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熄まない狂沁み⑦

 クルード・ソルニフォラスがその幻想に憑りつかれてしまったのは果たして何時の頃からだったのだろうか――もはや本人すらも覚えていない程遠く遥か昔。

 稀代の魔術士にして技術者として大成した彼は、やがて“神を殺せるほどの能力(ちから)を持ったヒトガタを創る”という夢を抱いた。


 自分の創ったヒトガタをもっと世に知らしめたい。彼らがこの世界における至高の傑作なのだと広く知ってほしい。そして、誰もがそれを求め、世界に彼らを溢れさせたい――ただただそのような想いだった筈が、その幻想はいつしか彼を糾弾する理由へと成り下がった。


 世はまだ国同士のいざこざ、戦争も度々起こっていた頃だ。どの国も戦力を保持したがっていた。

 しかしそれも下火になり始めた矢先の野望だった。だからこそ当時の女王は、彼のその思想を危険と判断した。


 戦力が世に広まれば折角落ち着いてきた戦乱の火種が再び燃え上がるのではないかと危惧したのだ。


 そして彼が収監され数年が経ち、大陸前後で和平に向けた条約が締結された。長く続いていた戦乱に疲弊していた国々の想いはその時こそは一つだったのだ。


 締結に伴う恩赦を受け解放されたクルードが見た新たな世界は、未来を想う輝きに満ち溢れていた。

 そして“人型自律戦略躯体”は“人型自律代働躯体”へと名を変え、それと同時に製造される意味と意図とを挿げ替えられた。


 クルードは国に“孤児院の経営”を言い渡され、そのためならばという条件付きで再びヒトガタの開発および製造、管理を許された。

 クルードの胸に湧いたのは憤慨でも欺瞞でも、将又(はたまた)遣る瀬無い想いでも無く――またヒトガタを創れるという悦びだった。


 しかし彼が最初に訪れたのは、規模を縮小された軍部の研究所だった。そこには戦乱の世に送り出される予定だった数多くのヒトガタが未だ起動されぬまま廃棄を待つ――その中に、ただただ彼を待っていた一基のヒトガタがあった。


「……長らく、待たせてしまったな」

「……創造主(マスター)、指示は……指示は、ありますか?」

「ああ……共に行くぞ、()()()


 孤児院へと生まれ変わる前の教会跡へと向かいながら自らが“兵士型”(ソルジャータイプ)から“狩人型”(ハンタータイプ)へと命題の変わることを聴いたレヲンは、しかし特に驚いた様子を見せなかった。

 奪う命が、人間から動物に変わるだけ――彼らヒトガタにとって自らが創られた・存在する意義などどうでもいい。ただ在り、在るために創造主に従う。それが彼らの常だ。


 組み込まれ(インストールされ)ていない感情など抱き様が無く、だからこそレヲンはただただ頷いた。そしてそれを遂行するための指示を仰ぎ、クルードは彼の躯体を調整し――しかしそれこそが難航した。何せレヲンという兵士型自律戦略躯体ソルジャータイプのヒトガタは十数年前のモデルだ。日々進化し続ける業界にあっては型落ち同然。


 だがクルードはレヲンを好んでいた。彼にとって、ヒトガタの研究が認められ国の軍部に配属となった後に最初に手がけた傑作が彼だったからだ。状況に合わせて自らの能力を調整して動けるという能力調整機能(ジェネラライズシフト)はクルードが手がけ、当時のヒトガタには標準装備とされた。


 だと言うのに、自ら名を付けたレヲンに活躍の場を用意できなかったことをクルードは悔み、だからこそ廃棄せず自らの傍に置きたいと――つまり、レヲンはクルードにとって特別であり、愛着を抱く対象だったのだ。


 性能こそ劣っていたかもしれない。しかしレヲンの知能的演算核(ブレイン・コア)は賢く、型落ちの躯体は機能を追加内蔵出来る限界もありはしたが、だがしかしやはりクルードにとって常に一番であり続けた。


 レヲンほどクルードを理解する者はおらず。

 クルードほどレヲンを必要だと断じる者はいなかった。


 だからこそレヲンは、創造主(マスター)である彼のために孤児院の存続に狩人型(ハンタータイプ)としてだけでなく寄与し、“粛聖”(ジハド)の日は孤児たちを守るために奮戦した。


 だからこそクルードは彼の守る孤児院を好ましく想い、孤児たちを愛しく想い、レヲンを筆頭とする三基のヒトガタたちを切に大事にしてきた。

 そしてそうだったからこそ、“粛清”(ジハド)が訪れたその結末を目の当たりにした時、真に狂ってしまったのだ。


「――神はやはり、殺すべきだった」


 その嘆きはしかし原動力となって、朽ちた三基のヒトガタの部品を拾い上げさせた。

 繰り返される果てない狂想は彼らの躯体を“神殺し”へと変貌させる。


 神を殺すための力とはどのような力かと深慮を重ね、脳内で何度も何度も膨れ上がり分裂した自分自身と議論を重ねた。

 そして出した結論を元に、彼は召喚を行った。神を殺す力は神に殺されようとするこの世界に在る筈も無く――いや、在ったとしてもそれは遠い過去か未来だ。


 異なる空間を繋げ、或いは異なる時間軸を繋げ――そうして喚び寄せた魂の欠片をそれぞれの躯体に込めた。


 神を殺すための武器を生み出す存在、神が考えつかずあらゆる神話に記されない“銃”をやがて創り出した悪魔を。

 ありとあらゆるを喰らい、貪り尽くし、やがて己が棲息する環境、果てはその世界そのものさえも飲み込む悪魔を。

 命を奪うことに憑りつかれ、斬り、断ち、貫き、穿つことを存在意義とした矮小ながらも世界を()()拓いた悪魔を。


 それらに該当するたった一体の悪魔を、彼は見つけ出し、そして召喚した。



 “人間”という悪魔を。



 そしてその魂を三つに分け、三つの躯体にそれぞれ込めた。


 やがて銃を生み出したという“可能性”は、“怠惰”と“憂鬱”と“嫉妬”という原罪をともなってレヲンの躯体の核となり、ノヱルという命題を得る。


 やがて自らが住まう世界そのものを飲み込むという“習性”は、“憤怒”と“暴食”と“邪淫”という原罪をともなってルピの躯体の核となり、山犬という命題を得る。


 やがて修羅となりあらゆる命を斬り屠ることに執着する“本能”は、“傲慢”と“虚飾”と“強欲”という原罪をともなってカエリの躯体の核となり、天牛という命題を得る――いや、彼だけに限って言えば、牛という刀に魂自体が込められ、天と牛とに分かれてしまったのだが。



 しかし何年待っても彼らは起き上がらなかった。

 霊銀(ミスリル)機関に不調は無い。周囲の大気に満ちる霊銀(ミスリル)を吸収し、順調にその躯体に満たしている。

 何度も何度も見返したが、何一つとして不備は無かった。しかし彼らは作業台の上で並んで横たわったまま、来る日も明くる日も一向に起動せず、ただただ沈黙していた。


 一年が過ぎても、二年が過ぎても、三年が過ぎても。

 五年が経っても、十年が経っても――――クルードが息絶え、その悔恨に霊銀(ミスリル)が結び付いて彼が異骸(アンデッド)となっても。


 それでもまだ、三基のヒトガタは変わらなかった。


 結局それから五十年もの月日を狂い果てた異骸(アンデッド)は待ち惚けたが、遂に彼らを見限り、新たなる“神殺し”を求めて空間を跳躍する。


 神の軍勢に手の届かぬ地底都市ゲオルは彼にとって格好の事件場だった。

 そこの研究施設を奪い取り、新たなるヒトガタの創造のために試行錯誤を繰り返した。

 その都度、機能試験として都市の住民は殺されたが、彼にとってそんなことはどうでも良かった。寧ろ“神殺し”の礎になるのだから感謝しろとでも言わんばかりだ。


 そしてやはり異なる世界で“世界を終わらせる永遠”を垣間見たクルードは、独り切り離されて終わりゆく世界の中にただただ()()()()()彼女を召喚した。


 森瀬芽衣の切り離された別人格、芽異を喚び寄せ、それを核として冥という四基目のヒトガタを創り上げた。

 世界を終わらせるほどの力だ、きっと神の終焉に届き得る――そう願って、それだけを思い描いて。


 もはや彼の中に、孤児たちの弔い等と言う人間性は残っていない。

 そこにいるのは老いさらばえた狂人の異骸(アンデッド)だ。神を殺すという命題のために、世界さえも滅ぼしかねない愚物だ。その証左に、彼の()()によって“粛聖”(ジハド)を免れる筈だった地底都市は死都と成り果てた。



 それでも。


 それでも――レヲンは、どうにか彼を救いたいと考えていた。

 彼女の中には、まだシシだった頃にノヱルから齎された【銃の見做し児】ガンパーツ・チルドレンによる彼らの記憶がこびり付いている。


 クルードがレヲンを、ルピを、カエリを愛していた事実。

 レヲンが彼を、そして彼が始めた孤児院と孤児たちを慕っていた事実。


 それらが(ことごと)くフラッシュバックし――――緩慢になった(スローモーションの)世界の中で、自らを庇うように立ちはだかった冥を今まさにクルードが討たんと魔術を繰り出そうとしているその瞬間に。


 その()()()()を、捻り出したのだ。

“冥”が気になった方、

よろしければ前作「げんとげん」も読んでみてくださいませ。

https://ncode.syosetu.com/n9219ge/

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