喰み出した野獣、刃乱した除者①
傷付け合う故 傍にいられず
創舐め合う故 離れられない
愛を語らう言葉は哭く
嘘を徹せる真意も凪く
哮る身体は這い蹲って
爪噛む牙は疾うに無い
其は野獣か それとも除者か
◆
「ノヱル、
神を否定しろ」
Noel,
Nie
Dieu.
Ⅳ;喰み出した野獣、刃乱した除者
-Lupi and Caeli-
◆
少し前の話をしよう。
遡ること、ちょうど七日――イェセロにある【禁書】の拠点を、“調査団”と名付けられた一団が旅立った日のことだ。
団を構成するメンバーは合計で八人。いや、六人と二体。
二体は、言わずもがな神殺したちだ。山犬と、そして天。
残りの六人は、全て【禁書】に籍を置く構成員だ。
その中には、食肉の楽園にて山犬や天と共闘した、エディ・ブルミッツの姿もあった。
「移動手段は?」
「車を使います」
天や山犬はあくまで協力者、という立場で参加している。だからその任務について、詳細な説明を受けてはいなかった。
「一台で行くとなると目立ちすぎてしまいますから、軽車両を二台用意しています」
ふんふんと、その真意を理解しないまま山犬が二回頷いた時――すでに天は、“どうやってうまく抜け出そうか”についてを思索し始めていた。
そもそも、元より彼は“神殺し”という自らの命題にすら“七面倒臭い”というレッテルを貼り付ける機械人形である。
シシという少女の身を案じ【禁書】の拠点へと付き従ったものの、情報を集め力を蓄える時期であると隠れ動かない【禁書】の現在が孕む“不自由さ”に既に辟易としており、またシシの面倒を必ずしも彼が見なくてはならないという状況でも無くなったことから、出来る限り速やかに本来彼が善しとする自由をその身に宿したがっていたのだ。
幸い、スティヴァリへと向かう二台の振り分けは、一台目と二台目とで天と山犬とが別れ、かつエディが山犬と同じ一台目に乗り込む形となった。
加えて、天の隣、二台目の後部座席には、真なる人族の女魔術士ミリアム・ニヒトが座す――このことは大いに天を喜ばせ、スティヴァリ市街地跡の外縁部へと到着するまでの間、実に天は大人しく、それでいて雄弁に旅に従っていた。
「ミリアムさんは、どうして【禁書】へ?」
ミリアムは大人びて見えるがまだ18歳であり、才色兼備の魔術士だった。“粛聖”の際に孤児となった真なる人族の系譜であり、【禁書】で生まれ【禁書】で育ち、神の軍勢に抗うための英才教育を受けてきたのはエディと変わらない。だからミリアムにとって天の質問は逆に疑問符を浮かべるものだった。
「どうして、って……神は悪いもの、討つべき存在だもの」
「それは、貴方の意思ですか? それとも、教えですか?」
「両方。確かに私は神を知らないし、会ったことも話したことも無い。でも神が生み出して使役している神の軍勢は、神の命に従って人を滅ぼそうとしている。私たちは滅びたくないもの。だから私は、教えに従って神を討つし、自分の意思で神の軍勢に立ち向かうの」
◆
車旅は長い。特に今回は、イェセロの真西に位置するヴェストーフェンを大きく迂回する経路を用いる。
本来であればヴェストーフェンへと真っ直ぐ進み、そこから真っ直ぐ南下する方が楽なのだ。直線距離で見れば全くの逆だが、整備された道を行くことを加味するとそうなる。
しかしヴェストーフェンは現在大きな混乱の最中にある。支配していた天使が討たれたからであり、また食肉の楽園に内設されていた研究所から溢れ出してしまった“捕食者”が住民を襲い、大変な惨事が広がったという情報を【禁書】は得ており、だがその後どうなったかについての続報は来なかった。
イェセロの関門に次々と車両が今も詰めかけていることから察すると、ヴェストーフェンはもはや壊滅したも同然だろうと考えるに容易い。
東西に延びる太い幹線道路には車両こそもういなくなりつつあったが、時折徒歩で東へと向かう人の姿を見ることがあった。
枯れた色の草が疎らに生える荒野。【禁書】の調査団二組は、車窓からその殺風景の中に倒れている人影をひとつ見つけた。
先行して走るエディ組が停車する。ブレーキランプを確認し、ミリアム組の車もその後方に着けた。
バタム――助手席からエディが駆け出すように降り、人影に走り寄った。遅れて、他の二人とそして山犬も飛び出してくる。
ミリアム組の四人も車を出る。人影には寄らず、周囲の警戒を務めた。
しゃがみ込んで様子を伺ったエディだったが、やがて立ち上がると首を横に振った。静かに溜息が漏れた。
「……食べる人族か」
構成員の男が吐き捨てるように言った。どこか含みのある物言いだと、天は思った。
神の軍勢に対抗する組織として存在する【禁書】だが、その構成員は大きく二つのタイプに分かれる。
一つは、単純に脅威として認識している神の軍勢から、人々を守るために戦うと誓い覚悟を決めた者たち。
そしてもう一つは、神の軍勢を討ち滅ぼし、再び世界の覇権を真なる人族に取り戻そうと燃える者たち――当然、彼らは全員真なる人族だ。
その二つに大別される【禁書】だが、構成員の比率は実際には後者の方が多い。そもそも、後者が寄り集まって生まれた組織だからだ。しかし前者の考えを持つ者が現れ始め、そこに真なる人族ではない者たちが賛同し加わったのだ。
子供程度の大きさだが、長く強靭な腕の先に七つの器用な指を持つ七つ指族。
強靭な下肢と尻尾、そして腹部に収納部を設けて生まれる袋の人族。
頭部に硬い角と、足のつま先に蹄とを持つ穏やかで聡明な角と蹄族。
ネコ科の動物のようなしなやかな尾と驚異的な身体能力を誇る爪と尾族。
食べる人族と沈む人族を含めると、所謂“亜人種”――本来この呼び方は真なる人族が用い始めた蔑称だが――は六種族。
【禁書】にも当然、数は少ないがこの六種族の生まれである者もいる。
そして彼らは“原理主義”の構成員からよくは思われていなかった。
かつて虐げられていた者たちが、共通の理由と目的とを持ち立ち並ぶという姿勢さえ、原理主義者達は我慢ならなかったのだ。
だからサリード・ウィーズリィ――吐き捨てるように告げた男の名だ――に、少し離れた場所で唯一の沈む人族であるアスタシャは睨むような眼差しを射っていた。
勿論、その視線も、その視線が意味することも、天は“恐らくこういうことだろう”と見抜いていた。
四人と四人とが車と車とに戻り、調査団二組が再び発進した頃。
後部座席に腰を落ち着けてる天は、隣に座るミリアムの綺麗な横顔を横目で眺めていた。