Episode.5 初恋少女と見習い執事
「で、何でこうなったんだ?」
直也がトレーに料理を乗せて戻って来た。そして、俺の右隣の席に座りながら、小声でそんな風に尋ねてくる。
「いや、席なくて困ってたから」
「それはわかるんだが……よくこの二人を誘う勇気あるな」
「何だ、知り合いか?」
どうやら直也はこの二人のことを知っているようだ。
「知り合いってワケじゃないけど、この高校じゃ有名人だ。こちらの茶髪ショートヘアーの人は生徒会副会長の『後藤 茜』先輩、二年生」
そう言いながら直也は自分の前に座る茜に視線を向ける。それに合わせて、茜もペコリとお辞儀。
「んで、その隣の人が同じく二年の『弓波 美織』先輩。あの弓波神社の巫女さんだ」
美織も直也の紹介に合わせるように微笑む。
ここで俺は初めて美織のフルネームを知ることとなったのだが、まさか弓波神社の巫女だとは驚きだ。
「美織さん巫女さんだったんですね……いや、それよりこの学校にいたとは驚きです」
俺は机を挟んだ前に座る美織に視線を向けながらそう言う。すると、直也は興味深そうな表情を浮かべる。
「何だソラタ、弓波先輩と知り合いか?」
「昔話したことあるだろ? 中二の頃、執事にならないといけないことに嫌気が差して家出したとき出会った女の人のこと」
「あ、あぁ……ソラタを慰めてくれたとかいう妄想の女の子かー! また会いたいからってしばらく会った場所に通って──ぐふっ……!?」
それ以上の話を美織に聞かれたくないので、俺は直也を黙らせるために、直也の横っ腹に拳を喰らわせる。
「い、いや……妄想じゃなかったんだな……」
「何度もそう説明したろ」
直也はうぅと呻き声を漏らし、苦しそうにしながら呟く。
「え、執事君私を探してくれてたんですか?」
どうやら直也の口を塞ぐのが少し遅かったらしく、美織にそう尋ねられる。
「ああ……いや、お礼くらい言っておこうと思いまして……」
俺は美織と目が合わせられず、視線を自分のお弁当に向けながら答える。まさかここで「好きになったのでまた会いたかった」などと言ったら、完全にヤバイ奴だ。
「お礼?」
美織は不思議そうに首を傾げる。
「はい、あのとき美織さんが相談に乗ってくれたから、俺は執事になるって決心出来たんです」
「そんな、大袈裟ですよ……しかしまあ、あの頃の執事君は良い感じにやさぐれていましたね。今とは大違いです」
美織は二年前のことを思い出しながら言っているのか、懐かしそうにしている。
「ということは、今はちゃんと執事になったんですか?」
「ええ、まあ──」
「コイツ、今エスケープ中なんすよ」
直也が余計なことを言ってくるので、俺はじろりと横目で直也を睨む。しかし、直也は気が付かない振りをしていて、そのまま話を続けだす。
「ご主人様と喧嘩しちゃったらしくて、ほったらかしっす」
それを聞いた美織は一瞬キョトンとしていたが、笑いを堪えられなかったかのように、ふふっと顔を緩める。
「どうやら今でも執事君はやさぐれているようですね」
「ち、違いますって……」
俺が美織にそう言われて困ったようにしていると、隣で直也がニヤニヤと笑っていたので、俺は後で絞めてやろうと心に決めたのだった────
────。
キーンコーンカーンコーン……と、今日一日の学校生活の終了を告げる鐘が鳴る。
いつもなら有沙と共に教室を出て、そのまま家まで送り、その後も身の回りの世話をするのだが、今の俺は自由。
久し振りに友達と帰ろうかと直也を誘ってみたが、今日は部活があるらしく、それは叶わなかった。
なので、俺は一人で下駄箱に向かい、上履きを脱ぎ、靴に履き替える。
有沙に振り回されなくて良いので、心はとても晴れやかなのだが、それとは裏腹に、空模様は良くない。雨が降ってもおかしくなさそうだ。
そんな推測をしながら、俺は校舎の正面玄関から出ようとする。すると────
「執事くーん!」
後ろから小走りに駆けてきた美織が呼び掛けてくる。
「美織さん!? ど、どうしたんですか?」
今まで玄関などで会ったことはなかったため、少し驚いてしまう。
急いで靴を履き替えて、俺の隣まで来た美織は、ふぅと呼吸を整えるために一つ息を吐くと、にこっと笑う。
「一緒に帰りませんか?」
「えッ!?」
「嫌ですか?」
「いやいやいや、そんなことは全くないですけど……どうしたんですか、突然?」
「久し振りに会うことが出来たので、もう少しお話ししたいんです。昼食のときはほら……他の人もいましたから、ゆっくり話せなかったでしょ?」
「ま、まあ別に良いですけど……弓波神社に帰るんだったら、俺の家方向違うんですけど」
「では、執事として私をエスコートしてくださいよ」
美織は悪戯っぽい笑みを浮かべてそんなことを言ってくる。
俺は別に美織の執事ではないのだが、まあ今は自由の身であるし、寄り道くらいしても良いだろう。
「ま、まあエスコートかどうかはわかりませんが、取り敢えず弓波神社に付いていけば良いんですね?」
「付いていくのではなく、一緒に行くのです」
「は、はい……」
正直何が違うのかはわからなかったが、まあ良い。俺も美織と話したいことは沢山あるのだ。
そういうわけで、食堂で二年ぶりに再開したばかりの俺と美織は、二人で弓波神社に行くことになった────
────。
「この状況、端からは恋人同士……に見えるのでしょうか?」
「へッ!?」
帰り道、突然美織がそんなことを言ってきたので、俺は思わず間抜けな声を上げてしまう。
一つ咳払いし、平静を取り戻す。
「い、いや……別にそんなことは──」
と、そこで言葉を詰まらせてしまった。
今朝直也に、俺と有沙が付き合っているという噂があることを聞かされたばかりだ。この年頃で、男女が一緒に帰っていれば、もしかするとそう勘違いされてもおかしくないかもしれない。
俺が戸惑う姿を見て、左隣を歩く美織は可笑しそうに微笑む。
そういえば二年前初めてあったときも、美織はこんな風に悪戯っぽさを持った感じの少女だった。
「私に感謝していると、執事君はそう言いましたよね?」
それは、今日食堂で話したことだ。俺は「はい」と肯定し、頷いて答える。
「実は私もなんですよ。私も、執事君に感謝しています」
「俺にですか? 特に思い当たる節はないんですが……」
実際、二年前に出会ったとき、俺は一方的に美織に相談に乗ってもらっただけだったはず。俺が美織に何かしたということはないと思う。
しかし、美織は首を横に振る。
「二年前執事君と会ったとき……私も家出していたんです」
美織は自嘲的な笑みを浮かべながらそう言ってくる。
「私も、家の都合で巫女にならなければなりませんでした。そんなことに嫌気が差して……。しかし、そんなときに会ったのが執事君です」
美織は視線を若干上げて、そのときのことを想起するように話す。
「私と同じように、決められた“運命”の通りに生きなければならず、私と同じように、そんな“運命”に嫌気が差していた執事君に」
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