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喰み出した野獣、刃乱した除者㉕

「結局、俺の出番って……?」


 ノヱルが【世を葬るは人の業】(バレットワークス)を解き、白い悪魔から本来の姿へと戻ったのを見て戦いが終結したのだと悟ったエディが発した問いに、呆れた顔でレヲンが答える。


「まーだ終わって無いよ」

「え?」


 そこに天牛が墜落する速度でしかしふわりと、濡れた焦土の上に降り立った。


「山犬は?」

「ふふ、お腹が痛いそうですよ」

「そうか――やっぱ“饕餮”(あれ)の代償はどうにもならないか」

「貴様は?」

「己れ? あと二発、ってところだ」

「ふふ――逃げることを考えた方が良さそうですね」

「……だな」


 戦いは完膚なきまでの勝利に終わった筈なのに――何やら不穏な遣り取りを聴いたエディは目を(しばた)かせた。

 隣を見ると、レヲンすら歯痒いような絶妙な表情をしている。


(まだ終わって無い、って言うのは……)


 その場にいる、エディだけがその身も心も臨戦態勢から程遠い。そしてノヱルは睨み付けるように細めた双眸で遠く宵闇を見上げながら、顔を向けないままそんなエディに言い放つ。


「エディ、出番だ。塔に上って山犬を連れて来い!」

「は、はいっ!」


 頷くや否や、エディは閉ざされた固い鉄扉を開いて出来た隙間に身体を捻じ込み入ると、塔の外側を渦巻いて上る階段を駆け進む。


「天牛、そういやお前の方はどうなんだ?」

「我? ふふふ、どうもこうも、山犬の機械細胞(ナノマシン)がまだ馴染んでいませんね」

「割合で言うと?」

「六割強、と言ったところか?」

「そうか……レヲン、ここから先は“獅子の牙”(ダンデリオンズ)だけに専念しろ」

“三日月”(バルディッシュ)は?」

「使わなくていい――いや、使ってる余裕が無い。山犬の“饕餮”()が無い以上、お前の障壁魔術だけが頼りだ」


 真剣な眼差しに圧され、レヲンはだからこそ確りと頷いた。そして柄をスライドさせて刀身の機構を開き、いつでも行使できるよう準備を済ませた。


 しかし実際には、ノヱルの索敵機能が敵の存在を看破したわけでも、天牛の霊銀信号検知器(ミスリルディテクター)が不穏な霊銀(ミスリル)を検知したわけでも無い。

 どちらかと言えばそれは、山犬の直感力に似て――加えて、ノヱルも天牛も、新手が来るならこのタイミングだろうと予測していただけだ。


 神側も三体の智天使(ヒェルヴィム)が負けると予測していたわけじゃないだろう。だからこそ、“神の眼”(グリゴリ)で同期したデータを受領し、智天使(ヒェルヴィム)たちの戦果を確認して急遽送り出すのだ。

 それは明日ではいけない。山犬が戦闘不能に陥り、天牛の躯体が万全ではなく、そしてノヱルの斬弾が残り僅かである今この時でなくてはいけない筈だ。


 そしてノヱルは考えていた。逃げるのならば、何から逃げるのかを明確にしておきたいと。

 それは彼の飽くなき知的欲求の成せる悪癖でもあったが、しかしどのような姿形と能力を持つか判らない相手から逃げるのは億劫だ。わけもわからず背中を斬り付けられる事態は避けたい。


 ならば一度対峙し、能力をある程度看破してから逃げた方が無難だ。相手との相性によっては討ち返すという戦果も狙えるかもしれない。

 希望にはほど遠いが、同時に絶望にも届きようが無い――現状とは、凡そそのようなものだとノヱルは認識しており、そして天牛もまた、彼とはその意思は疎通していないものの、ほぼ似たような考えだった。

 空間を断絶させる剣閃【神緯】(かんぬき)を駆使し、レヲンと代わる代わる防衛役(ブロッカー)に徹すれば逃げ果せるだろうと、そんな思考を巡らせていたのだ。


 それは、山犬を一撃で戦闘不能へと陥らせ、また天牛を一度は完膚なきまでに叩きのめした三体の智天使(ヒェルヴィム)を、いとも容易く討つことが出来たことによる慢心だったと言えば、違うと断じることは出来なかっただろう。

 その心の余裕は隙間だとも言える。そしてその隙に、敵と言うのは入り込んでくるものだ。


 交戦が終わった直後から、逃げ出していれば違ったのかもしれない。

 宵闇の中に浮かぶ月が蒼白く世界を染め上げる夜――その夜空を裂くように降って来たのは、文字通りの“災厄”と言えた。


 月を覆うように開いた“神の門”(バビリム)――その高度は鐘楼塔の頂点に開かれたものよりも遥かに高く、そしてその規模もやはり遥かに大きい。


 しかしそこから現れたのはただ一体の天使。

 まるで隕石が大気圏に突入し燃え上がる大気を纏いながら赤熱して飛来するように、全身を赤く炎上させながら戦場へと降り立った。


 着地とは言えず、岩盤すら砕きかねない勢いは強大な衝撃波を生み、戦場をさらに爆ぜさせる。

 びりびりとした風圧に耐え、前を見据える三人。


 未だ煌々と、そして轟々と燃え盛る業火を纏い――しかしそれは、炎のように燃え上がる翼だった。

 六対十二枚の翼を広げ、現れたのは青年の姿をした天使。

 その髪は白銀色に燃え上がっており、身に纏う衣も全てが黄金色に輝く清廉な焔だ。


 天使というのは炎から創られているからか、その存在自体が恒星のように輝いていることが常だが、目の前に降り立ったその天使の輝きはまるで太陽そのもの、いやそれを望遠鏡で覗いてしまった際の眩さだった。


 だから、誰に訊かなくても理解できた。

 天使としての最高位――――“熾天使”(セラフィム)が来たのだと。






   ◆



Ⅳ;()()した野獣(のけもの)刃乱(はみだ)した除者(のけもの)

  -Lupi and Caeli-


――――――――――fin.



   ◆






「――“神の終焉”(テロセル)、位階は“熾天使”(セラフィム)


 端的にそれだけを告げた熾天使は、十二枚の翼をはためかせて宙に浮かび上がると、均整の取れた筋肉を纏う右腕を差し伸べ、その長く美しい人差し指でノヱルを指した。


「レヲンッ!」


 察し、叫んでももう遅い。

 穿たれたかのようにノヱルの胸元に赤い光が収束しては空間を燃やして極彩色の渦を生んだ。

 それは急速に人一人分を飲み込める大きさに拡がると、ノヱルの身体を包み込み、そして飲み込んだ。


 天も。そしてレヲンも。

 ノヱルと同様に、それぞれ別個で開いた“神の門”(バビリム)に飲み込まれ、その場からいなくなった。


 消すべき対象のいなくなった神の終焉(テロセル)は鐘楼塔を見上げたが、何を考えたのかぷい、と顔を背けると、自らを中心とした一際大きな“神の門”(バビリム)を開く。


「……つまらん」


 呟き捨てた言葉は灼けた大気の中で蒸発する。

 そして門が閉じた後、天使はそこにはいなかった。


 漸くの思いで担いだ山犬とともにエディが戻って来たそこには。

 ノヱルも天牛もレヲンも、誰もいなくなってしまっていた。


「……ノヱルさん? 天さん! シ――レヲン!」

「エディきゅん……大丈夫、死んでない。連れて行かれただけ……」


 呻くように肩で吐息交じりの声を零す山犬。


「連れてって……何処に!?」

「流石の山犬ちゃんでもそこまでは判らないよ……でも、生きてる。そんな感じがする」


 山犬の直感に根拠は無い。

 しかし神殺しの一基がそう言うのだ、エディはそれを信じきれないでいながらも、しかしとはいえ疑うことすら出来ず、とにかく地下水路の入口へと来た道を山犬と戻る。


 夜が深まっていくごとに、天獣の鳴りは潜まっていく。

 そして地下水路で調査団や沈む人族(フィーディアン)の戦士たちと合流を果たしたエディと山犬――山犬はか弱い声で「ごめん」と告げ、気絶するように眠りに就いた。

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