銃の見做し児⑧
白い悪魔――その彼を形容するなら、そんな言葉になるだろう。
新雪のように真っ白な髪を掻き分けて、唯一赤黒い双角が捩じれて頭蓋に沿う。
紅い六芒星の輝きを灯す双眸はそれ以外を闇色に閉ざされ、蒼褪めた肌は死人のそれと変わらない。
左腕は失ったままだが、それでもノヱルは魔術を展開して騎銃を握った。現状、隻腕のままで使用可能なのは片手でも取り回せるよう設計されたその銃しか無い。
「殲滅ヲ、殲滅ヲオオオオオオ!」
再び熱線が迸る。それを最小限の動きで倒れ込むように掻い潜ったノヱルは、口角を持ち上げて笑みを浮かべると、突き出した銃口から一発の弾丸を放った。
天獣は上体を反らすようにそれを躱すと、上半身の発条だけで振り翳した剛腕を叩きつける。下肢を担っている三体の上半身は全て死滅した。だから踏ん張りが利かず、空に浮かび上がれもしないからだ。
ノヱルはそれを側方への跳躍で避ける。次いで二発目、三発目が放たれるが、あくまでもそれは牽制――天獣に当てるのではなく、その動きを制限するための弾丸だ。
「さぁて――いよいよ最後の検証だ」
弾倉の空となった騎銃を胸の前で盾とするように構えたノヱルは眼を細める。
彼の錬成する銃は、換装の度に銃弾もセットで創り出される。
逆に言えば、装填された弾丸が無くなってしまえば、一度棄却して新たに創り出さなければならない。
しかし彼に刻まれた術式は【銃の見做し児】のひとつではない。
神が発想し得なかった、人間こそが生み出せた神の知らない武器の形――それが銃であり、【銃の見做し児】とはその銃を錬成する魔術だ。
そして銃とは、弾丸を撃ち出すものだ。寧ろ、それこそが神を殺す楔となる。
だから、彼に刻まれたもう一つの術式とは、“神を否定する弾丸を創り出す”それに他ならない。
“ノヱル、神を否定しろ”
ガチン――脳裏にこだまする、撃鉄の音。
呼応するように迸る、どす黒い呪詛に似た霊銀の奔流が荒れ狂い、蒼褪めた皮膚から狼煙のように滲み出で、彼を中心とした球状の立体魔術構築式として展開された。
「“世を葬るは人の業”――」
赤々と怪しく輝きながら彼の周囲を旋回する式は夥しい数の魔法円を生み出しては新たな式へと変貌し、やがて一つの文字列に落ち着くと彼が胸の前に構える騎銃の砲身へと溶け込んでいく。
そして全ての文字列を吸い込んだ銃のその輪郭が、ドクンと脈を打った。
「――“神亡き世界の呱呱の聲”」
右腕を振り上げて叩きのめそうとする天獣の雄叫びは、果たして激昂と戦慄とどちらを由としたものだったのか――断末魔となったそれからは、誰も察することは出来ない。
撃ち出された闇色の光弾は降り下ろされた右拳に吸い込まれるように着弾すると、それを穿って天獣の体内に吸い込まれたかと思えば、黒い亀裂が撃たれた箇所から縦横無尽に走っていく。
亀裂は毒のように蔓延し拡がると、天獣の全身は闇色に包まれ、そして風に吹かれた綿雪のようにさらさらと散っていった。
一瞬のようで、しかし永遠を超えて緩慢な、だがやはり一瞬にも満たない所業。
後には、黒く焼け焦げて炭となった霊銀結晶だけがごとりと転がっていた。
「何あれ! めっちゃかっこよ!」
動力が枯渇しているというのに飛び起き駆け寄って来た山犬は、無邪気な少女のようにノヱルの周囲をぐるぐると回って顔をほわぁと綻ばせている。もともと円らな目はさらに丸く見開かれ、形容するのも憚られるほど実にキラキラと輝いている。
「……こっちは手負いだぞ。どうせなら先に労ってくれ」
「左腕、大丈夫ー?」
「大丈夫なもんか、己れはお前とは違って自己修復機能なんて崇高なものは持ち合わせていない」
「えっ、じゃあじゃあこれからずっと片腕マン!?」
言いながらもやはり動力の枯渇が深刻なのか、それとも本当にショックを受けているのか山犬はさらによろめいた。
その様子に右手で側頭部をがりごりと掻きながら嘆息したノヱルは、特殊機能を終了させて元の姿に戻りながら実に面倒臭そうな顔で言い放つ。
「その代わりに己れの躯体は、外部修復が可能だ」
「え、そうなの? っていうか、がいぶしゅうふく、ってなぁに?」
「替えとなる部品があれば挿げ替えて補修することが出来る、という意味合いだ。手動と自動の違いはあるが、そういう意味では自己修復だな」
「へぇー……高機能なんだね」
「それは皮肉か?」
そして切断された左前腕と軍服の袖とを回収したノヱルは、形だけの補修を行って都市の中央に聳える王城を山犬とともに再び目指した。
ヒトガタの研究所も併設するそこならば、左腕の代わりどころかほぼ型落ちも同然である自身を機能向上させる各種部品が転がっているだろう、という目算だ。
無論、それ以外にも大事な用はある。
「しかし滅びたというのに馬鹿みたいに蔓延っているな」
途中、大きな施設――おそらく学校だろうと思われた――の地下にて発見した備蓄された保存食は山犬が盛大に喰い散らかした。殆どは腐り果てており、無事なのは頑丈な缶詰のみだったが口に入るものは全て喰べてしまえる山犬にとっては腐っていようが缶に詰められていようが何の問題も無い。嚥下した傍から動力へと昇華されるだけだ。
「本当だね。餌も無いってのにね」
相変わらずどころか王城に近付くほど積もり積もった瓦礫の道を二人は身を隠しながら歩く。
都市の中心に向かうにつれて天獣の数は増えていく。目覚めた孤児院跡のある郊外ですら一時間に数体を見かけたが、二日も歩き通した頃にはその頻度は軽く倍になった。
あと半日も進めば王城に着くだろうが、だからこそ二人は経路を変えた。都市の地下部に張り巡らされた地下水路を進むのだ。
天獣の全ては空を飛んでいた。神の御使いは何時だって空から舞い降りる、それに偵察も彼らの役目だとするならば空から一望した方が効率が良い。無論、敵影を視認した際にも比較的安全な位置から爆撃を仕掛けられる、という利点もある。
その観点からも地下水路は比較的安全と思われた。何しろ限定的な空間である分、特に上に開けた路上で交戦するよりも迎撃は容易いからだ。
しかし二人の――実際にはノヱルただ一人の—―予測を超えて幸運と言えたのは、いざ降りてみた地下水路には天獣が一切いなかったことだ。
「あいつらは炎から創られている、だから水にはあまり近寄らない……のか?」
「狂犬病みたいだね、がうがうっ」
所詮空論。そう結論付けたノヱルは解を出したい衝動に駆られながらもそれを棄却し王城へと向かう道を選別する。
水路は碁盤目状に規則正しく張り巡らされ、よほどの土地勘が無ければ地図でも用意しないと正しい方角へと進むことは出来そうに無かったが、もともとノヱルは狩りを請け負っていた射撃手モデルのヒトガタだ。土地勘は無いが優れた距離感覚と方向感覚とを常駐の機能として持ち合わせている。
「ねぇねぇ、あとどれぐらいー?」
「二、三時間といったところか。何だ、腹が減ったのか?」
「んーんー。歩くの飽きただけー」