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消えない肉沁み㉒

「ぐっ、……このっ……」

「くそっ! 待っていて下さい、すぐにっ……!」


 縦に振り抜いた筈だった。しかしシュヴァインの振り下ろした斧は捕食者(アクパルティコ)の大きく開いた口に真剣白刃取りよろしくがっぷりと噛まれ、強大な力で挟みこまれてしまった。

 抜こうとするも、夥しく生えた牙ががっちりと食い込んでいるのかビクともしない。


 捕食者(アクパルティコ)は図体の割りに手足が細い。だから敏捷性はさほどでも無く、また自重を支え歩き回る程度の筋力しか無い。

 しかし力が拮抗しているのではない、その咬合力と重量こそがシュヴァインの引っ張ろうとする力と均衡しているのだ。


 エディは目の前に迫っていた13体目の捕食者(アクパルティコ)の腹部を真横に斬り付け、たたらを踏んだその脚を返す剣閃で深く裂き尻もちを着かせると、踵を返してシュヴァインに加勢しようと駆け出した。


「てぁあああっ!」


 ザシュッ――背中に入った深い太刀筋はしかし、その嚙み合わせを弱めるほどの威力では無い。

 喰らう者が一度喰らい付いた得物を放すなら、命を散らす他無いのだ。


「シュ、シュヴァインさんっ……手を放してっ!」


 シシが堪らず叫ぶ。苦い顔をしてシュヴァインは結局その手を斧から放した。

 途端に吸い込まれ、ゴギリゴギリと鈍い音を立てる閉じた口。牙は、どうやら鋼鉄よりも硬いらしい。


「この――っ!」


 跳び上がり、逆手に握った剣を真上から頭蓋に突き刺したエディ。絶命した捕食者(アクパルティコ)の跳ねた血がその顔にかかり、エディは顔を顰めた。

 今は知性をさほど持たない魔獣(クリプティド)の一種でも、元は彼らは自分と同じ人間なのだ――その事実が、エディの脳髄を怨嗟の声のように揺るがす。


「くそぉっ!」


 忌々しいその事実を振り払うように(かぶり)を振って、エディは周囲を見渡した。

 すでに地下駐車場の中には入り込めている。しかしまだスロープを降りただけの入り口近くだ。

 目的の車両はあと10メートルも先にある。

 だと言うのに、入り口からは上層階から飛び降りて来た捕食者(アクパルティコ)の軍勢が未だに数を増やして迫って来ている。

 また、シュヴァインが消防斧(ファイアーアックス)を取り出した事務所棟への連絡通路の奥からも、降りた隔壁をベコンベコンと凹ます彼らの声が聞こえてきている。


「……マジかよ」


 (あまつさ)え――駐車場の奥の連絡通路はどうやら破られたか、もともと隔壁が降りていなかったか。薄暗い駐車場の奥に蠢く影が段々とこちらに向かっているではないか。


「……シュヴァインさん」

「シシ、離れるな、大丈夫だ……」


 そう言葉では言いつつも、シュヴァインの心の中もまた色濃い絶望に支配されつつあった。


 そしてその絶望を散らす“希望”――

 ——それは、ジュウ(銃/獣/柔)の形をしていた。



「――“神薙”(かんなぎ)


 白刃の一閃が真横に流れ、駐車場入り口のスロープに栓していたうちの4体が絶命した。


「ノヱルっ! 手前は任せましたよっ!」


 言い放つと同時に、天は跳躍ひとつで捕食者(アクパルティコ)たちを跳び越えてエディの眼前に躍り出ると、振り向きざまに再度伸びる一閃を抜き放つ。


()()()()だからなっ! ――“猟銃”(シャッセ)!」


 そして追従するノヱルは換装(コンバート)した猟銃(シャッセ)から実包を放ち、口を大きく開いた捕食者(アクパルティコ)を内側から粉砕していく。

 その後方、5メートル地点では息を切らした山犬がへなへなと座り込み、蒼い顔をして込み上げてきた()()()に抗っている。


「天っ!」

「よく頑張りましたね、シシ。シュヴァイン殿も……貴方はどちら様ですか?」

「俺はエディ。16年前にシュヴァインさんに取り上げてもらった、()()()だ」


 捕食者(アクパルティコ)を屠りながら二人は互いに互いを知り合うために言葉を交わす。

 二人の剣戟は出会ったばかりとは思えぬほどの連携を見せ――天が彼に合わせているのだが――また地上部付近で銃撃を重ねるノヱルの働きもあり、直ぐにスロープ部は解放された。


「なるほど――では貴方が件の“禁書”(アポクリファ)ですか」

「お察しの通り……あんたは? ノヱルさんの仲間か?」

「ノヱルの? 片腹痛いですね、あんなのと仲間とは。賤方(こなた)は確かに彼とは同胞(はらから)ではありますが、仲間だと思ったことは一度も」

「こっちも無ぇよ!」


 魔器を棄却しながら怒号を放つノヱル。その背に、漸く追いついてきた山犬が倒れ込むように歩み寄る。


「うぇ、っぷ……やば、やっぱ食べすぎっぽい……」


 山犬の霊的座標に紐づけられた貯蔵庫に限界は無い――実際には無いわけでは無く、有るのだがほぼ無限に等しいのだが。

 だからどれだけ動力(エネルギー)を蓄えようと“食べすぎ”となることは無いのだが、【饕餮】(チェミクスチークス)を使用した場合は勝手が違う。


 蹂躙の戦形である【神殺す獣】(デチエリィクスヴィ)に対し、防衛の戦形である【饕餮】(チェミクスチークス)は全てが反転する変身魔術。

 命題とともに魂の座に刻まれた“666”(獣の数字)を反転させ“999”(人の数字)とすることで、喉の入り口に円環上に配置された術式を表皮全体に展開、その輪郭そのものを口腔とし接触した全てを嚥下する驚異的なものだ。


 しかし反転は彼女の身体性能(スペック)にも及び、ひとっ跳びで10メートル近く跳び上がる跳躍力や1トンもの衝撃を片手で無力化する膂力と踏ん張りなど、それら全てを失い、一般的な少女同等へと成り下がってしまう。


 極めつけは、それを一度行使してしまうとその際に吸収した動力(エネルギー)量に応じた時間、大幅に能力低下(パワーダウン)してしまうことだ。具体的に言えば、彼女は現在【饕餮】(チェミクスチークス)展開時と同じ程度の身体性能(スペック)しか持たず、また【神殺す獣】(デチエリィクスヴィ)及び【饕餮】(チェミクスチークス)の双方の変身魔術を行使できない状態だ。


 しかも今回が初の実戦投入であるため、山犬自身にも自分があとどれだけの時間こうなってしまうのかが予測すら出来ない――その状態にノヱルは実に大袈裟な溜息を吐き、顰めっ面のまま紅い頭を優しく撫でた。


「……まぁ、お前が一番の功労者だからな。っつか、牢屋壊すんなら己れのもぶっ壊してけよ。ちょっと暇になって焦ったんだぞ?」

「ううー……ごめんなさーい……」


 ここぞとばかりにノヱルに擦り寄って甘える山犬。明らかに弱っているのがノヱルにも見て取れる――山犬がノヱルに甘えるのは決まってそういう時だと言うのは、フリュドリィス女王国(クィーンダム)の時から判っている。

 しかし駐車場の奥から這い寄ってくる影がどんどん近くなるのに加え、遂に手前側の連絡通路の隔壁が破られた。

 ひどく鈍い、それでいて豪快な破砕音とともに響き渡る呻きの合唱。

 エディは咄嗟にシュヴァインとシシとを守るようにその間に位置し、歯噛みをしては剣を構える。


「……どうやら、急いだ方が良さそうですね。この後の段取りは?」

「駐車してある車を借りて逃げようと思ったんですが……」


 その言葉に、天は駐車場の奥を見た。

 すでに停められてある最も近い車の傍を、蠢く影は通り過ぎようとしている。


「プランBはありますか?」

「……いや」

「シュヴァイン殿、シシ。元来た道を戻ります。ちなみに、ここの他に駐車場はありますか?」

「車探してんのか?」


 頭部に内蔵された索敵機能の反応を確認しながら、ノヱルがスロープ下の一団に声をかける。


「全く、()()()()()()()()()()、だっけか? ここの真反対に車がある――喜べよ、しかも運転手付きだ」

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