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喰み出した野獣、刃乱した除者④

 その夜はそれ以上の異変は無く、明け方近く起き出した一団は簡単に朝食を摂って再び車を走らせる。

 スティヴァリに到着するまでに、天と山犬とは少なくともあと二度は寝ずの番を務める必要があった。


 森の途中、ヴェストーフェンでは“腐屍喰”(フシグイ)と呼ばれ怖れられているハイエナのような魔獣の群れと交戦したが、流石【禁書】(アポクリファ)の戦士たちだ、危ういこと無く的確にそのリーダー格を討ち、あっと言う間に群れを退散させた。


「また襲ってくるんじゃ無いですか?」


 要約すると追って殲滅した方がいいんじゃないか、と問う天に対し、「無駄に命を散らすことも無いでしょ。それに、私たちはここに留まるわけでも無いんだから」とさも当然のようにミリアムは答えた。


「成程。一理どころか百理ありますね」


 しかしむすっと膨れたのは山犬だ。彼女にとって、“携行保存食”(レーション)は口に合わない。とてもじゃないが食べられない、という程では無いが、食事という三大欲求の一つである楽しみを失った彼女は、ああいった新鮮な命に飢えていた。

 旅立って二日目だからまだ耐えられるものの、この先で舌を唸らせる美味にありつける保証も無い。スティヴァリに到着したものの、そこが既にもぬけの殻だという可能性も大いにあり得るのだ。


「食べたかったなぁ」


 そのぼやきに強く反応したのは――やはりサリードだった。対面するその場では何も言わないものの、車中に戻り再出発し始めると途端に「あのエコガールが」と口走った。

 天は黙ってにこにこと聞いていたが、何となくその口調に侮蔑めいた雰囲気を帯びていることを感じ取ると、誰に気付かれることの無い小さな溜息を放った。


 窓の外は荒野の様相が続く。代わり映えのしない景色は退屈さを面々の内に生み、それを払拭するため会話と談笑が多くなる。


「あの新参の豚面夫婦がいるだろ?」


 ランゼルとゾーイのことだと、天は瞬時に察知した。相変わらずにこにこと、車中に満ちる雰囲気を壊さないように努めながら耳を欹てていた。


「全く俺たちの掟を解っちゃいねぇんだよなぁ」

「ああ、確かに」


 助手席でバネットが大袈裟に頷いた。

 話の種は、夫のランゼルのドジっぷりを揶揄するものだった。確かにランゼルは、慣れていることは器用にこなすもののそうでないものに関しては何度もへまをするタイプの人間だった。

 しかしそれを支えているのがゾーイだ。薬学にも長ける才女である彼女は献身的でもあり、実にランゼルをよく支えているというのが天の彼女に対する評価であり。

 そしてそんな良妻を迎えたランゼルもまた、少し抜けているところがありなかなか格好つかない男だが人望はある、というのが天の彼に対する評価だ。


 事実、あの二人は新参者だが【禁書】(アポクリファ)に身を置く以上、組織に対して誠実さを見せている。

 また、成り行きとは言えノヱルたちの“神殺し”に一役買っており、同じ食べる人族(ヴェントリアン)は勿論のこと、他の亜人種も彼ら夫妻を同志として快く迎え入れている。


 それを気に入っていないのは原理主義者たちだ。そもそも彼らは、組織の中に亜人などが共にいることを好んでいない。

 彼らにとって亜人とは人間のなりそこないであり、話の分かる()()という認識だ。ともに在るべき家族の一員として認識する者もいるにはいるが、所詮それも“家畜”(ペット)程度のものであり、対等の立場だとは思いも寄らない。


 ならば機械人形(ヒトガタ)に対してはどう捉えているのか――答えは単純で明白。

 機械人形(ヒトガタ)は、二対を超える翼を持つ高位の天使を相手にしてもそれを討てるだけの実力を持つ、脅威である。

 ゆえに()()()()()大事に丁重に扱い、“神殺し”という大義を成し遂げるその日まで、ともに戦い続けたいというのが【禁書】(アポクリファ)の大まかな指針だ。


(どうしたものですかね……)


 相容れない――天は、ここに来て漸く彼らと自分との相性をそう判断した。

 元来、天は“神殺し”には反対なのだ。そんなことよりも、奇跡的に授かったこの二度目の命を謳歌し、自由意思の導く方へと気ままに赴きたいのだ。こんな世まっ苦しい車中など言語道断だ。これならば、リスクがあって多少ガタついていても、風を感じられる輸送車(カーゴトラック)の荷台の方がマシだった。



「終わりましたよ」


 血振りした刀を白鞘にチンと納た天は、にこりと微笑みながら車へと戻る。

 車の前に現れた大型の魔獣を、率先して斬りに向かったのだ。それは、堅苦しさに縛られて凝り固まった心を、躯体を動かすことで(ほぐ)したいという気持ちの表れでもあった。


「ねぇ、何か怒ってる?」


 後部座席に座り直すと、ミリアムが耳打ちしてきた。天の鼻先に、亜麻色の香しさが訪れる。

 ふるふると首を横に振り、いつものにこりとした表情を向けた天は、虚空に視線を投じながら、自分の感情がいつの間にか表情や雰囲気に出てしまったのでは無いかと身体の隅々に意識を通わせる。


 機械人形(ヒトガタ)というのは、備えつけられた機能以上のことは出来ない。かつてノヱルが×××だった頃、表情による感情表現が出来なかったように。

 天もまた、無意識のうちに感情が滲み出てしまうなどという機能は持ち合わせていない筈だった。



 二度目の夜が訪れ、またも天の霊銀信号検知器(ミスリルディテクタ)は遠くで巨大な霊銀(ミスリル)反応を検知した。

 注意深く、検知器の反応に目を凝らす――無い。その巨大な反応と、そして車の内外にいる八つの反応以外には、人間大以上の生命が宿す霊銀(ミスリル)の揺らぎは見受けられない。


「山犬、今度は貴方が行ってみますか?」


 山犬はその提案にきょとんとしたが、すぐに満面の笑みを浮かべて教えられた方角へと地を蹴って駆け出した。

 この辺りは森のように木は生え並んでいないものの、ごつごつとした岩が多く隆起して遮蔽には事欠かない。


「……身を隠して待ち伏せるには持って来いの地形ですね」


 呟きながら、己の内側で稼働する霊銀信号検知器(ミスリルディテクタ)の反応に集中する。

 すでに山犬は巨大な反応と交戦に入ったようだ。昨晩の赤虎は天にとっては与しやすい相手だったが、果たして今晩はどんな相手が現れたか――


「来ましたか」


 検知器が霊銀(ミスリル)反応を捕捉した。天たち一団を中心に、昨晩山犬から聞いたのと寸分たがわず、内側四人、外側四人の布陣。

 何の反応も無いところから現れたことを考えると、霊銀(ミスリル)の揺らぎを周囲の揺らぎと共鳴させることで反応を消す霊銀(ミスリル)迷彩を施す魔術具か――しかしそれだと山犬が襲撃に気付いたのと理屈が合わない。

 山犬は天のように霊銀信号検知器(ミスリルディテクタ)を備えているわけでも、またノヱルのように索敵機能を有しているわけでも無い。ただ単純に獣をすら超越する身体能力と五感で以て、その気配を察知したのだ。


 つまり、反応は消していたのではなく、本当にそこに無かった。要するに突如として現れた、という方が正しい。

 そして、天はそのような瞬間移動めいた力に心当たりがあった。


(――これは、内通者がいると考えた方がいいでしょうか)


 思わずぺろりと舌が唇を舐めた。はっと気付き、まるで山犬だと自らを戒める天。いや、その舐めずる所作は、天がこの世で最も嫌う存在のものだ。

 敵影に自然と手を伸ばし触れた、刀に込められたもうひとつの魂――“天牛”と名付けられた一基目の、別たれた“牛”の魂だ。



 天は山犬やノヱルとは異なり、その躯体の内に“神殺し”を為す機能を有さない。

 山犬であれば食道の入り口に円環状に整形された魔術式が人造霊脊(スピナルコード)に紐づけられており、“円の内側を通過した全てを霊銀(ミスリル)に還元、そして動力(エネルギー)へと変換して固有座標域に蓄積する”という半ば固定された意志を発揮する。

 頸部に備わる人造霊脊(スピナルコード)を円転させることで、全てを噛み砕く強靭な顎と牙、そして強大な体躯と質量と再生能力を有する【神殺す獣】(デチェリィクスヴィ)という変身魔術と、魔術式を全身の体表に反転して展開し、またあらゆる攻撃を引き付けありとあらゆる万物万象全てを喰らい尽くす【饕餮】(チェミクスチークス)という変身魔術とを行使できる。


 ノヱルの方はもっと単純であり、頸部に備わる人造霊脊(スピナルコード)を円転させることで、死者の魂を媒介に、遺骸の一部を根幹として銃という魔器を創造する【銃の見做し児】ガンパーツ・チルドレンと、そして神や天使、天獣と言った“神性”を宿す対象を無条件に消滅させる【神亡き世(ティル・)界の呱呱の聲】(ディアボリーク)という弾丸を創り出す【世を葬るは人の業】(バレットワークス)という創成魔術を行使することが出来る。


 しかし天は違う。天は何の魔術をも行使することが出来ず、彼の頸部に備わる人造霊脊(スピナルコード)は何の意志も霊銀(ミスリル)に齎さない。

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