銃の見做し児④
新たに創り出された銃は、鳥銃のような銃床を持ち、しかし砲身は猟銃よりも短く、片手でも十分に扱える程度の重量と形状とを備えている。
騎銃――それは、騎乗した獣の背なにて銃撃を行うための魔器だ。騎乗時というのは普通少なくとも片手で手綱を握る必要があり、そのため両手で扱うような大柄な銃は適さない。
また、片手を塞がれているのだから、鳥獣や猟銃のように一射ごとの装弾や装填作業が必要なものもまた適さないと言える。
だから騎銃は片手でも取り回しが出来、かつ双銃のように連続で射撃を可能とした機構を備えているのだ。
そして騎銃こそ、現時点で彼が使い得る魔器の中で最も高性能である銃だと言えた。
一撃の火力は鳥獣や至近距離での猟銃に劣るとしても。
速射性、連射性は双銃に劣るとしても。
しかし総合力で考えれば、騎銃が最も優れた魔器であるのだ。
「ニンゲン! ニンゲン!」
「煩ぇなぁ――山犬、あのデカいのを頼む」
「りょーかーいっ!」
上空の敵に狙いを定めた彼女は、ふたつ膝の曲げ伸ばしを行うと一目散に、一直線にその真下へと目指して駆け出す。
凧の天獣はそうさせまいと群がるが、銃床を肩に当て狙いを定めた彼の連射する弾丸が牽制となってそれらの動きを封じ込める。
「よ、っこい、っしょお!」
三段跳びの要領で、しかし最後の一歩を両足で踏み込んだ彼女は呆れるほどの跳躍力で上半身の天獣の正面へと跳び上がった。しかし待ってましたと言わんばかりに振り下ろされた剛腕の一撃を、やはり防御すら出来ずにその胴に受け吹き飛んでしまう――いや、吹き飛びはしなかった。命中の瞬間に絡めた両腕が、その剛腕を掴んでいたのだ。
「いったきもちいぃっ!」
衝撃により鼻血を噴出させながらも笑みを崩さない彼女は、先の一撃により粉砕された肋骨の八本を修復させながら、剛腕を伝って天獣の顔面へとにじり寄る。
眼下では彼が走り抜けながら凧の天獣を相手に銃弾を撃ち放っている。本来片手で扱うものを両手で扱うということは、銃撃の際の反動を抑えることで命中精度が上がるということだ。だから彼の騎銃による射撃は、双銃によるそれよりも遥かに正しい軌道を描いていた。
「ニンゲンッ! ニンゲンンンッッッ!!」
三つの眼にそれぞれ灯る翡翠色の炎が一際大きく迸り、巨大な業火が噴出された。
やはりそれも、彼女は避けることなくその身に受け、そして焦げた体表を修復させながらやがて太い首根に手を伸ばす。
はし、と掴んだ手はその太さに比べて小さすぎた。しかし彼女の五指にとって、太さは掴むのに問題などならない。
ゴキリ――五指が食い込み、喉の突起物が粉砕した。
「アアアアアアアアアアアアアアア!!」
絶叫。三体目の凧の天獣に止めを刺した彼は、そのけたたましさに顔を顰めさせる。
そんな中でも、彼女を迎撃しようと舞い上がる凧の天獣の翼に風穴を空ける程度には彼は集中していた。
「実を言うとね? あの三角形の天獣ちゃんのお肉はそこまで美味しいって感じじゃなかったんだけど――あなたはどうかな?」
唇が蠢く。“い”と、“た”と、“だ”と“き”と“ま”の形に移ろっていく最後に、“す”で結ばれた後で、それは大きく開かれ、つるりとした額に噛み付いた。
ガチッ。
「ヲヲヲヲヲヲヲヲヲヲヲヲヲヲヲ!!」
ゴギャン、バギリ。
「ガアアアアアアアアアアアアアア!!」
バギ、みちっ、ぶちぶちぃ。
「ゴエエエエエエエエエエエエエエ!!」
振り払おうと両の剛腕を少女にぶつけるも、小さなその身体は同化したように剥がれず、引き抜けない。
すでに喉を掴んだ彼女の右手は頸椎を握っていた。だから無理に身体を鷲掴んで引き剥がそうとすれば、自身の首もまた千切れ飛んでしまうことを天獣は悟っていた。
「ちょっと、そのまま食べるには大きすぎるなあ――そうだ、潰そう」
空いた左手が、欠け落ちた頭蓋の縁を打ち貫いた。まるで戦鎚の如き拳骨が振るわれる度に、天獣は絶叫を上げて身体を振るわせる。
背骨を砕いた筈なのに。
頭を潰した筈なのに。
だというのに何故この少女は、そんなことは無かったと言わんばかりに我を喰い散らかしているのか――その天獣が知性を持っていたなら、そんなことを思っただろう。
しかしそれは終わりではない。
彼女はただ、四つある上半身の一つの頭部を喰っただけに過ぎない。
上半身はまだ三つあるのだ。そして彼女が喰べた一つが絶命するのと同時に、連結された身体のその支配権を譲渡された上半身の顔貌に、新たな炎が灯る。
「グゲエエエエエエ!」
「うわっ!」
ぐるんと回転した勢いで彼女は振り落され、グジャンと無様に地面に落ちた。積雪とともに瓦礫の破片・砂埃が舞い上がり、それが再び地に落ちた頃に何でもないような顔で立ち上がる。
「大丈夫か?」
「うん、問題無いよー……って言いたいところだけど、ごめん、ちょっとお腹空きすぎたみたい」
無尽蔵にも思えた彼女の生命力・治癒力は、しかし無限ではない。
彼女――山犬という器は、嚥下した万物を分解して動力に変換する機構を体内に有している。そうして得た動力は、彼女の霊的座標に紐づけられた仮想領域――固有座標域内に貯蔵されるのだ。
彼女の再生能力はそこに貯め込まれた動力を消費して行われるが、如何せん彼女は起動されてまだ1時間程度しか経っておらず、しかもその間に食した血肉は少ない。天獣は炎から創られているために、死んでしまうと消えてしまうからだ。
そして、損傷の修復は度外視な動力を消費する。だから彼女はすでに枯渇寸前であり、現状これ以上戦える状態には無かった。
「――成程。喰い過ぎだと叱った己れに原因があるんだな。実戦検討の甲斐があったな」
「山犬ちゃん、ちょっとお休みするね。ごめんね?」
「何、手負いの天獣一体――いや、三体か。問題は無いさ――ちょうど己れも、あと一つ試してみたい機能がある」
はるか上空で、一つの身体を喪った天獣が怒りの咆哮を上げているのを睨み上げ。
彼は、次の弾倉を騎銃に装填し、臨戦態勢を整える。
“ノヱル、神を否定しろ”
「――煩い、言われなくても分かっている。天獣は、天使は、神は全て棄却する。己れたちはそのために創られ、生まれたんだからな」