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死屍を抱いて獅子となる⑧

「――“世を葬るは人の業”(バレットワークス)


 早々に()()()()となったノヱルだったが、肝心の切り札はまだ使わない。

 およそひと月前の“食肉の楽園”(ミートピア)戦で漸く検証できた己の限界――神の軍勢を有無を言わさず殺し切る【神亡き(ティル)世界の呱呱の聲】(・ディアボリーク)は現在なら最大で三発まで、後先を考えないならそこからさらにあと一発は撃てるだろう。


 この白い悪魔の姿はノヱルが創成する銃が持つ身体機能強化(バフ)を増長し、また霊銀(ミスリル)に対する耐性もほんの僅かではあるが得られることは実証済みだ。それでも、天使を相手にすれば完全に心許ないが。

 だからノヱルは新たに得た雷銃(フュジリエ)を顕現させると、その恩恵(バフ)である“機動力増強”を活かして天獣たちを撃ち据えながら戦場を駆け抜けた。


 目指すは一路、天使が舞い降りる場所だ。

 天獣ならばまだ【禁書】(アポクリファ)の面々でも対応出来る。しかし天使は未知数だ。

 位階もそうだが、仮にそれが低かったとしてもその能力の如何によっては苦戦を強いられる。

 特に今回はこちらは襲撃を受ける側である。相手がこちらの得意分野で勝負してくる訳がない。

 地の利はこちらにあるだろうが、戦略を有する敵側の土俵と考えた方がいい――ノヱルはそう頭の中で結論付けると、天獣の消え去った戦場を抜けて突出する。


 本来なら彼は後方での迎撃要員だ。しかしノヱルは一時的に世話になっているとは言え、実際には【禁書】(アポクリファ)の一員ではなく、周りがそう認識しようと彼自身にそのつもりは全く無い。

 ただ、“神の軍勢を駆逐する”という目的が合致しているに過ぎない。

 だからこの場で【禁書】(アポクリファ)の指揮命令に従うわけもなく、戦場の最前線を目指して直走るのだ――弾丸を撒き散らし、幾多の焔を消し去りながら。


 最前線に近づくにつれ、天獣の数と脅威は増していった。特に上半身の天獣(コウレローウ)が現れた時は思わず切り札を切ろうとしたくらいだ。しかし敵を直ぐに取り囲み一気呵成に攻め立てた戦士達がそれを逆に阻んだ。


「おっと、先を越されたようだねぃ!」


 東からエーデル、そしてその後ろにシシが追い付いた。

 エーデルはノヱルの変貌した姿を見て一瞬顔を顰めたが、しかし直ぐに破顔すると、


「何だい何だい、随分と()()()なりやがってさぁ! アタイもあと二十若けりゃ」

「ノヱル不潔っ!」

「誰がババァに欲情するかよ、馬鹿!」

「誰がババァだよっ! そうさアタイだよっ!」


 そうやって、戦場であるにも関わらずいつもの遣り取りに興じた。

 ノヱルもシシも、そして戦士たちも。

 誰もが顔を綻ばせ、いつも通りの弛みを得る――過度な緊張は要らない、舌先が痺れる程度の渇きでいいことを、エーデルはよく知っていた。


「行くぞ!」


 戦士達が号砲に似た声を上げる。

 次々と投入された四体の上半身の天獣(コウレローウ)は、意外と呆気なくこの世を退場し、そして天使が舞い降りる。


 眼前に広がる湖面から、ざばりと舞い上がって。



    ◆



「伝令!」


 一方、スティヴァリにて沈む人族(フィーディアン)との接触を試みる山犬たちの一団は、イェセロの拠点(アジト)を神の軍勢が強襲した情報に(にわか)にどよめいた。


 彼らは彼らで、スティヴァリ上空に次々と現れる天獣たちを迎撃するのに手一杯で、本来の任務をなかなか果たせずにいる。

 予定では、もうすでにフリュドリィス女王国(クィーンダム)へと入国し、王城を目指している筈だった。


「これは……拠点(アジト)には帰れない可能性もありますね」


 呟いたエディの鬱蒼な顔を覗き込んだ山犬はどこか落ち着かない様子で辺りをきょろきょろと見渡す。


「それにしても遅いなぁ……天ちゃん、何やってるのかなぁ?」


 天は自ら進言し、偵察を兼ねて敵勢力を削ぐため先行していた。

 目下、スティヴァリの沈む人族(フィーディアン)の集落は目鼻の先。そこまでの経路上の安全を確保したなら戻る、ということだったが、もう五時間も経つが戻って来ていない。


「大丈夫ですよ、信じて待ちましょう」


 若くとも一団を纏める立場にあるエディは笑顔を灯して山犬に告げる。

 この一団において、最も高い戦闘力を有しているのは天であり、そしてその事実を誰もがそうだと認識していた。

 戦士の一団は戦士の一団だからこそ、そこに何の疑いも無く、神殺したちと目的を同じにすることが彼らに天を信じ込ませた。

 一度彼の戦いぶりを目の当たりにしているエディは尚更だ。


 唯一、山犬を除いて。


「みんなさぁ、簡単に信じる信じるって言うけどさぁ――天ちゃんの何をそんなに信じてるの?」

「え?」


 だから痺れを切らした山犬がそう切り出した時、彼らは互いに顔を見合わせ、ぽかんと口を半開きにした。


「山犬ちゃんはね? みんなみたいに天ちゃんのこと信じる気には、なれないんだよねぇ。天ちゃんってば、昔から自分のことを優先したがる癖があるからさぁ。今はそれに拍車かかっちゃってるし」

「それは、どういう……?」

「うん。例えばこういう時、集団行動が煩わしいなぁって天ちゃんが思うとするじゃ無い? そうすると、どうすると思う?」


 再び顔を見合わせる一団。しかし先程とは違って、その顔色はどんどんと青褪めていく。


「ぶっぶー時間切れー。正解はね、適当にウソついて単独行動取る、でしたぁー」

「――全員、大至急前進!」


 慌てて飛び出した一団の前に降り立った天獣を、エディたちはこと速やかに撃退した。

 彼らは焦りに捕らわれていたが、それを極度の集中として自らを研ぎ澄ます程度には戦士たりえた。


「天ちゃんは見つけ次第お仕置きだねっ!」

「山犬さん、あなた方のそういう悪癖は、出来れば次からもっと早く教えて下さいっ!」

「悪癖? 嫌だなぁ、個性って言ってよ、個性ってー」

「どちらでも結構!」

「はいはーい、分かりましたよぉ。んじゃ、ちゃちゃっと喰い散らかしましょう! お待ちかね、山犬ちゃん大活躍! ねぇ、気持ちいいことしよ? エロくてぇ、エモくてぇ、とぉっっっても――エっグいやつ」


 一団の前に立ちはだかる幾多もの天獣は、突如として現れた深紅の巨獣の、餌となった。



   ◆



 全身から水を滴らせて現れたその天使に、その場にいた誰もが目を見開いて驚愕を露わにした。

 天使に限らず神の軍勢というのは、炎を主材としているが故に火の消える水を嫌い、近寄らない性質がある――凡そそのような認識を持っていたのだ。

 そうなのだから、彼らにとって天使がまさか湖の中から現れるなど、以ての外だったのだ。


 天使は誰もが美麗な容姿をしているが、その天使もまた、例に違わずの美顔と均整の取れた肉体を有していた。

 色味としては、天に似ている。しかしこの天使は全体的に白んでおり、淡い色彩に包まれていた。


 その光輪は複雑な形をしており、その背に生えた翼は四枚――食肉の楽園(ミートピア)で交戦した神の嗜虐(カタクリシエル)神の被虐(マソキスモセル)と同じだ。

 あの時は神殺しが三体揃い、どうにか打ち勝てた。天や山犬は割と余裕だったがノヱルはギリギリだった。

 今この場に、その二人はいない――


「お初お目にかかります――私、与えられた位階は主天使(キリアヒア)、賜りし名は神の沈鬱(カタスリプシエル)。恨みは一つも在りはしませんが、綺麗さっぱり消えて頂きます」


 そして天使が右腕を前に差し出した時。


「――散れぇっ!」


 いち早く霊銀(ミスリル)の流れを察知したノヱルが吼えるのと同時に、湖面に立った八本の水柱が、まるで大蛇の如く牙を剥いた。

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