、どこからか料理の匂いが漂ってきた。その匂いに、ふとお腹が鳴る。
そう思いながらいつも通りの道を歩き、いつも通りの仕事をして、いつも通り帰ってくる。そしていつも通り夕食を食べていつも通りベッドに入った。次第に、意識が薄れていき、静かな眠りへと誘われる。
―――はずだったのに、目が覚めるとそこは真っ暗な空間で僕はそこに立っていた。
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