銃の見做し児⑦
(身体が軽い――成程、双銃は格闘距離用の銃だから……)
先程は実感しなかったが、騎銃を扱っている時よりも身体が軽く、動作がスムーズだ。
(そう言えば――鳥獣を構えた時は世界がよく視えていた気がする)
ノヱルという器にその名とともに刻まれた魔術【銃の見做し児】――それはただ単に銃を錬成するに留まらず、銃ごとに設定された特性をノヱルに付与するものである。
格闘距離で用いる双銃の特性とは“敏捷性の強化”だ。通常時よりも素早く動け、同時に動体視力も向上し、二挺の銃を握ったままで格闘戦を繰り広げられる。
だから使う場面ではなくとも、今現状のように敵の攻撃から逃げ回る際にもそれは有用となる。
(ならば、猟銃の特性とはつまり――)
炎の放射ではなく細かな――それでもノヱルの頭よりは大きかったが――火球をばら撒く攻撃に移った上半身の天獣に舌打ちしながら猟銃に換装したノヱルは、自身の視野が拡張されたのを確信した。
(確かに、多面的な攻撃には広い視野が必要だ――そしてこれなら視える)
拡張された視野に映る迫り来る火球の群れを擦り抜けながら、躱せないものを至近距離で銃撃することで散らしてノヱルは天獣に迫る。
(と、すると――鳥銃は逆に命中精度の向上か)
上空に座す天獣には今構えている猟銃でも先程の双銃でも届かない。
だから攻撃に移る際には鳥銃か騎銃に換装するしかない。
(成程――換装のタイミングが重要なわけだな)
そして天獣の真下を通過し崩れた建物の壁に身を隠したノヱルは、持ち替えた鳥銃の銃口を壁の淵から身を乗り出して構えた。
(――視えるっ!)
ダォンッ――重厚な炸裂音が轟き、収束した望遠の眼が捉えた左胸に、寸分違わず鉛の弾頭が紅い飛沫を散らす。その反対側では、貫通したことによる衝撃が入射よりも盛大な血肉を散らした。
「ブオオオオオオオオ!」
「煩い、馬鹿が」
しかし鳥銃はあくまで狙撃用。連射性能は一切無い。
だからノヱルは武器を再び双銃に換装すると、怒りとともに噴き付ける業火の帯を跳躍で躱しながら距離を取る。
「“換装”――“騎銃”」
今しがたまで身体性能を高めていた補正が消える。ノヱルは再三「成程」と独り言ち、跳躍と疾駆とを重ねて上空の天獣の死角へと回る。
(やっぱりそうか――騎銃は騎乗時用の魔器。つまり、補正がかかるのは己れではなく乗り物の方)
建物の陰で呼吸を整えたノヱルの背に衝撃が走る。壁が瓦礫へと粉砕され、吹き飛ばされながらも振り向くと、先程まで上空にいた筈の天獣がすぐ傍まで接近している。
壁を打ち砕いたのは、丸太に例えても尚太い剛腕だ。
「馬鹿か!」
しかし敵の接近はノヱルにとってありがたいことだ。現在の彼が錬成する銃の全ては距離とともに威力が減衰する。しかしここまで肉薄してしまえば、例え最も非力な双銃であっても当て処によっては致命の傷とすることも出来る。
ダダダンッ――火を噴く三点撃ちが天獣の剛腕に吸い込まれた。騎銃の火力は鳥銃程でないが、それでも天獣の顔を苦悶に歪める程度には痛みを与えることは出来る。
「“猟銃”!」
敢えて前へと踏み込みながら、その手に構えた新たな銃を突き出して天獣の重なる両腕の交点に爆音を噴き付ける。
「ブオオオオオオ!」
ダズンッ! ――ガシャン。
「バオオオオオオ!」
ダズンッ! ――ガシャン。
「ゴオオオオオオ!」
ダズンッ!
銃撃を阻むために盾とした天獣の左腕は肉が剥げ骨にも罅が入っている。猟銃から鳥銃へと換装したノヱルは、もはや用をなさないその左腕に跳び乗ると長い銃口を天獣の三つの目の中心に突きつけた。
「そら、次だ」
突き抜けた衝撃で後頭部が大破した上半身の天獣は、下肢を担当していた一体が本体にすげ変わると全身を震わせて咆哮を上げた。びりびりと大気も共鳴し、掬うように振り抜かれた右腕の一撃をノヱルは舌打ちしながら後退して躱す。
「ゴオオオオオオ!」
炎の帯が大気を焦がしながら地面を焼く。鳥銃を棄て両手に双銃を握ったノヱルは建物の壁をうまく使って跳躍しながら翡翠色の炎を躱す。
廃屋の影に身を隠すと天獣は壁をぶち抜くために剛腕を振るう。その大振りな軌道を掻い潜り、肉薄の距離から幾つもの弾丸をノヱルは天獣の脇腹に撃ち込んでいく。
「バガッ、ニン、ゲン――ッ!」
「馬鹿が。己れは人間なんかじゃない」
残弾を全て注ぎ込み、三体目の頭部を蜂の巣にしたノヱルは飛び退いた。
残るはあと一体だが、追い詰められた獣というのはいつだって簡単に脅威になり得る。それは、もはや他者の集積した記録でしかない射撃手モデルのヒトガタであった頃の知識からも明らかだ。
「……殲滅ヲ、再開スル」
翡翠色の炎は深みが増し、紺碧へと移り変わった。天獣の格が変位したのだ。
新たに見開かれた二つの眼と合わせて五つの眼から放射された濃紺の炎は収束して一つの鋭い熱線となる。それは咄嗟に横っ飛びに躱した筈のノヱルの左前腕を溶断し、条件を満たせなくなった彼の手の双銃は即座に消滅する。
「人間ハ、滅ブベキ、存在……我ラ神ノ軍勢ニヨリ、処断スル」
「だから人間じゃ無いって言ってんだろ」
忌々しそうにこの日最大の舌打ちを響かせたノヱルは、顰めさせた顔つきのまま天獣を睨み付けた。
「己れは、――神を否定する天使だ」
ガチン――脳裏で撃鉄が落ちた様な轟音が響いた。見開いた双眸それぞれに、円に囲まれた六芒星の紅い輝きが灯る。
「特殊機能、起動。最後の検証だ――一発で終わってくれるなよ?」
ギリギリと何かが軋む音が彼の躯体内でこだまする。額の端に二つの亀裂が走り、赤黒く濡れた角が生えては捩じられ後方に伸びる。
白い肌はどんどんと蒼褪めていき、撫子色の髪も彩度を失っていく。
「……ノヱルくん。どっちかって言ったら、それ、悪魔っぽいよ?」
それを遠くで横たわりながら眺めていた山犬は、そう呟きながらやはり笑んでいた。