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死屍を抱いて獅子となる①

 ()(ぞこ)ないの 出来損(できそこ)ない

 ギリギリ()りぬ 魔女の指(ジギタリス)

 致死(ちし)血潮(ちしお)が (ちいさ)()って

 (つい)(つい)でに (つい)えて死舞(しま)




   ◆



「ノヱル、

 神を否定しろ」


    Noel,

    Nie

    Dieu.



Ⅲ;死屍(シシ)を抱いて獅子(シシ)となる

  -Apokryfa-



   ◆




「――っ!」

「ほら、立てよ。寝転がってるとすぐ死ぬぞ?」


 今にも噛み付きそうな形相で睨み上げたシシを見下ろすのは、それぞれの手に双銃(ピストレロ)を握るノヱルだ。


 ヴェストーフェンから東へと進み国境へと差し掛かった一行は、無事【禁書】(アポクリファ)の構成員と接触(コンタクト)することが出来、こうしてその拠点(アジト)へと身を置いている。


 拠点(アジト)のあるここ“イェセロ”は巨大な塩水湖を擁す特殊な環境に築かれた国だ。

 内陸だが漁業が盛んであり、内陸だが造船技術に富み、そして内陸だがスティヴァリ同様に“沈む人族”(フィーディアン)が比較的多く存在する――そのどれもが一度は奪われてしまったものだったが。


 シュヴァインが持ち出した暗号の地図は彼の死とともに失われてしまったが、エディがいたことが彼らを組織へと繋げた。


 そしてその傷を癒し、次なる戦いに向ける準備の期間中、ノヱルはシシを苛め抜いていた。

 巨大な造船場の跡地を利用して造られた訓練場で、シシを鍛え上げているのだ。


「クソっ!」


 跳ね上がるや、シシは硬い床を蹴って疾駆した。愛する人の死からまだひと月と経っていないが――或いは、経っていないからか――その蹴り足は力強く、運足は効率的で、しかし軌道は直線的過ぎた。


「真っ直ぐ突っ込むな」


 ノヱルは当然、銃口を向ける。

 しかし見開いた双眸でそれを視認したシシは咄嗟に左前方へと跳び、余裕からだらりと右腕の垂れたノヱルの側面から強襲を仕掛ける。


(考えたな――偶然か?)


 それが逆側であったなら、ノヱルは突き出した左腕を外側へと薙いだだろう。

 彼の双銃(ピストレロ)は更なる拡張(バージョンアップ)が施され――双銃(ピストレロ)に限らないが――銃身に幅広で厚みのある短剣の刀身が備わっている。


 双銃(ピストレロ)は格闘距離で真価を発揮する魔器だ。ここに来て漸くそのような改造を施せたことを、ノヱルは三日ほど自慢げに語っていた。が、最終的には山犬くらいしか喜んで聞く者はいなかった。


「らぁっ!」


 声を荒げながら放たれた回転蹴り――柔軟な肢体から繰り出されたそれは獣の軌道を描き、どう来るか予測のしづらいものだった。故にノヱルは身を捩って後退し、更なる追撃を許すことになる。


「しぃっ!」


 シシが右手に握った銃剣(バィヨネット)を振るう。回転蹴りの軌跡を逆さになぞる剣閃はノヱルの軍服の胸元に一筋の切り目を作ったが、当然命にはほど遠い。

 勢いを殺さずに振り上げられた刀身が急降下する――それを無造作に払った左手の銃身でいなしたノヱルは銃口を向けず、体勢の崩れたシシの腹目掛けて強烈な前蹴りを叩き込んだ。


「ぐぶ――っ!」


 背中から床に叩き付けられズザリと滑ったシシは、込み上げてくる苦味を必死の形相で噛み殺して再び睨み上げた。


「……武器に頼らないことはいいことだ。得物を持った奴っていうのは途端にそれしか使わなくなる――ただお前は、まだソイツに()()()()()()


 つまらなそうに言い捨てたノヱルは頸部に備わる人造霊脊(スピナルコード)を円転させて両手の双銃(ピストレロ)を棄却した。それを見たシシの形相の、深度が増す。


「午前の部はこれでお終い――飯食って一休みしたら午後の部だ」

「……わかった」


 悔しそうに立ち上がったシシ。右手に握る銃剣(バィヨネット)は光の粒子――霊銀(ミスリル)に還元され、シシの右前腕の魔術紋に吸い込まれていった。


「本当、飽きずによくやりますね……」


 その姿を、三角頭巾を頭に巻きエプロンを着た天が溜息混じりに揶揄する。鍋掴みに通した両手は、白く湯気を放つ深鍋を確りと握っており、食卓(テーブル)にはその到着を今か今かと待ち侘び文字通り涎を垂らす山犬の姿があった。


「ご飯、出来ましたよ? 今日は――ホワイトシチューです」

「うひゃっほぉぉぉぉぉおおおおおぅい!」


 四人が集う食卓に、そしてエディが遅れてやって来た。

 神妙な面持ちで彼が席に着いた時、すでに山犬はおかわりを要求していた。



   ◆



 町並みは雨に濡れている。特にこの地域は雨天に富み、天使や天獣を率いる“神の軍勢”に攻められづらいという地の恩恵を享受していた。


 明度の低さゆえ、ほぼ黒に近い灰色の雲が降らす雫に濡れた石畳には薄っすらと水の膜が張り、それを雨粒が叩く度に軽やかに幾つもの波紋が広がっては交わり、消える間も無く新たな波紋が生まれる。


 彩度も落ちたそんな風景の中、この地域特産の撥水性の革で作られた外套(コート)に身を包んだシシは、同じく撥水性の革で作られた背嚢(リュックサック)を負って早足で歩いていた。

 大股で歩くのは単純に、小雨だろうが身体を濡らして冷やしたくないからで、しかしまだ住み慣れない街の様相に目を凝らす程度には余裕はあるようだ。


「シシ!」


 高台から見下ろす湖に目を向けている時、前方から声が掛かった。振り向くと、【禁書】(アポクリファ)に籍を置く女傭兵、エーデルワイスがそこにいた。

 刈り込んだ横髪が半ば白く染まった壮年の大女が手を上げて見せる皺の深い笑顔にシシは駆け寄る。

 買い物に出ていたシシと異なり、エーデルは昼間から酒を飲んでいたようで、鼻腔を衝くアルコール臭に近寄ったばかりのシシは顔を顰めながら自らの鼻を摘まんで一歩遠ざかった。


「……何だよ、そんなに臭ぇか?」

「どれだけ飲んだんですか」

「今日は全然だよ、何たって金が無ぇからなぁ!」


 上機嫌に大笑いするエーデルの横でシシは呆れの溜息を吐く。エーデルはこれでいて【禁書】(アポクリファ)の中では上位の戦闘力を誇っている。

 年齢と体格に見合わぬ敏捷性が売りだが、そのくせ身の丈に近しい大きさの両手剣を扱う。その精度は凄まじく、また膂力と剣速は【禁書】(アポクリファ)で彼女の右に出る者がいないほどだ。剰え、遠隔攻撃として魔術までをも併用する。


 しかしあくまでも彼女は()()であり、ゆえに戦場が無ければ稼ぐこともできない。【禁書】(アポクリファ)はエーデルを手放したく無い一心だが、エーデルは平和が蔓延ったこの地を出来れば離れたいと考えている。彼女にとって戦場はもはや故郷だ。


 エーデルが戦うのはあくまで金の、そして生活のためだ。神の軍勢によって近しい人や親しい友を確かに喪った経緯はあれ、彼女の胸の内に憎しみも無ければ怒りも湧かなかった。

 そもそも、死地に赴く身である。彼女の知人・友人も皆、軍人か傭兵だった。死地で血を交えその結果死んだのだから、特段語るべきことは何も無い。そこが、明らかに【禁書】(アポクリファ)の在り方とは違うのだ。噛み合うわけが無い。


 そしてその精神性に、シシは興味を抱いていた。無論、その強さにも。

 天使や天獣といった神の軍勢、それに神、そしてノヱルの打倒を心に誓っているシシは、エーデルの強さをどうにか得られないかと画策していたのだ。

 心技体の技と体は直ぐには無理でも、心なら比較的早く理解でき、修得できるのでは無いかと――そして肉体は精神に引き寄せられる。健全な肉体に健全な精神が宿るように、逆もまた然りだとシシはかつてシュヴァインに習っていた。

 エーデルの心の強さを手に入れられたなら、そうしないよりもいち早く強靭な肉体を得られ、強力な技の数々を体得できるんじゃないかと――シシは、漠然とそんなことを考えていたのだ。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 拝読いたしました!有難うございます!! やっとみんなに逢えた〜!!嬉しいです!!! 始まりから掛詞の秀逸さが目立ち、シシちゃんが死屍を喰らい獅子になるからシシちゃん…と構想が変わらず素晴ら…
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