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異ノ血の異ノ理②

 造船場にて配備可能な潜水艦は一隻のみ。そして乗り込みが可能な人員は八名。

 “神殺し”の一基である山犬は外せないが、ランゼル・ゾーイ夫妻のどちらかは置いて行かなければならない――しかしその余座にはキユラスからの指名でニスマが落ち着いた。

 潜水艦は自力で稼働できる状態にはあるが、キユラスはあくまでも船を()()ことを申し出た。ニスマならば船内からでも特殊な音波による意思の疎通が船外の沈む人族(フィーディアン)と可能だ。

 無論何処までもスティヴァリの沈む人族(フィーディアン)が追従してくるわけでは無い。玄湖付近が限界だろうと論じられた。しかしエディにとっては願ったりだ。もし海中に天使や天獣が現れても、いち早く察知、そして迎撃出来る。

 だからキユラスの目論見が調査団の監視だったとしても、そしてランゼル・ゾーイ夫妻が体のいい()()となろうとも、二つ返事でそれを受け入れた。


「坊ちゃん、行ってらっしゃいませ!」

「山犬ちゃん、気を付けてね」


 夫妻それぞれと別れを交わしたエディと山犬が最後に艦に乗り込む。風は吹いているが波は穏やかだ――そしてサリードの操舵で艦は出港し、湾から出る際に進水を開始した。


 タルクェスまでの道のりは全くと言っていいほど順調だった。彼らの旅路そのものに追い風が吹いているようだった。

 車両に積んであった霊銀(ミスリル)通信機を一機だけ取り外して積み、定期的にメッセージの送信を行った――そしてそれは、出発から三日後、玄湖の真南の海中で漸く返事を受信できた。


 メッセージ自体は暗号文となっている。解読法を知らなければ意味を為さないテスト送信文にしか読み取れない。

 だが受け取った返信もまた、意味を為さないテスト送信文だった。サリードはエディにそれを伝え、エディが早速受信したメッセージを解読する。


 発信者は【禁書】(アポクリファ)イェセロ支部長のガークス・バーレントだった。彼は一足先にタルクェス支部と接触を果たし、損なわれた戦力の増強を話し合っている最中だと言うのだ。


「支部長が動いているとなると、他の構成員達も合流している感じか?」

「それは判りませんが……そうだといいのは確かです」

「そりゃそっすわ。何言ってんだエディ坊」


 ライモンドを抜いた男性陣が操舵室で談笑している傍ら、女性陣は食事の準備を進める――とは言っても主に動いているのはミリアムとアスタシャで、ニスマは船外の様子を見ながら同時につまみ食いを執拗に狙う山犬を制す、という布陣だ。


「山犬とやら――貴重な食料を削ると言うのなら実力を行使せざるを得ん」

「煩い煩い煩いっ! お腹ぺこぺこなんだよぉっ! そこを退けぇーい!」

「いいだろう――ならば決闘(デュエル)だ!」

「望むところだぁ!」

「「じゃんっ! けんっ! ぽぉんっっっ!!」」


 初手、互いにグー。しかし勢い余った山犬の(グー)がニスマの鍛え抜かれた腹筋にめり込む。対するニスマの(グー)もまた、山犬の柔らかくふくよかな横っ面を捉え、両者はクロスカウンターの形で悶絶する。


「ぐぅ、やるな――しかし、まだまだぁっ!」

「こっちだってまだまだだだぁ!」

「「あいぃ! こでぇっ! しょぉっっっ!!」」


 そしてニスマが山犬の脳天目掛けて振り下ろした手刀(パー)を、二つの指(チョキ)で受け止める山犬。


「ぐぅぎぎぎぎぎ……」

「ふんぬぬぬぬぬ……」


 拮抗する二つの手と手――もはやそこに、じゃんけんそのもののルールは介在しない。


「オラオラオラオラオラオラオラオラオラ――」

「あちょあちょあちょあちょあちょあちょ――」


 正拳(グー)平手(パー)で叩き落とし、返す目潰し(チョキ)鉤突き(グー)が撥ね飛ばす。

 手刀(パー)の突きは薙ぐ指剣(チョキ)が払い、(グー)(グー)がぶつかり合って互いの諸手(パー)ががっぷり四つに組まれる――幾度となく繰り返される攻防は目まぐるしく、初手のクロスカウンター以降二人の身体に届く手は無いまま――――そして、遂に。


「山犬ちゃん、ニスマさん、ご飯の準備出来たわよ」

「は~い!」

「ああ、今行く」


 勝敗は着かぬまま、ミリアムの声に導かれて二人は食卓へと移動する。


「おっ? 今日はカレーか」


 携行食糧(レーション)携行食糧(レーション)だが、そこに少しでも人の手が入ると彩りそして味わいが増す。温かさもだ。


「「「いただきますっ!」」」


 食後、()()()()を求めて山犬が更なる暴挙に出たが、ニスマはそれを阻むという役目を全うした。

 その役目は潜水艦に乗り込む前には決してありはしなかったものだった。



   ◆



「ニスマさん、本当に行かないの?」

「ああ、何度も言わせないでいただきたい」


 予め【禁書】(アポクリファ)が手を回していた港へとつけた潜水艦から出た一同は、頑なにそうしないニスマに再三の誘いをかけた。


「この艦とて、留守番が必要だろう。もし不要になったらなったで、私は一応動かせるからな。一人で帰るさ」

「あの……私も、一緒にじゃ、駄目でしょうか……?」


 それを申し出たのはアスタシャだ。エディにはピンと来ている。大陸の中央部に近しい場所ほど、亜人種族に対するアタリは厳しい。

 西端部や東端部は“いてもいい”なのに対し、中央部は“いることさえ赦さない”という考えが根付いてしまっているのだ。どちらも真なる人族(ヴェルミアン)至上主義には変わらないが、東西と中央ではこんなにもその()()()が違う。


「分かりました。それではお二人で、留守をよろしくお願いします」

「分かった」

「分かりました」


 同時に頷くニスマとアスタシャ。この二人だけが沈む人族(フィーディアン)だ。相手が【禁書】(アポクリファ)の構成員であったとしても、街中でどんな因縁をつけられるか判らない――だがそれは、港の中も一緒だと考えたのはサリードだった。


「一応俺も残っておこうか」

「サリードさん。そうしていただけると、すごく助かります」


 追加でバネットも残ることになった。サリードとバネットもまた真なる人族(ヴェルミアン)至上主義を掲げる原理主義者に属するが、これまでの旅路の中で亜人種族に対する扱いは大丈夫だと言う自信がエディにはあった。


 仲間意識――調査団として拠点(アジト)を出てからここに行き着く迄の間に、彼らの中に生まれたものに名付けるとしたらそんな名前になる。だからエディは安心して彼ら二人に、彼女たち二人を任せられた。


「エディ坊の言いつけなら仕方無ぇな」

「ちゃんと土産は持って帰るっすよ」

「はは、分かってますよ」


 そしてニスマ、アスタシャ、サリード、バネットを除く四人――エディ、山犬、ミリアム、ライモンドの四人は港から続く表通りを行く。

 十分ほど歩いただろうか――勾配のある折れ曲がった街道の真ん中にガークス・バーレントは立っていた。

 彼らを待っていただろうことは直ぐに察することが出来た。何故なら彼は彼らが来る港の方向を向いていたし、お互いに直ぐ目が合ったからだ。

 しかし解らなかったのはその表情と出で立ちだ。何せ組んだ腕の上に見えるその表情はひどく険しく、エディたちを見つけると一層、その顔の皺は深まったのだから。


「お待たせしました、支部長! 調査団員エディ・ブルミッツ、以下四名、三欠。現着いたしました」

「欠員の三名は?」

「はい。“神殺し”天さんは」

「その者はいい。すでにお前から連絡を受けている。それとも状況に変化があったか?」

「いえ……」

「残り二名は?」

「はい。タルクェスまでの道中を移動に使用した潜水艦の留守番をしています」

「潜水艦……」

「はい。スティヴァリの沈む人族(フィーディアン)の長、キユラス様より借り受けました」

「そうか……してエディ。レヲン、およびメイ、という二名に心当たりはあるか?」

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