ACTION(1)
「どうもありがとう!またどっかで会いましょう!バイバイ!」
インディーズロックバンド、LINEの女性ボーカル岩田空の声が、ライブハウス内の熱気を帯びた空気を突き抜けて、夜空に響き渡った。
「今日、楽しかったわ、途中ギターのチューニングがずれてて歌いづらかったとこもあったけど、それもライブよね。お客さんの反応もよかったし、最高!」
空は自分たちの演奏の出来、ライブ自体の盛り上がりに満足し、また他のバンドメンバーも同じだった。空たちは音楽をやっていて一番幸せな瞬間を感じていた。
しかし、そんな瞬間も長くは浸っていられずそこはインディーズバンド、ライブハウスは時間で借りているので時間オーバーになると超過料金が発生してしまう。インディーズバンドにとってはそもそもそんなお金もなく、何とか避けなければならない。
そして、いいバンドは撤収も早いというのが定説である。
もちろん、準備もそうだが、撤収も基本的にはスタッフ一人はいるものの、バンドメンバー自らがしなくてはならない。
CDリリース・ライブ等、音楽の世界は一般的には派手に見られがちな部分が多いが、実はこういった見えない部分では地味だったりもする。
空のバンドはメジャーデビューこそしていないが、インディーズではそこそこ知られており、都心でライブに出ればコンスタントに3,40人程度は常に集められるようになっていた。
客に何がウケているかというと、空の歌詞である。空の歌は曲に歌詞がのっているというよりも歌詞に曲が引っ張られているようで、空が書く恋や愛に対する歌詞の感情そのものが聴いている人たちをグイグイ引きこんでいってしまう。
そして、バンドは大体男女比が、どっちかに偏ることが多いが、LINEは5:5の比率でまた年齢も10代後半から30代後半ぐらいまでと幅広いファン層であった。
空たちはいいバンドの条件を満たせているか分からないが、早々に撤収を終え、持ち込んだ楽器・機材類を機材車に運び終えた。といっても運ぶのは空以外の男性メンバーであり、空はいつも応援する役である。
ライブ後は打ち上げが必ずといっていいほどあり、決して全員参加ではないが、今日は空のバンドは皆、気分が良かったのか、衣装を着替えるとライブハウス近くの居酒屋に集合、打ち上げに参加した。
打ち上げといっても何か特別なことがあるわけではなく、ただ、一緒にライブイベントに参加した他のバンド達と交流を深めたり、ただの飲み友達になったりといろいろである。この日のライブイベントは空のバンドよりも若いバンドが企画した「UNION Vol.1」、ガールズバンドもしくはボーカルが女性であるバンドばかりが出演者となるイベントである。
空たちはバンド暦・年齢ともに今日のイベントの中では他のバンドより先輩にあたる。
しかも、今日の企画をしたバンドが元々、空にあこがれてバンドを始めたという経緯もあり、空にとっても何か運命を感じ、刺激的な共演であった。
もちろん、打ち上げになると憧れの存在であるだけに空の周りには他のバンドの女性メンバー達が、集まってくる。こうなってくると打ち上げはもう完全に男と女は別々の会となる。同じお店の一角で空への後輩からのインタビュー会場となっている一方では男飲みが開催され、、外からみるととても同じ団体だとは思えない状況となっていた。
男性メンバー達は変なテンションで何やら自分たちで開発したゲームをし、敗者に対して罰ゲームで一気飲みという昭和のノリで飲み会に驀進する横で空は後輩たちから質問攻めに会い、これまた何なのかよく分からないまま打ち上げは進んでいった。
空への質問は基本的に歌詞の作り方やどうやってそんなに感情豊かに表現することが出来るのかといったことに集中していた。特に詩と曲を書いている共演者にはすごく興味を持たれていたようだった。
空はファンにも同じようなことを聞かれることがよくあるが、いつも同じ回答をしていた。この日ももちろんそれを変えることはなかった。
「とにかく自分の経験であったり見聞きしたことにプラスした想像を今、目の前で現実に起こっていると錯覚を起こすぐらいに入り込む。ただそれだけ。」
空の言葉に質問をした共演者たちは、
「それはそうだと分かっているつもりなんですけど・・。恋愛とかの経験がそんなにないのもあるだろうし、そこまで入り込めてないのもあるのかなぁ、何が足りないんだろう。」
と自分たちに足りない何かの核心をつかみきれなかった。
結局この日はこんな感じのまま明け方まで飲み明かし、同じような回答を繰り返すインタビューを受け続け、打ち上げは終っていった。
帰り道、空はインタビューもどきを受けた自分の歌詞のつくる状況について思い返していた。自分は感情の入り方が全然違う。それは詩を書くという意味ではすごくいい方向に働いているが、実生活のなかでは、誰も感動しないところで涙が出たり、現実と想像の狭間で自分を追い詰めたりしていることもあり、自分でもよくコントロールできない危うさも持っている。
そして、「自分の経験に・・・」と言ったが、正直バンドをやっている女、特にロックの世界となると彼氏等、なかなか出来ず恋愛経験も豊富ではない。そうするとどうしても想像や願望の世界がほとんどを占める。ある意味現実ではないことを何とか搾り出す能力が異常に鍛えられている。
でも、そうは言っても今年で29歳になる空。自分自身でも限界を感じはじめているのが、あまりにも恋愛の経験が少なすぎるということだ。ロックに対する暗いや恐そう等というイメージ、またアイドルやメジャーでも売れているバンドならTV等通じて、雰囲気をつかむことも可能だが、そこはインディーズ。どんな活動をして、どんな客がいるのかもそこへ行ってみないと分からない。ロックバンドをしている女性、それは世間一般のOL等に比べるとどうしても男からは敬遠されがちになってしまう。
そして、ライブに集まる男性客はというと空のルックス等ではなく、詩やそこに込められたソウルに反応しているわけで、音楽・バンド活動を通してつながっている。
自分の奏でる音楽に惹かれ皆が集まってくれるのは空にとってこの上なく、有難い事で、いつも見に来てくれるお客に感謝以外、何も残らない。ただ、その一方で29歳の年頃の一女性としての魅力はあるのかと不安も大きくなってきている。
ついこの間、友人の紹介である男性を紹介してもらった。初対面から引かれることのないよう、髪は黒くし、ピアスは両耳にそれぞれ一つだけ。服はそのためだけに買うのは金銭的にも趣味的にも辛かったので細身のジーンズにタートルネックのセーターと自分の持っている中で一番普通そうな格好をした。格好はそんな問題はなかったと思う。ただ、この日明らかに紹介された男性の顔色が変わった瞬間があった。それはお互いの職業の話になった時だった。空は事前に友達から男性の職業を聞いていた。広告代理店に勤めるいわゆる普通のサラリーマンだそうだ。
普通のサラリーマンといっても畑違いの空には全くイメージ沸かなかったので、あらためて仕事の内容を聞いてみた。正直あまりピンと来なかったけど、とりあえずうなずいていた。男性の話し方は物腰が柔らかく好印象だった。
一通り男性の話が終ると当然今度は空の話になった。
「岩田さんはどんな仕事をされているのですか、アパレルとか美容師とかにいそうな感じですよね、でも違う気するなぁ、うーん何だろう?」
空はそのときどういう風に言えばいいのだろうか。でも嘘はつく必要はないしと思い、正直に
「音楽やってます。」
すると男性が
「音楽関係かぁ。レコード会社の企画とかプロモーションとかって大変なんですよね、広告代理店もなかなかきつい業界ではありますけどね。お互い大変ですよねぇ。」
と勝手に解釈してしまったので慌てて空は
「いや、音楽ってあの、自分たちが演奏とかする、そのバンドてやつをしてます。」
「え!バンド、バンドね、自分で演奏してるのね。あ、そう・・・」
と驚きとそれに続く興味ありません、今時バンド?、ブーム去ったよという言葉が男性かの顔にはっきり書いてあるのが分かった。それでも気を使ってくれたのか男性は
「どういう系の音楽ですか?僕はポップな曲が好きかな・・・」
「ロックです。」
「あ、そう。」
そこからは男性は口数も少なくなり、空も何を話したか記憶にない。ただ、男性の引きつった顔だけは憶えている。
30手前で多分、定職にも就かず、未だに現実から背を向け夢を追い続け、バンドをしている女、こいつはないなと書いてある顔を。
当然、この後に連絡をとることもなかった。
空は、やはり自分の女性としての魅力に不安を感じざるを得なかった。音楽をやって別に恥ずかしいことをやっているわけでもなく自分の詩・曲に共感を持ってくれる人はいるのになぜ、世間的に見た時、一女性としては引かれてしまったりするのだろうか。このアンバランスさと自分の今までやってきたことが本当に正しいのかの自問自答を帰りついた後も自分の部屋のベッドの上に座り繰り返した。
結局結論など出るはずもなく、例えロックだろうが、音楽をしているということ、そして恋がしたいというのも間違っていないと空は思った。ただ、ストレートに最初からバンドをやっていますといわないほうがいいのかもしれないと思い、目を閉じた。




