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視線  作者: 赤井ひよこ
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いつもの朝

制服が好きだ。

自分が何者かひと目で相手に伝わるから。胸元の赤いリボンも、ぐしゃぐしゃに捲くりあげられたプリーツスカートも、ガキ大将と呼ばれていたあたしを女の子にしてくれる。ちょっと前まで同級生の男子を殴り倒してたとは、誰も思わないだろう。やんちゃでもじゃじゃ馬でも制服が年頃の女の子を教えてくれる。


だから、多少の恥ずかしさや似合わなさ、寒暖に優れていないことは、全て慣れで済ますことにしている。女の子を身に纏ったあたしを最大限に映すために。とはいえ今日は肌寒い。マフラーもホッカイロも忘れた自分に舌打ちし、ブレザーのポケットに手を突っ込んでローカル線の到着を待つ。


片田舎から少しいい進学校に通うには多少の不便は付き物だ。片道1時間半、早起きして前髪のセットもスカートのアイロンがけももう慣れたが最近はどうしても眠い。木枯らしに吹かれ崩れた前髪にげんなりしながら、盛大なあくびに口を開けた。


「眠いねまーちゃん、今日寒くないの?」


慌てて閉めた口は消化不良でもごもごする。あたしを少し見上げるように覗き込んで話しかけてくるあいつに鼓動が早まるのを悟られないよう、顔を逸らす。聞き慣れた高めの声が耳を赤くする。


「あ!ポッケに手を突っ込んでる!やっぱり寒いんだ。強がりだなぁ、まーちゃんは」


そういってあいつは少し背伸びして、勝手に自分のマフラーをあたしに巻いた。ふわっと懐かしいような落ち着くような香りがする。物持ちのいいあいつのマフラー、何年もそれを見てるのに毛玉が見当たらない。巻き方はぐしゃぐしゃで、私の首を2周して端が軽く後ろで結ばれてる。見た目を気にしないあいつだから、きっと結び目は不格好に違いない。


「女の子はね、冷やしちゃだめなんだって。僕のマフラーじゃ嫌かもだけど、少しでも温まって。」


あたしは口を開けばいつも憎まれ口しか出てこないから、可愛く「ありがとう」も言えなかった。乗り込んだ電車には、あいつのクラスメイトの女子がいて、あたしとは明らかに違う態度で話してる。目線はぐるぐる周り、身振り手振りも大きく挙動不審で、女の子と話すのに慣れていない男子のそれだ。


そう、あいつはあたしを女扱いしてくれる唯一の男だけど、あいつはあたしを女の子として見てくれない。スカートの長さは膝丈で野暮ったいボブヘアのクラスメイトでもあいつを赤面にさせられるのに。


暑い車内でマフラーに顔を埋めながら、うらめしそうに彼らを盗み見る。あたしが直接あいつに「女としてみろ!」ってつたえても、不思議な顔で見つめてくるだろう。どうせ、そんなこと話す勇気もないのだけど。


電車を降りて駅を出るといつもの奴らがあたしに声をかけてくる。学年のマドンナ、かきあげ前髪からつながるロングウェーブをなびかせ、大衆の目を集めながら歩いてくる。はっきりとした目鼻立ちはもちろん、抜群のスタイルとその容姿から来る自信ありげな表情が彼女らしい。


「おはよ、マオ。今日寒すぎでしょー。わたしもマフラーしてくればよかったー。でも、マオにしては珍しくない?黄色を選ぶなんて。」


あ、これはーーー。


「はよ。そんな寒いなら俺のマフラー貸そうか?」

「やだよ、においそう」

「朝からつんけんしないでよー」

「私はマオに暖めてもらうから大丈夫!ねー?」


マドンナ狙いの男がやってきて今朝あった嬉しい出来事が話せなかったじゃないか。この幸せな気持ち共有したかったのに。


「テニス部、今日は朝練ないの?」

「あーあるんだけど、昨日ガットが切れちゃって。今日張り替えなきゃでさ。」

「え、今日みんなで遊ぶ予定だったじゃん!」

「わり!遅れて参加するから!」

「もー絶対来てよね!」


ガタイのいいテニス部の男も混ざると、女子の注目も集まりかなり派手な集団だ。その上にぎやか。うるせーなーと思いながら、教室に入る。


「なにもめてんの?」


窓辺の美男子が読書する手を止めて声をかけてきた。こいつは派手ではないが、このグループが心地よいみたいだ。大人しそうなのに一番毒舌で、あたしとはよく気が合う。


「聞いてよーマオのマフラーがダサいってゆってくるんだよ!」

「いやだって!ちょっとボロっちくないか?」


ーーーそりゃそうなんだけど、他人にどうこう言われたくない


「んー、そうかもしれないけど、物持ちよく丁寧に使ってるんじゃない?どちらかと言うと色がマオに合ってない気がするかな。赤とかはっきりとした色が似合いそう。」

「うまいこと言うな~」

「ふふふ、色合っていないのはそうねー、でも、わたしはわかってるんだ、マオのじゃないでしょ、きっとー」

ーーーキンコンカンコン


よかった、あいつに渡されたマフラーってバレる前にチャイムが鳴って。名残惜しくマフラーをほどき、丁寧に畳んでカバンにしまう。いつあいつに返そうか。できれば返したくない。何かいい理由はないか。


そんなことを考えていたらすぐ放課後になった。3人で時間潰して、4人になったらまたカラオケかなぁとぼんやり思っていると


「呼び出しくらっちゃった…」

「今日は何人?」

「5人。」

「多いね」


学年のマドンナに焦がれる男は数しれず。こうして告白の呼び出しが重なる日も稀ではない。


「どうせ断るなら行かなくても同じでは?」

「わたしはそんなにドライになれないの!あと、ただでさえ援交してるとかクラブのVIP席にいたとか変な噂多いから、ここぐらいセイジツさを知らしめなきゃ!行きたくないけど!」

「律儀だねぇ、俺なら行かないんだけど。」

「あんたはどう思われてもいいって思ってるからね!ねぇ、ガット直したら迎えに来てよ。チャリの後ろ乗っけて。」

「…わーったよ。」

「素直じゃないね、マオもそう思わない?」


こいつらの気持ちはわかってる。告白の様子が気になるなんて、気になって欲しいだなんて、もう自明じゃないか。くっつくのも時間の問題。気になったのはいつもより告白人数が多かったこと。


「さて、俺らはどうする?先に行ってようか。二人が合流できたら連絡して。」

「わかったー」

「じゃあ後でな。」


2人だ、何しようか。見た目に反してこいつらはいいとこの坊ちゃんお嬢さんだから、危ない遊びはしない。ゲーセン、ボーリング、カラオケ。ダーツは楽しかったけど酔っ払いに絡まれるから辞めたし、クラブにも惹かれない。火遊びと言ってするのは手持ち花火。


男女仲良くなんて初めてだ。小学生の頃は男子に混ざって泥だらけになって遊んでた。顔にボールが当たっても、膝を擦りむいてもへっちゃらだった。なのにあいつはいつも、痛いよね大丈夫?と声をかけてきた。他の奴らはあいつにガキ大将のマオに媚び売ってらとからかってきた。あたしのほうが強いのになぜ手を差し伸べるのか意味が分からなかった。だってあいつはいつも私に突き飛ばされていたから。


意味を理解したのは中学になってから。その時の生理痛はしんどくて立っていられなかった。廊下に座り込むあたしに男子たちはお前が体調不良なんて雪が降る、と笑いながら言い去って行った。いつも通りにできない、空を殴るような虚しさに押しつぶされそうになりながら、自分の性を噛み締めていた。


鬱々とした状態のあたしに、大丈夫?体調良くないの?、あいつは声をかけてきた。あぁ、こいつは純粋に人を心配してくれるんだ。相手がどんなであろうが変わらない。貸してくれた肩が思ってたより広くて、ぎゅとしがみついたことはきっとあいつは知らない。


物思いにふけながら今朝押し付けられた黄色いマフラーを着ける。まだあいつの匂いが残ってる。


「いつもならさ、ゲーセンとか行くんだけど、今日はちょっと話さない?今教室貸し切り状態だし」


会話したいなんて珍しい。とりわけやりたいことがあるわけじゃないし快諾しよう。偏屈なこいつとの会話は割と面白い。


「よかった。あいつらさーすぐくっつくよね、早ければ今日。もう好きなの自明なのに何もたもたしてんだかって思ってた。でもさ、あいつら付き合ったら俺ら気まずいかな?そうじゃなくても、気ぃ使われそうだよね。」


それは思う。自己中な奴らじゃないし、でも気にせずに恋愛してほしい。あいつらには感謝してるから。


「だからさ、この際俺らも付き合わない?そうしたらこのグループで居やすいし。俺マオのこと気に入ってるし。」


いきなりのことで目を丸くしてしまう。あたしのことを女の子としてみてくれる人がいるなんて!いやそれよりも、この追い詰められてる状況にも心拍数が早まってしまう。窓辺に並んで話してたはずなのに、窓と目の前のこいつに挟まれて逃げ場がない。体力には自信があるはずなのに全然動けない。


これが吊り橋効果ってやつ?対してこいつは涼しげな表情。慣れているのか、負けた気がする、ムカつく。こちらとらなにもかも初めてなんだよ!二次性徴を終えた男子の体格はあたしをすっぽり包んで、その体格差をも知らされる。


「驚いた顔も可愛い。そんな表情もできるんだね。ねぇ、逃げないし無言ってことは肯定とみなすけど。いいよね。」


整った顔が段々と近づいてくる。なんでこんなきれいな顔のやつが私を?理解できない。いやそうじゃなくて、この状況どうしたら、逃げないからわたしもいいって思ってるってこと?自分で自分がわからなくなる。視界が回る。


「今日の練習場所ピロティーだってー」

「あっはい!向かいます!」


聞き慣れた高い声にはっとした。こいつの腕の隙間から小柄な少年がチェロを背負って歩く姿が見えたような気がした。傍から見ればそれは、楽器が勝手に動いてるようだが、その動きだけでもいつも目に焼き付いている。


「急に耳が赤くなった。よくやく意識してくれた?」


あいつには見られたくない。その一心で教室の前を通り過ぎるであろうあいつから隠れようと、目の前の男の懐に身を寄せた。これが良くなかった、


「マオって意外と大胆なんだね。」


次の瞬間唇には温かい感触。嘘でしょ、あいつに見られたかもしれない、そんな不安が駆けめぐる。ドアの向こうに視線をやるがチェロの影はなかった。


「じゃあ、そういうことで。」


満足そうな目の前の男は、あたしの顔やら耳たぶやらを楽しげに触ってくる。本来ならこいつに気を配るはずが、全然気持ちが入らない。キスがどうとかより、見られたかどうかが気になって仕方がない。目の前の男に対しすごく失礼な気がして申し訳無さでいっぱいだ。


こいつのことは人として好きだ。こんな失礼な態度は良くないと思う。やっぱり、素直に話して謝ろう。気持ちは嬉しいけど答えられないって、好きな人がいるんだって。意を決して顔をあげると、そこにはいつもより穏やかな顔があって、


「ん?」


柔らかい声で聞いてくる。嬉しそうな雰囲気をぶち壊す発言がはばかられる。それと同時に、男勝りなあたしをこんなに女として見てくれる人はいないんじゃないかと思えてくる。どうせあいつはあたしのことを女として見てくれない、好きになってはくれない。なら目の前のこいつに寄りかかったほうが幸せなんじゃないか。


なんでもない、そう呟きながらあたしは彼の肩を借りることにした。






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