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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

かくれんぼは、お盆まで

くまぽホラー度 ★★☆



 あれは僕がまだ小学生だった頃。


 前の年に祖母が亡くなり、新盆で叔父叔母いとこたちが勢揃いした盛夏。


 今よりももっと夏の陽射しは手加減をしてくれていて、僕たちは炎天下の中を走り回って遊んでいた。

 田んぼへ行っては、用水路でびしゃびしゃになり、蛙を捕まえてはルールも曖昧なまま、レースを始めたりしていた。


 その日は墓参りに行った翌日で、大人たちは昼間から仕出しの弁当と刺身、ビールと際限なく騒いで酔っ払っていた。


 子どもの僕たちは、その騒擾(そうじょう)に耐えきれず、外に出て遊んでいた。

 庭の舗装された部分になまこ塀から落ちたカケラで落書きをしていると、従姉妹の岬ねえが車でやってきた。


「はいはーい、危ないからどいてどいてー」


 真っ赤なカローラレビンで僕たちの遊び場に入ってくると、運転席からアイスの入った袋を渡して来た。


「あっついでしょー。アイス食べなさい。」


 見た目が派手な美人のせいか、ちょっと迫力があるけれど、いつも僕たちにお菓子やアイスを買ってくれる岬ねえを僕たちはそれなりに慕っていた。


「はい、あとお守りとお小遣いあげるー。」


 東京は地元銘菓がないという持論から、いつも岬ねえはお守りとお小遣いを用意して配ってくれる。


 僕たちは素直に運転席のドア越しに渡されたアイスのビニル袋と、お守りとポチ袋が入った紙袋を受け取った。


「失くしたら、逆エビ固めだからねー」

「岬ねえ、ありがとー!」


 僕たちは大きな声でお礼を言った。


 本当は僕たちの叔母さんで、お姉さんではないのだか、この岬ねえに『おばさん』と言ってしまったら最後、止められない嵐が吹き荒れることを僕たちいとこの誰でもが知っていた。


 岬ねえはにっこりと大輪の華が咲くように笑うと、車を裏庭の方へ走らせていった。


「ねえ、アイス食べようよ。」

「お守りはみんな貰った?」

「貰った〜!」

「ポチ袋は私がまとめて持ってるからね!後でお父さんたちに言って貰うように!」


 みんな手慣れた様子でアイスとお守りを貰うと、庭の真ん中ある大きなクスノキの木陰にぱらぱらと座った。

 頭の上から、蝉の鳴き声がギャンギャンと落ちてくる。


「ねぇ、次は何して遊ぶ?」


 一番年長で、リーダー役になることが多い環が、アイスを食べながら大声で言った。


 小さな声では蝉にかき消されてしまう。

 

「鬼ごっこはもう走るの嫌だぁ。」


 いつもカップアイスを選ぶジュジュが叫ぶ。

 見た目はハーフだが、日本育ちで日本語以外話せない。


「えーと、それじゃあ、かくれんぼはどう?」

 目の下に泣きぼくろがある三千代が言った。


「かくれんぼかあ。じゃあ、家の中はダメ。よそのおうちの方にも行っちゃダメ。危ないから車の下はダメってことで。」

 環がてきぱきとルールを決める。


 家の中は酔っ払いたちがいるから行く気は最初からなかったが、家以外でもこの敷地内は結構広い。


「あ、あと農機具の方も危ないからダメ。」

「とりあえず、建物の中はダメにしようよ。」


 一番小さな加奈が何か言いたげだ。

「どうした?加奈。」

「とうたにいちゃん、あたし、見つけられるかな。」


 小学一年生の加奈は、正月とお盆に遊びにくるだけで、この広大な庭全部を探し回るのは、ちょっと無理そうだった。


「あー、幼稚園の年少の時だっけ?庭で迷子になって終わったことあったね。」

 三千代が加奈の頭をぽすぽすと叩いて言った。


「じゃあ、最初は私が鬼になるから、加奈は一緒においで。」

「たまきねえちゃ、いっしょでいい?」

 うるっと涙目で加奈が言った。


 この可愛い顔に環が弱いのは、加奈以外が知っていることだ。


「…だいじょぶ。たまきねえちゃがいっしょよ。」

「うん、ありがと。」


 環が本気でデレているのを無視して、僕たちはかくれんぼの準備を始める。

 食べ終わったアイスをまとめて袋に入れて、木の下に置く。


「じゃあ、300まで数えて。」

「ジュジュ、どこまで行く気だ?」

「ふふふ、ひみつ。」

 こうして僕たちは、かくれんぼを始めた。


 環が加奈と一緒に楠の大木の下で数を数え始めた。


「いーち、にーい、さーん、」


 横で加奈は一所懸命に指を折りながら、環と一緒に数えている。


 僕は手に持ったお守りをポケットにしまおうとして、失くしたら岬ねえに逆エビ固めをされることを思い出し、ベルトを通す紐に結びつけた。


「よっしゃ。行くか。」


 走り出した僕の腰でお守りが揺れ動いた。





 三千代は裏庭の方へ、ジュジュは本気で隠れるつもりなのか、気が付いたらいなかった。


「どこにしようかな。」

 この家に住んでいる僕が一番かくれんぼに有利だ。


「でも、それも良くないかなぁ。」

 ふらふらと木陰を歩いていると、東の端っこの方にある土蔵が見えた。


「あれ?」


 普段は扉が閉まっているのに、今日は開いてる。

 しかもなんだか綺麗な色が見える。


「なんだろ。」


 近づいてみると、着物だと分かった。

 少し古めかしい印象がある色とりどりの着物。

 虫干しをしているのか、広げられてふわふわと揺れていた。


「えーと。蔵の中、見てもいいよね?」


 誰に言うわけでもないのに、僕は言い訳じみたことを呟いて、土蔵へ近付いた。

 僕は普段は扉が閉まったままの土蔵の中がどんなものなのか、わくわくの探検モードに切り替わった。


 土蔵の入り口を覆うように、ふわふわと着物の袖が揺れる。


 樟脳の匂いがする。


 僕は着物をかき分けて、中へ入った。


 また、たくさんの着物。


 まるで着物の森に迷い込んだようだ。


 両手でかき分けてもっと奥に進む。


 彩りの綺麗な着物。


 ふわりとした手触りの着物。


 たくさんの着物に囲まれて、僕は充分に探検をした気分になった。

 土蔵の中は着物に囲まれて、あまり良く見えないので、別の日におじいちゃんに頼んで入れてもらおうと思った。


「さて、戻るか。」


 かくれんぼの途中だったと、僕はルール違反になる建物の中から出ようとした。


 すると。



 ふわり


     するり


        しゅるしゅる


   ふわ


 着物が人の形をとり始めた。


 中身は空洞なのに、まるで女の人が着ているように、一枚一枚の着物が女の人たちの形になる。


 僕の背筋に悪寒が走る。


 ぞわっとした感触は、背中から両腕に走り、鳥肌が立った。

 虫干しをしていると思った着物はすべて浮いていただけだった。


 ふわふわと着物だけで浮いていた中に、僕は飛び込んでしまったのだ。


 やばい。


 小学生の僕がこの時何を思ったのか、覚えていない。

 とにかく、やばいことは分かった。


 走って着物の集団から逃げようとしても、すぐに着物に捕まる。


 ふわふわとした感触が僕を囲む。


 両手を闇雲に突き出すが、それもふわふわとするだけで、何の威力もない。


 そして、見えてはいない着物の中身の女の人たちの意識が流れ込んできた。


 (外はあぶないわ)


    (いいこね ここで かくれんぼしましょ)


 (静かに さわぐと見つかっちゃう)


(だめだめ 外に出たら撃たれちゃうから)


   (明かりをつけちゃだめよ)


 僕は見えないのに、そこに確かに()()ということが怖かった。


 ふわふわとした着物が僕に覆いかぶさる。


   (防空壕の中に入って)


(危ないから中へ)


       (見つかったらだめよ)


 (燃えてしまう)


 悲鳴と苦痛が僕に流れ込んでくる。


 気持ち悪い。


 僕は走ってもいないのに、心臓がばくばくと鳴り、冷や汗が流れた。


 女の人たちが焼けるイメージが流れ込む。


 熱い。

 息が出来ない。



 着物に囲まれて、汗をだらだらと流しながら、僕は床に膝を落とす。


  (いい子 いい子 かくれんぼよ)


(鬼に見つからないように 出ちゃだめよ)


 暗い土に囲まれた窮屈な場所。

 そこで息を殺して潜む女の人たちとその子どもたち。


 僕は吐きそうになるのをこらえた。


 やばい。

 倒れそうだ。


 僕が床に手をつこうと腕を動かした時、指先にお守りが触れた。


 僕は手探りでお守りを握ると、ぎゅうっと握りしめた。


 助けて。助けて下さい。




「助けて。」




 額から流れ落ちた汗が顎から滴る。










 その時。



     しゃらり




 着物の上から、また別の着物が落ちてきた。


 それにはぽってりとした水滴のような模様の柄。


 あれは、何処かで見たような。


 僕が汗で歪んだ視界の中、見定めようとした時。


 女の人の声が朗々と響いた。


「よってたかって、私の子どもをいじめないでいただけますかしら。」


 ふわりと僕の頭からその着物に覆われると、吐き気がおさまった。


 汗を拭って見上げれば、姿勢のいい美しい女の人が立っていた。


「防空壕が安全とは限りませんわ。関東大震災も知らない小娘たちが。」


 女の人は大輪の花が咲くように笑うと、片手を軽く振った。

 その途端にふわふわとした着物たちが空気が抜けたように床に滑り落ちた。


「さあ、早く、ここから出て。揺れますわよ。」


 僕はその女の人が知っている人と同じ顔であると気付き、驚いて固まってしまっていた。


「ふふふ。まあまあ、かなえにそっくりだこと。今度こそ、助けますわね。」


 女の人は僕に着物を被せたまま、外へ押し出した。



 僕は土蔵の敷居を越える。


 振り返ると、扉の閉まった土蔵があった。


 僕は真夏の暑さの中、着物を被ったまま、ふらふらと歩き出した。





 耳に伝わる違和感。





 くらっとした感触のしばらく後。





 遠くから地響きが迫ってくる。


 突然の振動。


 どんっ


 体を突き上げる振動に揺れる地面。





 僕は立っていることが出来ずに、着物を頭から被って地面にしゃがみこんだ。


 ほんの一瞬のような何分もかかっているような動揺した頭に残った地震の記憶。


 着物の上に枯れ枝が落ちて来る。


 土蔵の上から瓦が落ちる音がする。


 がしゃん



     がたがたがた


   どさり




 僕は揺れがしっかりと収まってから、顔を上げた。


 見上げた先にはぼろぼろになった土蔵。


 土壁の中にある組み込んだ竹が見えた。


 土蔵の周りには瓦と剥がれた土壁が落ちていた。


 僕は怖くなって、着物で身を隠すようにして、家の方へ走っていった。







 家の中はめちゃめちゃだった。


 神棚からは榊の枝やお酒の入った徳利のようなものが落ちて、びしゃびしゃになっていた。

 その下で酔っ払っていた大人たちは、片付けやどこか壊れていないか確認するためにいなくなっていた。


 僕は庭先の石の上に座って誰か来ないか待っていた。


 怖かった。


 土蔵の着物の女の人たちに囲まれて、その後に大きな地震にあった。


 僕は着物がすべてのものから守ってくれるかのように、ぎゅっと身を縮めて着物の中に隠れようとした。


 不意に陽射しが切れる。


「とうたにいちゃん、みーつけた。」


 うふふと笑う声の後、加奈が抱きついてきた。


「あ、かくれんぼ」

「忘れてたでしょ。藤太。」

「あ、環。」

「環姉さんでしょ。可愛くないなぁ、弟なんて。」


 ねー、と言いながら、環は加奈の頭を撫でた。


「やったねー。加奈。見つけたじゃん。」

「うん、たまきねえちゃ、ありがとう!」


 環と加奈がきゃっきゃと笑う後ろから、三千代とジュジュが揃ってやって来た。


「地震があったらびっくりして広い所に出ちゃうよね。」

「見つからない場所にいたのにねー」


 二人とも地震で驚いて隠れていたとこらから出て見つかったようだった。

 環が加奈を抱っこして、振り返ると言った。


「そんで、藤太(とうた)。その着物は何?」







 家の片付けも終わり、少し物が割れただけで水道も電気も大丈夫だと分かった。

 僕といとこたちには、古い土蔵は危ないから近寄らないようにと言われた後。


 僕は隠居にいた。


 目の前にはおじいちゃん。


 母屋とは渡り廊下で繋がったおじいちゃんの家の方に僕は呼び出された。


 僕はおじいちゃんに着物と土蔵であったことを話した。

 怖かったこともあって、あちこちに話が飛びながらも、おじいちゃんは根気よく聞いてくれた。


「つまり、着物に襲われて、着物に助けられたのか。」


 僕はお守りをベルトの紐から外すと言った。


「あと、気のせいかもしれないけど、これ、着物と似てる?」


 僕はお守りに刺繍されたぽってりとした水滴のようなものをおじいちゃんに見せた。


「ああ、東京の稲荷神社のお守りか。岬の土産だな。」


 そして着物の上にそっと置いた。


「うん、同じだ。藤太、これは宝珠という。着物の柄と一緒だ。」

「宝珠?」


「宝のたま。この珠というのが、環とジュジュの名前の由来になっている。」

「え。」


「その女の人は、どんな顔してた?」

「……岬ねえ、そっくりだった。」


「ふふふ、そうだろうな。その人の孫だからな。」

「え。」


「藤太には内緒話をしてやろう。」


 そこから話されたのは、僕の知らない玉世(たまよ)おばあちゃんの話だった。


 去年亡くなった時に、おじいちゃんはお母さんたちには話していたらしい。


 玉世おばあちゃんは、本当の名前は『かなえ』と言って、生き別れになっていた本当のお母さんの名前が『珠代(たまよ)』だった。


「え。」

「まあ、お前が会ったのは、その珠代ばあちゃんだ。お前の本当のひいおばあちゃんだな。」


「え。」

「岬は本当に珠代様にそっくりだよなぁ。外務省に入ったと思ったら、今度は会社を始めるから辞めるって言い出す。

 何をしはじめるか分からない所がそっくりだ。」


 おじいちゃんはため息をはくと、


「この先にある稲荷神社の近くに玉木製造株式会社と、大きな駐車場のかなよ食堂本舗があるだろ。あれ、創業者が珠代様だ。神社の氏子総代もやって、お社を建て直したのも珠代様。」

「え。」

「な、岬もそんな感じだろ。」


 くくくっとおじいちゃんは笑うと、急に真面目な顔になった。


「珠代様は玉世と生き別れになった時、息子を亡くした。藤太、お前は珠代様の息子の代わりに助けられたんだろう。」


 それは何でと言おうとして、気がついた。


 僕のお母さんたちは姉妹だけだ。僕のいとこも、男は僕だけだ。


 ああ、そうか。


 珠代おばあちゃんの血筋の子どもで、男は僕だけなんだ。


 たった一人の息子


 それを理解した途端に、僕は泣きそうになった。

 なんでか分からないけれど。


 僕が鼻をすすっていると、おじいちゃんはティッシュ箱を差し出して言った。


「藤太、お前には怖い思いをさせたな。早く処分していなかったばっかりに。

 たくさんあった着物は、昔、米を売った時に貰ったものなんだ。

 柄が派手なものが多かっただろう。

 若い娘の着るような着物の方が米を多くやるからと言ったら、そういう着物ばかりがどんどん集まってなぁ。

 おじいちゃんのおばあちゃんが、手に入った着物を一枚たりとも誰にも触らせないで、蔵の中にしまっていたんだ。

 やっぱり、女の人の着物への執着は怖いなぁ。」


 ぐずぐずと泣きながら僕が聞いた話は、戦争とその後の話だった。


 戦争が終わって、日本が負けて、勝った国からたくさんの人たちが来た頃、食べ物がなかった。

 戦争の間もその後も、配給といって、国が食べ物をとりまとめていたが、戦争に負けてからそれがうまくいかなくなった。


 とにかく、食べるものが無かった。


 そこで、東京から着物やお金を持った人たちが汽車に乗って、こっそり内緒で米を買いに来ていたらしい。


 東京は空襲で焼けてしまっていたから、余計に食べ物がなかったのだろうとおじいちゃんは言った。


 その空襲から命を守るためにあったのが、防空壕だった。

 戦争で男の人たちがいなくなってから、女の人と子どもしかいない所に飛行機がやってくる。


 爆弾と焼夷弾が飛行機から落とされる。

 それで死んでしまわないように、女の人たちは、子どもたちと防空壕でかくれんぼをして守った。


「もういいかい」

「まあだだよ」

「もういいかい」

「もういいよ」


 外に出たら全てが無かった。


 終戦日はお盆の8月15日。


 そこから、かくれんぼの後の生活が始まった。


 残った着物を抱いて、生きるために食べるお米を買いに行く。


 その時に手放した着物たちが、その日僕が見たものだった。


 珠代おばあちゃんのだと思われる、宝珠の柄の着物が土蔵にあったのは、どうしてなのかおじいちゃんにも分からなかった。


 ただ。


「珠代様は、娘の玉世の孫を守りたかったんだよ。」


 そう言ったおじいちゃんの言葉で充分に合っていると思った。






 それから着物はすべて稲荷神社でお焚き上げをしてもらい、宝珠の模様のある着物は亡くなったおばあちゃんの箪笥にしまわれた。


 今年も僕はお盆になったので、お墓参りをしておじいちゃんたちに線香をあげる。



 大きなお墓にはおじいちゃんと玉世おばあちゃん。


 その隣の小さなお墓には、珠代おばあちゃん。



 僕は珠代おばあちゃんに線香をあげながら、大人になってから知った事を伝えた。


「珠代おばあちゃんは、関東大震災と東京大空襲の両方を体験したんだね。

 大変だったね。辛かったね。」


 あの時、珠代おばあちゃんが言った『関東大震災』。


 東京大空襲のあった昭和20年の22年前、大正12年に起きた関東大震災。


 本で見たふたつの出来事の後の写真は、同じように焼け野原だった。


 焼け野原から立ち直った後の焼け野原。


 そして、亡くなった子ども。


 大人になってから珠代おばあちゃんの壮絶な人生をようやく理解できた。


 でも、岬ねえにそっくりなその人は、残されたどの写真でも大輪の花が咲くような笑顔で笑っていた。


 その笑顔の人の血が僕の中に流れている。


 僕にできるせめてものことは、毎年線香をあげることかな、とつぶやいて、


「絶対そんなこと気にするなって言いそうだな。」


 思わず笑う。


 土蔵の中で見た珠代おばあちゃんの姿と笑顔は、ただ慈愛に満ちたものだった。




 ーーー生きて幸せになりなさい




 それは声ではないイメージで、あの日から僕の中に残っている。


 僕は手を合わせて軽く頭を下げると、家族の待つ方へと足を向けた。


 線香の煙の満ちた墓石の群れを縫うように歩く。


 頭上からは蝉の鳴き声が降ってくる、いつも通りのお盆の夕暮れだった。








珠代についてもっと知りたい方は、こちらの作品へどうぞ。

R15作品『落花流水』

https://ncode.syosetu.com/n6382gz/


終戦から10年後のお話です。

ヤンデレヒロインのメリバ物語です。


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i556162 秋の桜子様より頂戴しました。 (ぽちっとすると、『落花流水』に飛びますよ。)
― 新着の感想 ―
[良い点] 夏の空気とホラーが相まって不思議な情緒のある作品でした。 お盆の時期に集まった親戚の騒ぎ、そこから離れた子供たちの定番の遊び、誰しもが経験したことのあるものだと思います。それ故に、読んでい…
[良い点] 終戦記念日とお盆の両方に相応しい、沁みるようなお話でした。 防空壕の下りが見事でした。そっか、両方を経験しているのか。これ、洪水でも当てはまりますよね。どちらの着物も守ろうとしたけど、始…
[一言] 珠代様あああああ!!!!(ブワッ) 珠代様が偉大すぎる( ˘ω˘ )
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