反射
男は言った。
「君は本当にわからずやだな」
女は言った。
「あなたは本当にいじっぱりね」
海沿いの道路を走る車のライトに反射し、魚たちがちらちらと姿を見せる。
男は言った。
「君のそういうところが気に入らないんだ」
女は言った。
「あなたのそういうところが嫌いなのよ」
二人の話を聞きに来ているかのように、静かに波が押し寄せる。
砂浜ではヤドカリたちが目を合わせ、どうしたものかと囁いているようだ。
男は言った。
「どうしてわかってくれないんだ」
女は言った。
「どうしてそこまで意地を張るの」
二人の口調は少しずつ激しくなっている。
焦りと怒りが混じりながらも、どこか懇願するようなその口調は、二人が切羽詰まっていることを表していた。
そんな様子を、ヤドカリたちはまるで映画でも見るかのようにきちんと座って見ている。何が起こっているのか予想しているようだった。
男は言った。
「君とはわかりあえそうもないな」
女は言った。
「あなたを理解することはできないわ」
浜辺に打ち付ける波の音が、少し大きくなる。さっきまでは連続で通っていた車も通らなくなり、砂浜ではただ波の音と二人の話し声だけが響いている。
男は言った。
「君と話していると気が遠くなりそうだ」
女は言った。
「あなたと話しているとあくびが出るわ」
波間に魚が跳ね、それを狙った海鳥が水面に向かって降下して行く。
魚を咥えた海鳥も数羽いるようで、雲間から少し顔を見せた月に空中で反射する銀色のものがあった。
男は言った。
「やはり君はわからずやだ」
女は言った。
「やっぱりあなたはいじっぱりね」
曇っていた空には風が吹いており、ゆっくりと黒い雲がその足を伸ばす。
少しずつ月が顔を出し、波が反射して黄色く光る。
砂浜に座っていた二人の姿もぼんやりと見え始め、風に靡く髪が二人の心情を表しているようだった。
男は髪をかき上げた。
「埒が明かないな。君と未来のことを話しても無駄なんじゃないか」
女は腕を組んだ。
「キリがないわね。将来を話すのにも疲れたわ」
先程よりも風が強くなり、浜辺に打ち付ける波の音がより大きくなる。
ヤドカリたちはそれを見て砂浜に潜り、二人の話に耳をすました。
だが二人の声は波にかき消され、よく聞こえなくなっている。
ぼんやりと光る月の下で二人を見ると、先程まで座っていた二人は立ち上がっていた。
声は聞こえないがどうやら口論しているらしい二人は、身振り手振りで己の感情を表現している。
男は大きく手を上げて、女は両手で頭を抱えて。男は苛立ちで拳を握りしめ、女は呆れてため息をついた。それから男は顔を伏せ、女は両手を広げた。
しばらくして一瞬波が収まり、再び二人の声が聞こえて来る。
男は顔を上げた。
「じゃあこうしよう。二人同時に言うってのはどうだい?」
女は広げた両手を下ろした。
「それは良い考えね。同時に言いましょう」
再度大きな波が打ち付ける。ざぶんざぶんと邪魔な音を立てる波に対して、ヤドカリたちは苛立ちを覚えた。
微かに二人の声が聞こえて来る。
「「……こんしよう」」
二人が何かを言うと同時に、男は砂浜に膝まづいた。
女に何かを手渡し、二人は自分たちの車が停めてあるところまで戻って行く。
風が強くなってきて、月が完全に姿を現した。その光が辺りを照らし、二人の姿もくっきりと見えてくる。
連れ立って歩く二人は手を繋いでいるようだ。二つの影が繋がって見えている。
砂浜から少し顔を出したヤドカリたちが目を凝らすと、空に浮かぶ月がぼうっと光った。
ちらりと見えた女の手には、月の光に反射するものがあった。