神亡き世界の呱呱の聲㉜ ――ノヱルの戦い・後編
そして【神の眼】や肉体の持ち主の記憶を読み取り直した神は、ノヱルの真の目的に気付く。
いつだってそうだった。
ノヱルという神殺しはいつだって、彼単体で敵を討ったことは無かった。
最初に相手した天使・神の爪の時は、一騎打ちを持ちかけてはそれを反故にし、止めは山犬が刺していた。
“食肉の楽園”における主天使・神の嗜虐と神の被虐との戦いにおいては、三基の神殺しが共闘して漸く打破している。
イェセロにて主天使・神の沈鬱を討った時にはレヲンが放った斬撃が無ければどうだっただろうか。
一度破れた熾天使・神の終焉と再戦した際も、結局は山犬が戦い勝っている。
そしてこの楽園の地で初めて彼が単身で倒した熾天使・神の聖誕は、そもそも彼女自身が自爆を発動させた直後のことだった。
つまり――――ノヱルという神殺しは、神を殺せるように出来ていないのだ。
だから、この戦いの最後も、他の仲間による横槍を待っているに違いない。
そこまで考えを纏め上げた神は、戦況を改めて確認した。
最後に創り上げた三体の熾天使は皆、破れている――しかし神の罪過を討った冥は呆然自失し動かず、レヲンが何時の間にか付き添っている。また神の淘汰を討った天は両脚の膝から下のみを残して消失した。唯一、神の永劫を討った山犬だけが、姿は晦ましてはいるが確かに残存し――――ならば、横槍を入れるのは彼女だ。
予測できるならば対策を打てる。
あの赤い悪魔は予想だにしない、心理の死角を衝いて打って出て来るが、しかしそのタイミングさえ抑えられたならば――――そして神は心の中でほくそ笑む。
隙を、見せつけてやればいいのだ、と。
それを決めた神は、慎重に慎重を重ねて“火”を練った。
襲い来る銃弾を斬り、弾き、穿たれながら。
迫り来る暴威を躱し、防ぎ、打たれながら。
降り注ぐ戦禍を潰し、葬り、喰らいながら。
まるで暴風雨のような弾幕には無数の剣戟で以て応じて見せた。
戦争そのものを凝縮したような猛攻に、さながら“粛聖”と変わらない四方八方からの猛威に、勇猛果敢な戦士の抗いを見せた。
そうやって立ち向かいながら、撃たれて弱っていく振りをしながら。
自らの内側で高速回転させ、その一層外側に緩やかに消えゆくような揺らぎを偽装した。
ノヱルは天のように霊銀の動きそのものを知覚するような機能は有していない――だが神はそのような機能を持ち合わせているかも知れないと、また山犬ならば勘付くだろうと念を押したのだ。
そして弾丸の嵐の中で堪らず膝を着いた振りをした。
――――そこに、赤い顎が飛び込んでくる。
(やはりな!!)
勝利を確信した神は、重たそうに飛び込んでくる赤色に首を向ける。
そしてその太く鋭い牙が己の肉体に食い込む瞬間に、溜め込んで練り込んだ火を爆発させた。
瞬間、【神殺す獣】へと変じていた山犬は燃え滓となり、その巨躯が焼け焦げたことで生じた黒煙と、その後に蒸発したことで生まれた白霧は周囲一帯を取り囲んで誰しもの視界を閉ざした。
ジュウニの輪をも包み込み、その様子にノヱルもぴたりと足を止める。
だが黒煙と白霧には、神が爆ぜさせた火の粉がふんだんに織り込まれている。
火は、霊銀だ。神の力によって統制された荒ぶるそれだ。
故に神だけは、その瞬間に足を止めたノヱルの居場所を掴んでいた。
(ここだ!!)
ぢゃぎりと構えた剣の金属質の鳴りは爆発の残響で聞こえない。
突撃の為に噴出した焔の轟音ですら。
そして突き出した一閃は確かに機械仕掛けの肉を貫いた。
その感触に目を見開いた神は、残る火のほぼ全てを投じて剣身から蒼い焔を迸らせ、【転輪する剣の焔】を繰り出した。
歴史が巻き戻る前に三体の熾天使が編んだ三つの魔術円を通したことで威力の増強されたあの一撃には流石に及ばないものの、此度の一撃は街一つをゆうに滅ぼし得る高出力だった。
先程の山犬同様、その一撃は森羅万象全てを消し炭と化し、そしてその直後に蒸発させて消失させる程のものだった。
だから、勝利を確信した神が驚愕に顔をわなつかせるのも無理は無かった。
引けど引けど剣を引き抜けず。
そして眼前の黒い影はいなくなってはくれないのだから。
「ざぁーん、ねぇーん♪」
ああ。
ああ。
――ガチン
「“ノヱル、神を否定しろ”」
煙の晴れた先で、山犬が嗤っている。胸の中心を穿たれ、しかしその貫く剣に肉を癒着させ、喰らわれながら喰らっているのだ。
「今回ばっかりは、ね?」
にこりと微笑み、そして神は恐る恐る後ろを振り向く。
「――ああ。つまり、己れが己れの手で敵を討つのは、今回が最初で最期ってことだ」
織り込み済みだった。
過去の戦績から、神がそう予測することなど、ノヱルには。
そして同時に、今回ばかりは自分の手で片を付けなければ気が済まなかったのだ。
神が宿る肉体を、どうしても還して貰わなければならなかったから。それを、寸分違わず遂行できるのは今の彼しかいなかったのだから。
「……エディ。待たせたな」
そして。
ノヱルは謳い上げる。
自らに刻まれた命題を、自らを規定するその呪いを。
ふたつの銃床で 起ち向い、
ふたつの砲身を 振り翳す。
鉄に揺蕩う 炸薬を燃べて、
誰も識ら亡い 銃声を謳う。
己はまるで、――――
「“銃の見做し児”」
――神を否定することが命題なのなら。
――私こそが、神を討つ弾丸となろう。
「“世を葬るは人の業”」
――
「ああ――――」
ジュウニは、揃った。
ジュウとは、希望だった。
希望では、神には届かなかった。
ひとつを足した。
神と漸く、そこで互角となった。
最期のひとつ。
ジュウニは、揃った。
それを以て初めて、神は絶望した。
ジュウニとは、絶望だ。
創弾魔術の補助的な役割をしか担わない、弾丸を射出する銃を創るという【銃の見做し児】は、肉体と魂とを主材として銃を創り出す。
肉体なら、そこにあった。機械仕掛けだけれど、そこに確かに。
魂なら、そこにあった。神を否定する命題を生まれつき刻まれた、無垢なる天使の魂が。
十二番目の銃――――それは、ノヱルだ。
「“神を否定する悪魔”」
零の刻の座に立つ、黒い翼を拡げた白い悪魔は一丁の歪な銃を突き出し。
周囲の拾壱の銃達を収束させたその銃口から放たれた光弾は、吸い込まれるように神へと溶けて行った。
神は最後まで抗おうと藻掻いたが、既に剣の全てとその柄を掴む手を山犬は飲み込んでおり、まるで停滞した時間の流れの中でゆっくりと徐々に突き進む光弾が自らをも貫こうと突き進むその風景を、これ以上無いと言う程の恍惚にうっとりと蕩けた表情で待ち呆けている。
何と運命的な、理想的な、そして絶対的な一撃だろう。
(ああ――これなら、満足して一緒に終われるなぁ)
そして捕獲する山犬ごと神を真っ直ぐに貫いた光弾は。
その身の内で、その身を支配する神性だけを蹂躙した。
どさりと両膝を着いた神は目を白黒とさせながら、自分自身から自分自身が失われていく恐怖に絶句し、しかし無くなっていくにつれて肥大する恐怖に絶叫する。
「嫌だ、嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ――――」
罅割れのように全身に光の筋が乱れ走り、完全に光に包まれた矢先、神の肉体は二つに分かれた。
全身を覆う光の粒が霧散すると、そこに倒れていたのはエディ、そして、エトワだった。
目をぱちくりと瞬かせたエディが顔を上げ、上体を起こし、立ち上がると。
かつて聖女と呼ばれた天使エトワもまた、何が起きたのか理解できていない表情で起き上がる。
「……ノヱルさん」
彼の目に映る、ノヱルは。
「……ノヱルさん!」
自らの身体が変質して出来た歪な銃を構えたまま、白く、白く、何処までも白く――――その目に光は無かった。その躯体に、命は無かった。
ノヱルは、もうそこにはいなかった。
ただ、彼の朽ちた躯体だけが、ひとつ遺されていた。




