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第三話 失踪

 篝は皿洗いが終わると、重い足取りで客間に向かった。

 押し入れから客用の布団とシーツを一式とり出し、縁側に干す。

 日照があるうちに、少しでも寝具に太陽光を当てておかなければならない。

 山間部の日沈は、平野部より早い。

 周囲を囲む山々に夕陽が遮られるため、ここら一帯では、空が夕焼けに染まる前に夜が来る。

 特に今のように秋から冬にかけて、日の入りが早くなる季節は尚更のこと。

 夏は涼しいが短く、冬は冷え込みが厳しく長い。

 ただ宮代家は山の中腹の開けた場所に建っているため、洗濯物を干しても乾く程度の日当たりには恵まれていた。

 そこから一時間ほどで宿題を終わらせた篝は、洗濯物を取り込む前に畑に立ち寄る。

 夏野菜の収穫を終えた畝に、雑草は一本も無い。

 半裸に裸足という初対面時の非常識ないでたちからは予想がつかない、丁寧な仕事だった。

 いつの間にか草むしりを終えた来客は鍬を手に、休耕中の畝を掘り起こし、土に空気を含ませている。

「なんだ」

 足音で気付いたのか、篝が声をかける前にシュテンは振り返った。

「あ、あの……休憩にしませんか? 私は洗濯物を取り込んでから行くので、先にばあちゃんとお茶しててください」

「わかった」

 篝はホッとする。

 返事は素っ気ないが、声をかければ何かしら言葉が返ってくるようだ。

 行方不明事件が解決するまで、目の前の奇妙な青年は宮代家に「用心棒」として居候することになった。

 なかなか個性的な人物だが、一緒に暮らすならお互いに気分良く生活したいと篝は思う。

 洗濯物を取りこんで居間に戻ると、来客は祖母と掘りごたつを囲み、温泉饅頭を食べていた。

「お疲れ様。ほら、篝ちゃんの分」

 シュテンの手元には、饅頭の包みが何枚も散らばっている。

 食事からまだ、二時間も経っていない。

 この青年は一体、どういう胃袋をしているのかと、少し気が遠くなる。

 篝の分とおぼしき温泉饅頭が、箱の角に二つ残されていた。

 気を取り直し、自分の分の茶を淹れたその時、固定電話のベルが鳴った。

 篝は湯呑みを置き、座布団から腰を浮かせる。

 宮代家の連絡手段はもっぱら、携帯電話より固定電話だ。

 山の中のため、この家は電波状態があまり良くない。

 場所や気候によって圏外になってしまう。

そのため篝も祖母も、学校や地域の緊急連絡網には、携帯ではなく固定電話の番号を登録していた。

「はい、宮代です」

「宮代か? 担任の沢木だけど、ちょっと今、時間いいか?」

 声で篝だと分かったのか、担任教師は性急に本題を切り出す。

「はあ、大丈夫ですけど」

 にわかに、篝は嫌な予感がした。

聞きなれた担任の声がいつもより低く、硬い。

「落ち着いて聞いてほしい。実は今日の午前中、幸野の行方がわからなくなった」

「えっ。幸野くんって、体調不良なんじゃ」

 絶句する篝に、沢木は押さえた声で続ける。

「それが体調がすぐれず自宅で休んでいたところ、親御さんが目を離したわずかな間に、いなくなってしまったらしくて」

 篝は胸の奥が妙にざわついた。一体、何が起きているのだろう。

「とにかく、何か普通じゃないことが起きている。犯罪の可能性も十分ありうるから、宮代も一人で出歩いたりせず、不審者を見かけたらすぐに通報するように」

「は、はい」

 不審者と聞いて、篝は先ほど遭遇した身元不明の男を即座に思い浮かべた。悪人には見えないけれど、念のため通報すべきだろうか。

「自宅待機が解除されるときは、必ず学校から連絡が入るから」

 担任の硬い声に、篝は背筋に寒気が走った。

「それまで自宅学習を続けるように。幸野に限らず、行方不明の生徒を見かけたら、学校でも警察でもいいから、すぐに連絡してほしい」

 沢木は一方的にまくしたて、通話を切った。

ツー、ツーと冷たい電子音が篝の耳元で流れる。

篝は行方不明になった、自分の前の席の男子の顔を思い浮かべた。

「幸野くんが……?」

 幸野真生。

 今年の五月に、颯徳学園に編入してきたばかりの男子生徒だ。

 篝と席は近いが、特に親しいわけではない。

 彼女に限らず、他のクラスメイトたちも同様だった。

 彼はとにかく欠席が多い。

 体が弱いらしく体育はほぼ見学で、学校行事も基本的に不参加で通している。

 接点を持てない級友たちは自然と彼を遠巻きにしがちになり、だが本人はそれを気にする様子も無く、淡々と学園生活を送っていた。

 篝もごく短い会話を二・三度交わしたことしかない。

 時々、目が合うくらいだ。

 ただ親しくはないが、クラスメイトがいなくなったことを突然告げられ、篝は胸の奥がざわりと逆立つような感覚に見舞われた。

 一体、この町で何が起こっているのか――

「誰から?」

 祖母がテレビの部屋から顔をのぞかせる。

「担任の先生から。同じクラスの子が行方不明になったって」

祖母は人のよさそうな丸い顔をかすかに強張らせた。

「篝ちゃんとも仲がいい子?」

「仲が良いっていうわけじゃないけど……席が近くて。目の前の席の、幸野くんっていう転校生の男の子」

孫娘の答えに、祖母は表情を曇らせる。

 しかし次に続いた彼女の言葉は、篝には予想のつかないものだった。

「物騒だねえ。やっぱりシュテンさんを用心棒を雇って正解だったでしょ」

「う、うん……?」

 篝はなんともいえない顔で曖昧に相槌を打った。

 当の用心棒は無言で、温泉饅頭をもくもくと頬張っている。

篝は夕食の準備を口実に、台所へ逃げた。

 米を研ぎ、炊飯器のタイマーをセットする。

 おやつ休憩を終えて畑へ向かおうとする、背の高い人影を呼び止めた。

「あの、シュテンさん」

「なんだ」

男はぴたりと立ち止まり、篝を振り向く。

「食べられないものはありますか?」

 篝は改めて用心棒を見上げる。目の前の男性はつくづく整った顔立ちをしていた。

 まっすぐ通った絶妙な高さの鼻筋に、切れ長の鋭い目。

 すっと引き結ばれた薄い唇。

 もう少しまともな出会い方をしていたら、彼の美貌にクラッときたのかもしれない――篝は内心、そんなことを思う。

「昼も言ったが、無い。お前達と同じでいい」

 素っ気ない返事を残して、用心棒はスタスタと畑に向かってゆく。

 鋭く澄んだ雰囲気をまとう、人間離れした美しい容姿のせいか。

 それとも出合い頭の半裸に裸足姿と言うインパクトが薄れないのか、珍奇な来客の一挙一動が気になる。

 珍獣に遭遇した人はきっと、こんな感覚なのかもしれない。

 篝はため息交じりに、大鍋に水を張ってガスコンロの火を点けた。

 台所の窓から畑を眺めれば、用心棒は黙々と土を耕し始めた。

 真面目に畑仕事をこなす姿に、篝の警戒心も少しずつ薄れてくる。

 どこか奇妙さや破天荒さがぬぐえないが、あからさまに篝や祖母を見下したり、足元を見るような態度もない。

 無愛想だが、今のところ、祖母とも上手くやってくれているようだ。

用心棒への評価が、篝の中で「変人」から「変わってるけどたぶんいい人」へと傾きつつある。

「篝ちゃん、ちょっとおいで」

テレビの部屋から、祖母が彼女を呼んだ。篝は一旦鍋の火を止め、居間をのぞく。

「どうしたの?」

「ほら、このニュース」

 孫娘を手招きし、祖母はテレビを指さした。

 大きな液晶画面には祖母がいつもこの時間帯に見ている、地元テレビ局のニュース番組が流れている。

「これって……」

 画面の右上に「羅石ヶ丘町 高校生六名行方不明」と大きく書かれたテロップが点滅した。男性アナウンサーの「臨時速報です」というかけ声とともに、画面が切り替わる。

 すると背景に、篝が通う高校の校舎が映し出された。


『先週の金曜未明より、**県二芭ふたば市内で中学・高校生数名の行方が分からなくなっております。市内の高校はこれを受け、急きょ臨時休校・自宅待機の措置を取り……』


 行方不明者の氏名と年齢が順に、本人の顔写真と一緒に表示されてゆく。

 ホームルームで聞いた五人の生徒に加え、新しく行方不明者の名前が二人増えていた。

「物騒な話だねえ。親御さんもさぞ心配でしょうに」

 祖母は神妙な顔で、学校から配られたプリントとテレビの画面を見比べる。

「篝ちゃんも気を付けるんだよ。知らない人についてっちゃ駄目だからね」

篝はなんとも言えない気分で祖母を見た。

 知らない人を軽々しく家に上げ、あまつさえ怪しげな契約まで結んでしまった祖母に言われても、全く説得力がない。

 少女は返事を濁し、そそくさと台所に戻った。

 四時を過ぎると、窓から見える外はあっという間に暮れてゆく。

 篝は煮物を味見しながら、茜色に染まる空を見上げた。

 窓から正面に見える小高い山に夕陽が差し掛かり、太陽が山際に削られるように欠けてゆく。

六時のサイレンが麓から響くと同時に、白飯が炊き上がる

 食卓に箸や食器を並べていると、シュテンが畑から戻ってきた。

 真面目な畑仕事にすっかり気をよくした祖母が、好きなだけお酒を持っていらっしゃいと、居候の青年を冷蔵庫の前に連れていく。

 冷蔵庫に並ぶ瓶や缶を眺めていた青年は、一升瓶を二本取り出した。

 昼にあれだけ飲んでおきながら、半日と開けずこれだけの酒量を飲むのかと、篝は戦慄する。

「あら、いいにおい」

 祖母が湯気を立てる土鍋をのぞきこむと、老眼鏡のレンズがうっすらと曇った。

「水炊きにしたの?」

「これなら各自、好きに味付けして食べられるかと思って」

 鶏肉と野菜を炊いた土鍋を卓上コンロに移し、篝はポン酢を、祖母は酢味噌、シュテンは二人から調味料をすすめるも何も味付けせず、各々で水炊きを汁椀によそう。

「じゃあ、いただきましょうか」

家長である祖母の合図とともに、篝は手を合わせた。

「いただきます」

 昼からずっと畑仕事をしていたシュテンは、特に疲れた様子を見せない。

 けれど表に出さないだけかもしれないと、篝は黙々と椀をすする男を盗み見る。

 鋭く端整な顔は、初対面から今までずっと無表情で、とにかく感情が読めないのだ。

 椀を空にすると、シュテンは相変わらずの怪力で、栓抜きを使わず、一升瓶の王冠を素手で引っこ抜く。

直接瓶に口をつけたかと思うと、あっという間に焼酎が空になった。

 早っ……と、篝は口に出さず心の中で突っ込む。

 本当に好き嫌いはないようで、用心棒の青年は水炊きの他にも出したおかずに、まんべんなく箸をつけてゆく。

 祖母は顔にこそ出さなかったが、出されたものを律儀に平らげる姿に、ずいぶん気をよくしているのが、篝にはわかった。

 頃合を見計らって、祖母が青年に白飯のおかわりをすすめると、それもぺろりと平らげてまう。

 一升瓶はすでに二本空で、完食まで五分も経っていない。

「まあまあ、相変わらず健啖家けんたんかだこと」

 感嘆と呆れが半々で呟く祖母に、酒豪の用心棒は表情を変えず、お茶碗から顔を上げる。

「あれば喰う。無ければ喰わない」

 そう言って割り箸を置き、三本目の焼酎を飲み干した。

 相変わらずペースの落ちない飲みっぷりに、祖母がおかしそうに笑い声をあげる。

 和やかな雰囲気に、篝はずっと気になっていた疑問を祖母にぶつけた。

「ばあちゃんとシュテンさんは、どういう知り合いなの?」

 不意に、箸を持つ祖母の手が止まる。

 シュテンは空になった一升瓶を食卓に置き、斜め前に座る篝を見下ろした。

 わずかな沈黙ののち、祖母が口を開く。

「それは……」

 篝は固唾を飲んで答えを待った、その時。

「誰か来たぞ」

 静寂を破ったのは、シュテンが発した予想外の言葉だった。

 一瞬の後、玄関の呼び鈴が鳴る。

 篝と祖母は、どちらからともなく顔を見合わせた。

何故インターフォンが鳴る前に、シュテンは来客が来たと分かったのだろうか。

「おや、誰かしらね」

 話の続きが気になる篝だったが、祖母は立ち上がり、いそいそと玄関に向かってしまう。

 食卓にシュテンと二人だけ取り残され、気まずい沈黙が漂った。

「はーい、どちらさま?」

 祖母の声が廊下に響く。

「あの私、篝ちゃんと同じクラスの本庄麻音の母です。お宅に娘はお邪魔していませんか?」

 続いて玄関から聞こえた声に、篝はとっさに椅子から腰を浮かせた。

 用心棒を食卓に残し、足早に玄関へ向かう。

「麻音ちゃんが? うちには来てませんけど」

 土間には篝もよく見知った、40代ほどの女性――麻音の母親が立っていた。

「麻音、帰ってないんですか?」

「篝ちゃん、学校が終わってからうちの子と会わなかった?」

 麻音とは一緒に下校したが、帰り道の途中、駅前で別れたきりだった。

 篝の答えに、麻音の母親は顔を曇らせる。

「携帯がつながらなくって。鞄や制服も見当たらないし、家に帰ってきた様子がないんです。ひょっとしてお友達のお宅にお邪魔しているかもと思ったんですが」

 麻音は夕方からオンラインで、劇団のキャスト達と台本の読み合わせをすると言っていた。

 舞台演劇を何より優先する麻音がその約束をすっぽかし、外出禁止令を破ってまで何時間も寄り道をするとは考えられない。

「担任の先生から麻音と連絡がとれないって電話がかかってきたんです。篝ちゃん、あの子何か言ってなかった? どこか買い物に行くとか」

「いえ、特に何も……夕方からオンラインで台本の読み合わせをするって聞きましたけど」

「そうなの。その予定だったからあの子、家にいるはずなのに」

 麻音の母親は、口紅が落ちて剥き出しになった唇をかすかに震わせる。

「よりによってこんな時に。まさか麻音も」

 充血した目の端に、涙がにじんだ。

「本庄さん、落ち着いて。麻音ちゃんのこと、もし何か分かったらすぐに連絡しますから」

「すみません、お願いします」

 心配そうに励ます篝の祖母に、麻音の母親は深々と頭を下げた。

「私も、麻音に……」

 連絡してみますと続けようとして、篝は固まった。

 顔を上げて自分を見た麻音の母親と、ほんの一瞬だけ目が合う。

 血走った両目で、鋭く睨まれたような気がして、篝は喉元まで出かかった言葉を、とっさに飲み込んだ。

「ありがとう、篝ちゃん。どんな些細なことでも、何か思い出したことがあったら教えて。深夜でも朝早くでも、いつ連絡してもらってもいいから」

 しかし麻音の母親はそう続け、不安そうに目を伏せる。

 一瞬、鋭い視線を向けられたような気がしたが、見違いだったかもしれないと、篝は動揺を押し隠して頷いた。

 麻音の母親を祖母と見送りながら、篝は自分のスマホからメッセージを送ってみる。

 が、返信はなく既読もつかなかった。

 二人が家に戻ると、彼女たちの動揺や不安をよそに、奇妙な用心棒は酒をあおっていた。

 三本用意された一升瓶は、早くも残り一本になっている。

「麻音ちゃん、何もなければいいけど」

 独り言のように祖母が呟く。

「なんだか本当に物騒だねえ。こんな時に遠出するのもちょっと怖いし、明日の検査は別の日に変えてもらって……」

「駄目!」

 篝は思わず声を荒げ、祖母を遮った。

「明日を逃したら、次は何ヶ月先になるか分からないんだよ! ……こういうのは、早めに診てもらった方がいいよ!」

 祖母の予定変更を、篝が声高に反対するのは理由があった。

 前々から祖母は、左胸の違和感や目眩に悩まされていた。

 ひと月前、定期検診で心臓に異常が見つかった。

 かかりつけの医師からは、ここから少し遠いが隣県の大学病院で精密検査を受けるようすすめられた。

 しかし紹介状を書いてもらった後、すぐ大学病院に診察に行ったが、検査の予約がとれたのは一ヶ月も先だった。

「心配なら、私も」

 一緒について行くと続けようとして、篝は自分の斜め向かいの席で、黙々と酒を飲む男の存在に思い至る。

 もし自分と祖母が外出したら必然的に、シュテンは一人で家に残ることになる。

 検査の結果次第では、検査入院もあり得るという。

 なのに祖母は何故か彼を信頼し切っているのか、自身の留守を心配している様子がない。

 山中を半裸に裸足でうろついていた素性不明の男に留守を任せるなど、篝にはとても考えられないことだった。

 悪人には見えないが、万が一にも貴重品や通帳、家財道具を持ち逃げされるようなことがあれば、目も当てられない。

 かといって自分も家に残れば、シュテンと二人で留守番ということになる。

 それはそれで別の不安があるがーー悶々と悩む篝に、祖母は苦笑する。

「はいはい。分かったから、そんな怖いお顔しないの」

 食卓が静まりかえる。押し黙る篝を横目に、シュテンは一升瓶の焼酎をぐびりと煽った。

 食器を片付け、一階の奥、仏間の隣にある小さな客間に、昼間干しておいた布団を敷く。

 シュテンにはそこで寝泊まりしてもらうことになった。

 明日は早いからと、九時を回る前に、祖母は床に就く。

 シュテンも大人しく与えられた客室に入り、部屋の灯りを消した。

 篝も宿題を十時には切り上げ、ベッドにもぐり込んだ。

 作りかけのテディベアが少し心残りだったが、心が落ち着かず、手をつける気にはなれなかった。

 寝不足なのに、不安のせいか寝付けない。

 部屋の明かりがなんとなく消せない。

 朝から色々なことが起こり過ぎて、疲れているはずなのに妙に目が冴えていた。

 寝返りをうち、枕元で充電しているスマホに手を伸ばした。

 通知はないと分かっていても、麻音から返信がないか、何度も確認してしまう。

 今日一日で、同級生が二人も行方が分からなくなっている。

 金曜日から今日までのごく短い間で七人も、しかも全員同じ市内の子供たちが行方不明になってしまうなど、どう考えても異常事態だ。

 篝は枕に額をうずめた。

 ーーーー神隠し。

 不意にそんな言葉を思いだし、篝は布団の中で小さく身じろぐ。

 以前、祖母から聞いたことがある。昔は人が行方不明になると、「神隠し」にあったと言われたと。

 人が姿を消すのは妖怪や幽霊、天狗、神様といった、ではないものの仕業だと、半ば本気で信じられていたという。

 神隠しだなど、現実離れした言葉を信じているわけではない。

 けれど一体、いなくなった子たちの身に何が起こっているのか、篝には予想もつかなかった。

 犯罪にせよ神隠しにせよ、とにかく何か常識では考えられない事が起きていることは確かだ。

 不意に、篝は帰り道で別れたときの、親友の姿を思い出す。

 どうか無事に帰ってきてほしいと、心の底から願った。

 皆が無事に戻ってきて、こんな不気味な事件がはやく解決してしまえばいい。

 篝は部屋を消灯した。

 目を閉じ、寝返りを打って窓側を向く。

 その時、カーテンの向こうから「コンコン」と、窓ガラスを叩くような乾いた音が響き渡った。


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