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異ノ血の異ノ理⑨

「銘は失われて久しい。抜けば判るんだろうが……何しろ、そのザマだ」


 霊銀(ミスリル)を練り込んだ合金を鍛え創られ、その身の内に魔術を内包する剣を“魔剣”と称す。

 広義には、“聖剣”もまたこの“魔剣”のひとつであるとされている。

 だが狭義の“聖剣”とは、“聖別された剣”だとするのが聖天教団の考えだ。

 神、或いは天使によって祝福され、その力の一端を宿す剣こそが聖剣であり、その在り方は魔剣などとは全く異なると。


 故に、聖剣の中には()()()()()()()()()()ものも存在する。

 無論、聖剣や魔剣と言えど形状は剣ばかりでは無い。槍や斧、鎚、果ては弓に至るまで。

 ありとあらゆる“魔術を内包する武器”は全て魔剣と呼ばれ、そして聖剣もまた然りだ。


「フラマーズ・マイヤーの用いていたその宝剣は、当時の教皇から賜ったものらしい。教皇直属の近衛騎士となった時にな」

「つまり……?」

「ああ。聖剣として創られたものかそうで無いのか、結局は判らん。フラマーズが使っていた剣を聖別したもの、という説もあるし、彼のために鍛えられた特注品、という説もある」

「そうですか……」

「ねえ、エディ」


 二人の遣り取りを傍観していたレヲンが声を掛けた。続きを聞かないままにエディは鞘に納まった聖剣を差し出す。


「えっ?」

「抜く気なんだろ?」

「そ、そうだけど……よく判ったね」

「お前なら言いそうだからな。あ、いいですか? ウィリアム様」

「構わん。どうせ抜けん」

「ありがとうございます。ほら、レヲン」

「うん」


 ごくりと唾を飲み込み、受け取った鞘と柄をそれぞれの手で握り締める。

 すぅ――息を吸い、腹に力を込めてぐっと力を込めた。


「ふ――っ!」


 だが、やはりビクともしない。

 その様子に安堵したエディは、そんな自分をやはり叱責する。心の何処かでレヲンならば抜けるのかもしれない、そうならもうそれは仕方が無い、という諦観がこびり付いており、しかしそうで無かったことで得た安堵感も併せて、不甲斐ない自分と決別するのでは無いのかと激しく自らを罵った。


「駄目だ、全然駄目」

「一応、いいかな?」


 念のためミリアムも試してみたが、結果は同じだった。

 やはりマイヤーの聖剣は、フラマーズ以外を主と認めてはくれないらしい。いや、もはやフラマーズをすら認めず、もう二度と誰にも抜くことが出来ないのかも知れない。そしてそれを確かめる術は、今のところ何処にも無さそうだ。


「御覧の通りの無用の長物だが――持って行くか?」

「「「えっ!?」」」

「構わんよ。俺はマイヤー家の当主で、その聖剣はマイヤー家の宝だ。なら、俺の一存でその所在を決めてもいいだろ?」

「でも……」


 溜まらずミリアムが逡巡の言葉を漏らす。しかしウィリアムの鋭い目付きは変わらない。


「持って行かなければそれでもいい。どうせ俺には抜けん、誰にも扱えん。持つより前に腐れている宝、何処に置いたって一緒だ」

「分かりました」

「ちょっと、エディ!?」


 制止するミリアムに対し、エディの顔付きは真摯だ。それを見てウィリアムはほくそ笑む。


「天使の力は要らないんじゃ無かったのか?」

「要りません。そんなものが無くても俺は、天使を、神の軍勢を討ちます」

「言うな、小僧(ガキ)……この俺の前でそれを宣うことがどういうことか、解っているのか?」


 マイヤー家は古くより聖天教団に使える騎士の家柄だ。かのフラマーズ・マイヤーはその功績により教皇直属の近衛騎士として任命され、そして人間の宿敵である空の王(アクロリクス)率いる“異形の軍勢”(テリオストラトス)を討った。

 以降、近衛騎士こそ輩出していないものの、マイヤー家という血筋は常に聖天騎士団の中にあり、その中枢を三世紀に渡って担ってきた。このウィリアムも例外ではない。


「いくら俺が【禁書】(アポクリファ)に与しているとは言え、表向きの俺の立場はあくまでも聖天騎士の一人。忘れたわけではあるまいな」

「十分、存じ上げています。ですが貴方のことだ、()()()()()()()()()()筈です」

「……まぁ、確かにな」

「なら、この程度の大言壮語、問題ない筈では?」


 ウィリアムの中で、このエディと言う少年に対する評価が変わった。

 エディ・ブルミッツの噂は聞き及んでいた。僅か十六歳にして、末端とは言え天使を討ち、また単身天使の棲み処へと潜入する豪胆さを秘め、そしてそれを可能だと周囲に思わせるほどの人物であると。

 だが、それでも所詮は小僧(ガキ)だろうと思っていた。その評価が変わったのだ。


「エディ・ブルミッツ。お前、俺の部下にならないか?」

「はぁっ!?」

「聖天騎士の一人になれと言っている。どうだ、悪い話じゃ無いだろう?」


 困惑が押し寄せ、エディの表情は目まぐるしく変化していく。


「でも、俺は……」

「神を討つのだろう? 構わんよ。そもそも、聖天教に限った話じゃ無いが、信仰に神そのものは必要ない」

「え!?」


 再三驚愕に目を丸くする三人を横目に、宝物庫に無造作に置かれた樽の上に腰掛けたウィリアム。それもまた宝であろうに、とミリアムが顔を顰める。


「必要なのは信仰心――拠り所であって、神そのものの存在は無くてもいい。信者を根絶やしにしようなんていう神なら尚更だ。そうじゃなければ“禁書”(アポクリファ)なんかに与していない」

「それは……そうかも」


 ミリアムは素直にその考えを飲み込んだ。しかしレヲンもエディも、何処か納得できないと言った表情だ。それを見てウィリアムは笑い、そして再び真剣な面持ちで以て三人に語る。


「祈りは誰のためのものでも無い、祈る者のものだ。愛する人の安寧を願い、友人の息災を願い、自分の未来の繫栄を願う。神に祈っているように見えてその実、ただ願いを解いているだけ――そこに神がいようがいまいが関係なく、神って奴がいるらしいという()()()()()で人は心に平穏を抱ける。つまり心の拠り所だ。それだけのために他の誰かの祈りを咎めるってのは違うと思うし、宗教戦争なんざもってのほかだ」

「……確かに、そうかも知れません」


 呟くように言葉を漏らしたエディ。そもそも信心など彼には無い。生まれてからこの方、彼は【禁書】(アポクリファ)という“神を殺すことを宿願とする組織”にて育ったからだ。

 だが、どうしてだかそれは今揺らいでしまっている。

 目の前のウィリアムはまだ()()()()だが、現在の神を信仰する聖天教団の信者たちは皆、自らが殺そうと躍起になっているその神を信仰する者たちだ。

 祈りを捧げ、それを以て心の平穏を享受している。


 神の軍勢による“粛聖”(ジハド)がそれを覆しているが、しかし聖天教団はあくまでも他の邪教の神の仕業だと公表している。

 そのために捕らえられ、処断された異教徒は今も後を絶たない。最近になりイェセロを神の軍勢が強襲したのだから尚更だ。また、地底都市ゲオルの一件もまた表向きは邪教の神の仕業だとされている。


 彼らは果たして、一体誰に祈っているのだろうか。何を畏れているのだと言うのだろうか。

 そのような人間だからこそ、神が滅ぼそうとするのは当然なのでは無いか――――そんな想いがいつしか生まれ、少年は胸を痛く焦がしている。


「神は討つ、人を滅ぼそうとするのなら。だが情報は操作する。信者たちの心の拠り所にはなり続けてもらわなければ困る」

「そう……です、ね……」


 歯切れ悪く答えたエディの胸を焦がす熱――その想いの正体を、エディはまだ知らない。

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