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『落とし物』

作者: ねむの木

 ゴトン。


 ひと際大きな揺れを最後に挟んでから、2両編成の電車は停車した。ぷしゅー、と空気を吐き出しながらドアが開く。もちろん開くのは一重のドアだけ、ホームドアなんてものはうちの地域では存在自体が認知されてないんじゃないかと思う。


 降りてくる人は誰もいない、というか乗客がいない。ホームには1人、ドアを前に立ち止まる私だけがいる。


 車両の先頭から困惑した表情の車掌さんが顔を出す。大丈夫、私は乗らないから行ってください。そのジェスチャーが伝わったのか、はたまた発車時刻になったのか。いずれにせよ、電車は空っぽのまま、またガタンゴトンと去っていった。


「今日もだめだったな」


 そんな呟きを残して、私はホームを後にした。


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「ええー、里香ってばまだあれ返そうとしてるの!?」


「うん、大事なものだろうし」


 机の向こうからぐいぐいと身を乗り出してくる幼馴染のおでこを押さえ付けながら、一見すると論理的な答えを返す。


「んー、そうか?そうなのか…」


 ここで「警察に届ける」という答えを思いつかないのが少し残念なところかもしれない、その方が言い包めやすくていいけれど。


 そんなことを考えているうちに、二人だけの教室に始業のベルが鳴った。


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ゴトン。


 軽く会釈をすると車掌さんは頷き、電車は走り去っていった。以心伝心…は違うか、顔を覚えられているだけだ。


 6日間。


 それが、17時36分発の電車を見送り続けている日数だ。


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「まだあれ返せてないんだ」


 あるいはそれが意外な事実であるかのような声色で幼馴染が声を発する。


「うん、でも今日は返せるかも」


「え、なんでそんな自信ありげなの?」


「火曜日だから」


 うんうんと頭を捻る幼馴染を目に映しつつ、心は既に教室を離れている。


 キーンコーンカーンコーン。ノイズ混じりのベルが鳴った。


「待って、気になって授業に集中できない!!」


 急に顔の距離を詰める幼馴染に対し、椅子を引いて対応する。おでこが押さえられなかったから完全につんのめっている馬鹿に告げた。


「ほら、火曜日にだけ用事があって電車を使うかもしれないじゃない。それにね、あの人は絶対にまた此処に来るよ」


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「ままならないね」


 帰路に就きながらそっと呟く。


 18:34。手元の時計は昨日より電車一本分遅い時間を示している。季節柄、日はまだ出ているはずだが、空を覆い尽くす重い灰色の雲によって道路は闇色に沈んでいた。


 手元をライトで照らしながら家の鍵を開ける。


「ただいま」


「…」


 返事のない部屋に明かりを灯し、机に鞄を放り投げた。


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「なんでそんなに返そうとするの?」


 幾度目かも分からない失敗報告を受け、幼馴染は心底不思議そうな顔で問いを発する。


 なぜ自分で返すことに執着しているのか。その答えはきっと私の身勝手な我儘で、何を求めているのかも分からない。だからいつも通り誤魔化すことにした。


「怜奈も大人になったらいつか分かるよ」


「あー、またバカにした!!私ももう中学生なんだからね!」


 馬鹿にしてるわけじゃないよ。今回はね。


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 いつの間にか長袖になった。まだ落とし物は返せていない。


「昨日はどうだった?」


「ううん」


 恒例の会話も随分と板についたものだ。2人の話題はそのまま昨日のテレビへと移っていった。


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ゴトン。電車が止まる。


ぷしゅー。ドアが開く。


踵を返す。


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ゴトン。電車が止まる。


ぷしゅー。ドアが開く。


踵を返す。


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ゴトン。


ぷしゅー。


踵を返す。


-------------------------------------------------------------------------------------


ゴトン。


ぷしゅー。


踵を返す。


-------------------------------------------------------------------------------------


ゴトン。


ぷしゅー。




…カツン。


カツ、カツ。


 乾いた足音がホームに響く。私より20センチくらい背の高い男の人。今回も黒いスーツに身を包んでいる。


 見つけた。


 ずっと待っていたはずなのに、いざそのときがくると急に暴れ始めた感情を抑えつけ、ゆっくりと足を進める。


「あの、これ。ごめんなさい、中身、見ちゃったんですけど」


 手にした小さなロケットを差し出す。ちょっとくたびれた、銀色のアクセサリー。差し出された落とし物に目を向け、その人は静かに、優しく微笑んだ。


「ありがとう、失くして困っていたんだ」


「…お母さん、ですか?」


 風がひとつ通り過ぎ、髪を揺らす。一拍おいて、その人は教えてくれた。


「3年ほど前にね」


「私も、同じです。5年前に」


 降ろしていた鞄を拾い上げ、その人が歩き出す。


「一緒に行くかい?」


「はい」


 鞄の横からは真っ白な胡蝶蘭が2輪覗いていた。


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「落とし物、渡せたよ」


「え、ほんと!?私はてっきりもう無理かと!」


 満面の笑みを浮かべて詰め寄って来る怜奈を指先で押しとどめる。


「それで、どうだった!?」


「どう、とは?」


「ほら、一緒にご飯食べたとか、連絡先交換したとか」


 爛々と目を輝かせる怜奈を見て思わず笑いがこぼれる。まあ、田舎は娯楽が少ないからな。


「ふふっ、ばーか」


 至近距離まで接近したおでこに思いっきりデコピン。今回は本気で馬鹿にしてやった。


「でも、悪くなかったよ」

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