喰み出した野獣、刃乱した除者⑱
バネットが口笛を吹いて揶揄する。ミリアムは肩を竦めながら嘆息し、そしてエディはただ呆然と二人の遣り取りの間で立ち尽くしている。
「今になって何でぶちまけた? お前が壊した匣が何なのかは知らないが、どうせこの場所に襲撃があるんじゃないか?」
サリードの予測に、沈む人族の戦士の一人が答える。
「そもそも既に神の軍勢に拠点を知られてしまいましたから、我々は違う場所へと移動します」
「……だとよ」
「俺は……」
そしてその口から、懺悔の言葉が――
「いやそんなの今どーでもいいんだけど? 山犬ちゃんはさっさと出発したいんだけど邪魔するってんなら齧ろうか?」
零れる前に、山犬の辛辣な物言いが阻む。
「あんたがどっちのつもりかわかんないけどさ、もしまた仲間に戻りたいとか、やり直したいとかそういう気持ちがあるんなら待っててよ。そんでもし神の軍勢の襲撃がこの地に降りかかるんだったらちゃんと守ってよ、戦ってよ。それでいーじゃん、面倒臭い。あんた一人がすっきりしたいためだけに天ちゃんを救出する時間を削んな」
「……済まない、分かった」
「ってことでいーい? エディきゅん」
「あ、ああ……」
未だ状況を掴めぬまま、しかしエディは項垂れるライモンドに向き直ると、固く握った拳でその左胸を軽く突いた。
「……留守を頼みます」
そして踵を返し、ボートへと移る。
「行きましょう」
「おっけーい、れっつごー!」
一団は一人を残して、フリュドリィス女王国へと舟を走らせる。
夜の闇が波と空との境界を消す中、舟はひどく静かに静かに北へと海を征く。
◆
一方その頃――イェセロを飛び出した一台の輸送車が、西のヴェストーフェンへとスピード狂の速度で車輪を回していた。
「んがぁ……ごっ」
「ん……やだ、あなたったら……皆見てるじゃない……」
後部座席ではランゼルとその妻ゾーイがいびきに寝言と実に気持ちよさそうに眠っている。
運転席でハンドルを握るのはノヱルだ。荒野を東西に貫く幹線道路を、砂煙を巻き上げて疾走させている。
彼の左脚は体裁だけは保っているが、その実必要な部品が足らな過ぎて満足に動かせられる状態じゃない。
幸いだったのはランゼルの相棒とも言えるこの輸送車が右脚だけでも十分に動かせたこと。フリュドリィス女王国に辿り着ければ、孤児院跡か王城の研究施設で補修はおろか改造だって出来る筈だと目論んでいる。
荷台に腰を落ち着けるのはシシ――いや、レヲン。
掻いた胡坐の上に寝かせた機械仕掛けの大剣“獅子の牙”の剣身は開いており、パリパリと時折紫電を迸らせている――周囲の大気に働きかけ、輸送車の推進を後押ししているのだ。
「――っ! レヲン!」
ノヱルが声を荒げ彼女を呼んだ。彼の躯体内の索敵機能が天獣の襲来を察知したのだ。
「んごっ!?」
「んん……敵……?」
後部座席で覚めた二人はまだ夢見心地の中、少しだけ速度を落とし流れる景色を仰ぎ見た。
呼ばれたレヲンは集中のために閉じていた瞼を開き、立ち上がる。その間に手にしていた大剣は戦斧へと切り替わる。
母と呼ぶべき、エーデルワイスの魂と亡骸から創られた“獅子の牙”から。
父と呼ぶべき、シュヴァインの魂と亡骸から創られた戦斧“三日月”へと。
換装を果たした少女は振り向いて遠く前方の空を見上げた。確かに三体の天獣――凧の天獣が夜の帳に火を灯してこちらを目指し滑空している。
ガチン。
戦斧に備わる回転式弾倉が円転する。構えるレヲンの、柄を握る両手からは霊銀がその斧刃に刻まれた魔術紋に流れ込み、鮮やかな光を灯す。
輝きは神性を散らす魔性。
弾薬は斬撃を飛ばす媒介。
「――“月吼”!」
刃を背に隠す深い脇構えから振り上げるように射出した三日月状の斬撃は飛翔し、一体の凧の天獣の右翼を両断して霧散した。
「レヲン! もう少し引き付けてから撃て! 焦るな、早いんだよ!」
「煩いなぁ!」
「誰に向かって煩いだぁ!?」
「ノヱルに決まってるでしょ!」
振り上げた戦斧を今度は上段に構え、左右に別れて飛翔する二体の天獣の動きを確りと目で追う。
こちらへと向かって来る天獣に対し、輸送車も前進を続けている。両者の距離はあっと言う間に縮まり、すれ違おうとする最中で左の天獣が翼から火を噴いた。
(――ここ!)
「“月吼”!」
ガチンと回転式弾倉が回転すると同時に、今度は横薙ぎの一閃をレヲンは繰り出した。
迸る霊銀が刃を灯し、爆ぜる霊銀がその灯火を射出する。
「――ッ!」
突出した矢先に炎へと散った凧の天獣を見届けながら、次の一撃に繋げるため振り払った戦斧を回転させながら今度は八相に構える。
「――っ!」
しかし天獣は突撃ではなく旋回しながらの炎弾の射出を繰り出してきた。咄嗟に換装した獅子の牙の柄を引き延ばして剣身を開き、障壁魔術を展開する。どうにか間に合った。
そしてそのまま切っ先を天獣へと向け、紫電が固まったプラズマ状の砲弾を連続して射撃する。
「“魔弾”っ!」
計六発放たれた砲弾の終わりの二発が天獣の胴を穿って爆発した。白い煙を上げながら墜ちる凧の天獣に、レヲンの再三の【月吼】が襲来する。
「――――ッ」
凧の天獣は言葉を持たない。故にその断末魔は再び寝入ったランゼルとゾーイを起こすことは無く。
「ふぅ――疲れた……」
「おい、気を抜くなよ!」
「え、またぁ?」
幹線道路を疾駆してこちらへと向かってくる豹の天獣の五体に、苦い顔で溜息を吐いたレヲンは換装せずに獅子の牙から【魔弾】の連射で迎え撃つ。
西へと向かう中での連戦で敵の動きを洞察する“目”を鍛えたレヲンの掃射は過たず、豹の天獣を言葉通りに一掃した。
流石にこの戦果にはノヱルも絶句し、喜んで煽って来るレヲンの調子の良い口上に何も言えなかった。
「見た!? 今の!?」
「……ああ」
「ねぇねぇ、もっと褒めてよ! あたし、結構強くなったでしょ?」
「……まだまだだ」
「はぁ!? 褒めてくれないと“月吼”撃つよ? それともノヱルはさ、“魔弾”の方が好き?」
「どっちも要らねぇよ。はしゃいでる暇あんならまた流術で押してくれ」
「はぁ……はいはーい」
再び荷台に胡坐を掻いて腰を落ち着けたレヲンは、獅子の牙が内包するエーデルワイスの魔術を再現して気流を操作する。
あくまでヴェストーフェンをそのまま素通りできれば、という条件ではあるが――このまま行けばあと二日もすれば彼らはフリュドリィス女王国の王城へと辿り着ける目算だった。
◆
そしてやがて夜も明けようと空の白む時。
その王城の広間に降り立たされた天牛は、三体の智天使によって穿たれていた。




