神亡き世界の呱呱の聲㉗ ――天の戦い
「我が進攻を阻んで見せるとは見事だ神殺し! 改めて名乗ろう、我は“神の淘汰”! 神より賜りし位階は熾天使! さぁ神殺し、今度は貴様の番だ! その名を我が身命に刻めぇい!」
もっともらしい口上で煽り散らかした熾天使に、しかし天は何も答えない――いや、答えられないのだ。
度重なる“切断”の放出ですでに天は言葉を失っている。自らの意思は全て、振るう刃に載せなければ届けられない。
「下種が――戦場の秩序を知らぬと見えるっ!!」
薙いだ一振りを大きく後退して躱した神の淘汰は猛々しい顔貌に皺を寄せて舌打ちした。
彼は古い時代の天使だ。その時代の闘争と言えば一騎打ちが基本であり、大多数同士の決戦であっても頭目が互いに出でて名乗りを上げるのが習わしだった。
「――っ!!」
霊銀を斬り裂く【神螫】の一閃はやはり届かない。
目鼻の先で散るのは火の粉ばかり――しかし紙一重で避け切れない神の淘汰の表情はますます苦くなっていく。
「舐めるなぁぁぁあああああっっっ!!」
ぐ、と両拳を握り締め、胸を張ってその身体全体から前方へと紅蓮を放出する神の淘汰。
だがその一撃も、既の所で絶たれた空間の裂け目が作る障壁に防がれる。
「ほう――我が焔を弾くとは……その技、強いな」
蒼い悪魔の様相を纏う天は無表情のままに神の淘汰に視線を刺し、彼もまた鋭い眼光を返している。
「だが己が名も名乗れぬような者を強者とは呼ぶまい――ならば弱者。弱者は捻り潰すまで!」
ぐわ、と目口を大きく開いた神の淘汰――――しかしその身体から発せられたのは気合だけであり、特段何かが波濤したわけでは無い。
だが天はそこに何かを感じ取った。そして、瞬間的な反射神経で後方へと跳び退いた。
「退くは弱者の特権なり!!」
途端、天の知能的演算核内に違和感が生じる。その悪寒めいた感覚にぐらりと躯体を傾けてしまうと、それを機と見た神の淘汰が六対の翼を大きく広げ低く滑空し迫り来る。
しかしそれをまたも跳躍により避けようとした天だが、それが出来ない。
「かぁっ!」
「――――っっっ!!!」
突き出された焔を纏う拳は蒼い悪魔の鳩尾に深く突き刺さり――それでも尚、後方へと吹き飛ばない躯体を、やがてその拳は易々と貫いた。
「はははははっ! 弱者弱者!」
そのまま腕が腹部を貫いたまま神の淘汰は天の躯体を持ち上げ、そしてぶんと振り抜いて投げ捨てた。
10メートルはゆうに超えて放られた天の躯体は、しかし風穴が空いてもまだぎこちなく立ち上がり、刀を構えて見せる。
「ほう――しかし弱者は弱者。我が“淘汰”の前には消え去る運命よ」
神の罪過が自らが規定した罪を禁じたように。
神の淘汰もまた、自らが“弱い”と定義した事象を消失させることが出来る。
その馬鹿正直な性格故に、目に映る何もかもを無差別・無作為に消し去ることはしないのが弱点と言えばそうだが、しかしその権能の前には天も項垂れるしか無かった――彼が、万全であったならば。
最早、そうする機能すら切り捨てた。
「ほうっ! 彼我の力量を見ても尚立ち向かうとは、その心意気や善しっ!!」
佇まいは壊れ果てでも、戦闘行為となるとまるで衰えてなどいない――寧ろ、万全の時よりも更に研ぎ澄まされたかのような太刀振る舞い。
その様子には好戦的な熾天使も破顔し、焔で創り上げた青い両手剣を振るっては刃と刃を交えさせ歓喜する。
「いいぞ! いいぞいいぞいいぞ! 神を殺すのだろう、それくらいで無くてはなぁっ!」
時に火の粉を散らし、時に火花を散らす剣戟は打ち合う度に激しさを増し。
しかし“弱い”と断ぜられ、天だけが振るう刃を一つずつ封じられていく。
振り下ろしが消え。
薙ぎ払いが消え。
突き刺す一閃が消え。
斬り上げる太刀が消え。
「我が身に届かぬ弱き刃など消えて仕方無し!」
どれだけ霊銀を載せても、込めても。
やがて【神薙】が、【神緯】が、【神螫】が封じられた。
「弱い弱い弱いぃぃいいい!! そのような体たらくでよくもまぁ神を斬ろうと考えたものだぁぁぁあああああ!!!」
構えた刃も弾かれた際に遂には折れ、刀の全長は半分になった。
「弱者弱者弱者ぁぁぁあああああ!!!」
そして刀を失った衝撃で停止した躯体に、熾天使が振り抜いた一閃は風穴の空いた胴を真っ二つに断じた。
どれだけ強固で堅牢な防御も、その熾天使が“弱い”と断じるのならば無いも同然なのだ。
それなのに、ほぼ我楽多同然の天の躯体は易かった。斬られれば当然、断たれる程に――――
だが、弱者が強者に必ずしも劣るのならば、歴史は紡がれない。
時に強者は予想だにしえない事象で打ち滅ぼされる。稀に、弱者の手によって。
そうで無ければ革命は成し得ない。歴史は紐解かれない。
淘汰に抗い打ち勝つのはいつだって、“弱い”とされてきた中から生まれる突然変異だ。
天は既に自らに纏わる多くのものを犠牲にしていた。
追加機能だけで無く躯体本来の機能すら不全だ。記憶も定かでは無く、最早言葉すら紡げない――――成程、ならば弱いのだろう。
もう、あれだけ打ち鳴らされていた命題の声すら響かない。
刀を鍛え上げる鎚の音のような、あの呪い言――――
『・・- --・-・』
『何だ?』
『-・・- -・ ・・
---・ ---- -・-・
・- -・・- ---・- ・-・・』
『いるよ。僕はずっとここにいる』
もう一人の自分とも言える、あの影すらもう感じられない。
だがまだその繋がりは取っている。
『-・- -・ --・-・ -・-・ -・・・ -・・-・ ・・-
--・-- ・-・ -・ ・--- ・-・・ ・-・-・ --・-・ ・・ ・・・ --- ・-・ ・-
・-・-- ・・ -・・-・』
『でも、何だ?』
もう、自分のことを“賤方”と呼んでいたことすら忘れてしまった。
『-・・-・ --・-・ -・・-・ -・・- -・ ・・
---・ ---- -・-・ ・- -・--・ ・・-- ・-・ ・・・
――――
--・-- ・・-・・ ・- ・・-・ -・-- ・・ -・-・・
--・-- ・・-・・ ・- ・・-・ -・-- ・・ -・-・・ -・ ・・ -・--
・--・ -・-・・ --・-- ・--・ ・-・-- ・・・- -・ ・・ -・-・- ・-』
『当たり前だ。僕は、君だ』
神には届かないのだろう。だが、それでも構わない。
かつて――もう朧気で、何時のことだったかも判じれない程不鮮明だけれど、しかし確かに『お前の斬撃が必要だ』と、そう言ってくれた誰かがいた。
もう誰のことかは覚えていないけれど、定かでは無いけれど、心の底から焦がれる想いに駆られる誰かがいた。
それだけで十分だ。
何も残らなくてもいい、その事実がかつてそこに在ったならばそれだけでいい。
未来に、何も遺すことが出来なくてもいい。
ああ、何と不自由で、不条理なことか。
刀も、技も、能力ですらも。
気概も、信念も、理想も、何もかも失くしてしまったけれど。
望みは届かず、果てには行き着けず、一縷すら絶たれ、訪れた結末は望みすらしなかったものだ。
それでも。
(アア――デモ、セメテアシクライハ、アノコニノコシテアゲタイナ)
それでも。
かつて頼ってくれた誰かがいた。
出来ることなら、また何度だって頼って欲しかった。
かつて心を焦がした誰かがいた。
出来ることなら、また何度だって恋焦がれたかった。
もう、それらすらも無い。
それでも――――それでもいいと。
それだけでいいと、未来すらも切り捨てて放つ一太刀は。
『“切り捨てなければ、生きられない”』
「“神 絶”」
(おかしい……おかしい、おかしいおかしいおかしい! 何故だ、何故我が、どうして我がこんな風景を見ているのだ!? まるで、我が斬り伏せられたかのようでは無いかっ!? どうしてこんなに、世界が真横で――――何故、彼奴は立っているの、だ……弱き……者の……く……せに…………)
断たれた下半身は、悠然と白い大地に立っていた。
断たれた上半身は、何も持たないというのに、毅然と構えていた。
その二つを、深海のような蒼い影が繋いでいた。だがそれもやがて事切れる。
やがてがしゃりと音がして。
蒼く、だけれども鈍く輝く両脚だけが、そこには横たわっていた。




