表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
「ノヱル、神を否定しろ」—Noel, Nie Dieu.—  作者: 長月十伍
Ⅹ;Nothing Needs Dedications.
200/201

神亡き世界の呱呱の聲㉟ ――エピローグ・後編

   ◆




「正直にお話しますと、……この世界は多分、どんどんと死んで行くんだと思います」


 復興にまでは程遠い。だが最悪の惨事は免れた。

 聖都上空に現れた楽園の破片は、レヲンが召喚した師役(クルード)の展開した重力の力場によって押し留められたが、それも三日が限界だった。

 しかし騎士団と【禁書】(アポクリファ)が中心となって繰り広げた救出劇の甲斐あって、解けた魔術により落下したそれらから、聖都は崩壊したが街の民はどうにか逃げ果せることが出来た。

 無論、既に息絶えた者達は未だ瓦礫の下に埋もれたままであり、今は崩壊した街並みを掘り起こして、発掘した私財を元の持ち主に返したり、遺体をきちんと埋葬する作業が続いている。

 唯一現存するヒトガタである冥だけが休むことなくその作業に従事しており――というのも、私財はともかくとして遺体を掘り起こす作業において彼女の“死を嗅ぎ取る”という能力は遥かに優れた結果を齎し続けていた。

 そしてエディやエトワ、バネットやサリードやミリアム、アスタシャ達が疲労困憊の身体を休眠によって癒している中で、同じく疲労困憊ではあるもののまだ休まないレヲンと殊理は、この世界についてを語っていた。


「私は異世界の人間です。天さんに付いて、この世界にやって来ました。私のいた世界も、もともと弱っていたというのはあったのですが、管理者がいなくなってしまったことから崩壊の速度が増しました」


 レルムと呼ばれる世界に殊理は生まれ育ち、しかし小さき世界であり、且つ他の世界を吸収することによる霊銀(ミスリル)の補充をしなかったためにそうなったのだ。

 殊理の目から見てこの世界は遥かに広大であり、自分の世界と比較すると、という前置きをして、あと百年くらいは大丈夫だと思いますがと締め括る。


「百年か……思ったより、短いな……」


 レヲンはずっと沈鬱な表情だった。

 山犬はあの戦いの後から行方不明であり、天もまたその両脚を殊理のために遺して失われた。冥が現存することだけは救いだが、言ってしまえば今の彼女はあの時までの彼女とは違う何かだ。


「脚……どうですか?」

「え? あ、うん。とても、馴染んでます」


 レヲンが【愚者の魔杖】(エルスレイヤー)を用いて魔導義肢に改造した天の両脚を、殊理は今自らの脚として使っている。その性能は他を寄せ付けず、足技を主体とした格闘技に精通できそうな程だ。跳躍(ジャンプ)力も、その気になれば軽く三階建ての建物くらいならば跳び上がれる。


「なら、良かったです……」


 無論、ノヱルがいないことが一番大きな痛みだった。それは既に心の傷みになっており、悼みに変わるまでにはまだまだ時間がかかりそうだ。

 あの楽園に、しょうがないとはいえ置き去りにしてしまったこと。楽園がああなっては命が残っていてもきっと助かりっこないこと――――その後悔が、レヲンから笑顔や安堵を奪っていた。

 その感傷に感染するように、殊理の表情もまた重苦しいものだった。


「レヲンちゃん!」

「あ、ゾーイさん」


 入室するや、駆け寄ってぎゅうと抱き締めるゾーイ。レヲンは思わず零れそうになった涙を堪え、すんと鼻を一啜りした。


「良かったよぉ、レヲンちゃんが無事で……」

「ゾーイさんも……また会えて、嬉しいです」


 それでもまだ、レヲンの表情は暗いままだ。しかしそんなレヲンに、ゾーイは捲し立てるように嬉々として語る。


「ランゼルも来るよ! 今頃駐車しているところだからさ、本当もうちょっと」

「本当ですか? ランゼルさんも、無事で……良かった……」

「もう、しっちゃかめっちゃかだったよぉ! 急な招集でぶわーって街道走ってさ、着いたら着いたで避難民の搬送搬送搬送! もうくったくたのくったぁよぉ!」


 剣幕に笑う殊理。つられて、苦くはあるもののレヲンもほんの少し明るい表情を灯す。


「後ね後ね後ね! ビッグニュースよぉ! 何から話したもんか……」

「何か、あったんですか?」

「そう! 順を追うのが一番よね。先ずはね、山犬ちゃんが来てくれたのよ!」

「山犬さんが!?」


 またも捲し立てるように、大袈裟で半ば意味の無い身振り手振りを交えながら山犬との邂逅を語るゾーイに、レヲンの表情は見る見るうちに明度を取り戻していく。

 楽園に置き去りにされた山犬が生きているのなら。

 もしかすれば、ノヱルも生き延びているのかもしれない――――淡くとも、それは確かに希望だった。


「そしてそしてそして、ビッグニュース二つ目はね!」

「はい!」

「入るよぉ~!」

「あら来たっ!」


 そのタイミングでランゼルも入室した。その後ろに、一人の青年を連れて。


「レヲンちゃん! 無事で良かった!」


 ランゼルもゾーイ同様に入るや否や抱き着く。今度こそ涙が溢れそうになったレヲンだったが、ずずりと鼻を啜って落涙を堪える。


「そのくだりならもうやったよぉ」

「俺にもやらせてくれよ。心の底から嬉しいんだからよぉ」

「あたしも、嬉しいです。あの……そちらの方は?」

「おうよ! ビッグニュースビッグニュース!」

「そうそう! この人だよ、ビッグニュース第二号は!」

「は、はぁ……」


 そして青年は、びしりと軍人のような気を付けの姿勢を見せた後で、握り込んだ右拳をびしりとした挙動で自らの胸の中心に据えた。


「初めまして、未来からやって来ました! ヴァン=クライヴ・アンディークです!」




   ◆




 その夜、レヲンはなかなかに寝付けなかった。

 長らく休息など取っていなかっただけに疲労困憊を超えて満身創痍とも言えた筈だが、しかし昼間のあの興奮が、日付を跨いでも未だに心音を高鳴らせているのだからしょうがない。


 自称未来人・ヴァンの語る話はとても面白かった。

 未来の世界に転移(とば)されたノヱルを、彼の父が拾い上げたこと。当時三歳だった彼を、ノヱルが遊び尽くす形でその面倒を見てくれていたこと。その未来で、ノヱルを研究した独自のヒトガタの素体が完成し、次々と新たなヒトガタが創られていること。

 そしてヴァンは、時流魔術のある程度を修め、満を持してこの時代にやって来た。

 もう十五年も前に交わした、“立派な魔術士になって会いに行く”という約束を果たすために。


 だがノヱルはもういない。彼は来るべき時を間違えたが、しかしそれは易々と選べるようなものでも無いらしい。


『でも、こうしてあなた方からノヱルさんのことが聞けて、とても嬉しいです』


 心残りは確かにあるのだろう。だが彼は喜びを湛えた表情で笑ったのだ。笑い、そして帰って行った。


(まだ話して無いこと、いっぱいあるのになぁ……)


 また、元の時代に帰るべき時も、自在に選べないのだそうだ。その機を逃すと、この時代に取り残された挙句にもう二度と元の時代に戻れないこともあるらしい。


(どうにかして、伝えたいなぁ)


 ヴァンが来てくれたことで、一つの悩みは解消した。この世界の終焉についてだ。

 ヴァンは殊理からこの世界のことを打ち明けられた際に、神――つまりはこの世界の管理者が不在でも、世界の崩壊が起きないようにすることは出来ると息巻いた。

 彼の住まう未来の“車輪の公国”(レヴォルテリオ)はまさにその問題を解決する方策を打ち出しては実行を続けている。先ずは同様に管理者が不在となり“死んだ世界”(デッドランド)となった異世界の座標を特定、その異世界を吸収する方法と、そして侵攻を仕掛けて来た異世界と接続して逆にその異世界の霊銀(ミスリル)を奪取する方法だ。

 他国では積極的に侵攻を進めようとする派閥もありはするが、公国はそれを阻み、あくまでも正当防衛的に霊銀(ミスリル)を奪取することしか認めていない。

 また、“死んだ世界”(デッドランド)とて、その世界が狂い果てた末に自動的に近隣の異世界に対し侵攻を仕掛ける無差別テロ的な動きを見せない限りは手を出さないとしているのだとか。


 何にせよ、この世界は存続する。少なくとも三百年は。なら、少しは気が紛れるというものだ。

 しかしレヲンは一体、いつまで生きていられるのだろうか――――もう辿らないあの未来では、十世紀近くは生きていたような気がする。


(あ……そうだ)


 そこでレヲンは思い付く。それと同時に起き上がってしまった手前、今直ぐにでも冥に相談を持ち掛けたかったが、しかし身体はやはり疲れているらしい。立ち上がろうとした身体が傾げ、今しがた起き上がったベッドに倒れ込んでしまった。

 気が付くと眠っていたのだから、本当に疲れていたのだろう。それでも色々な問題から目を背けられずに、ずっと気を張り詰めていたのだ。心がずっと強張っていたのだ。


 しかしこの一日で、それらのほぼ全てが解消した。

 未来はあるし、山犬だって生きている。ノヱルは――――それでも、ヴァンがいる。


 伝えたい。彼らの物語を、彼らとの物語を。




 そして聖都に復興の兆しが見え始めた頃、世界のあちこちで一つの“本”が話題になり始めた。

 そのタイトルは、“ヨンジュウシ”――――著者名に二人分の名前が並んでいるあたり、共作なのだろう。

 それは史実を基にした、少しばかり脚色された、事実であり創作である物語だ。

 人間によって創られ、人間を愛し、人間になりたかっただろう一基のヒトガタの。

 そして、彼を取り巻く、様々な人達の。


 その物語は、ひとつの少しばかり長い詩編で綴じられている。

 それを読み終えたヴァンは、遠い空を涙ぐみながら笑って見上げた。




   ◆



Ⅹ;神亡き世界の呱呱の聲

  -Nothing Needs Dedications.-


――――――――――fin.



   ◆




 いつかあなたが見せてくれた空の青を

 いつまでも私が忘れてしまえないのは


 ひと時として同じ色彩は無かった空の

 その眩いばかりのひとつひとつの下で


 肩を並べ共に歩み 背を預け共に戦い

 夢を重ね共に語り 命を懸け共に生き


 そうして紡ぎ上げた記憶の何もかもが

 降り注ぐこの光のように今も輝くから


 哭いた心が 痛んでも

 薙いだ赤で 傷んでも

 凪いだ風に 悼んでも

 抱いた祈りが異端でも


 あなたと もう 二度と逢えなくても

 あなたが もう 何処にもいなくても


 それでも確かに 物語はそこにあった


 倒れてもまた立ち上がり 立ち向かい

 立ちはだかる強敵に立ち竦みながらも


 それでも確かに あなたは遣り遂げた


 それは紛うことなき 勇姿そのもので


 永遠に繰り返されてきた運命を断って

 永遠に繰り返されてきた運命を破いて

 永遠に繰り返されてきた運命を穿って


 その結末を 見事に変えてみせたのだ

 その物語を 見事に終えてみせたのだ


 そして 始まりはまた訪れた

 そこに あなただけがいない


 あなたと もう 二度と逢えなくても

 あなたが もう 何処にもいなくても


 あなたを 世界が 忘れてしまっても


 それでもあなたが紡いだ物語はずっと

 ずっと まだ見ぬ果てへと続いていく

 いつかあなたと共に歩んだ旅のように

 ずっと まだ見ぬ未来へと続いていく


 さようなら、


 さようなら。


 あなたは

 私に降り注ぐ、“希望”(ひかり)そのものでした。

ここまでお読みくださり、本当にありがとうございました。

これにて「ノヱル、神を否定しろ-Noel, Nie Dieu.-」の本編は終了となります。


ですが実はあと1頁だけ、絶対にやらなくてはならない話があります。

ですので、もう1頁だけ、お付き合頂ければ幸いです。


それでは。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[良い点]  丁度二百話! お疲れ様でした。  最後にヴァンが来てくれるというおまけ付き! ノヱルとの再会は果たせませんでしたが、それが故の喪失感がありますね。  しかも後、一頁があるとのこと。こ…
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ