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「ノヱル、神を否定しろ」—Noel, Nie Dieu.—  作者: 長月十伍
Ⅹ;Nothing Needs Dedications.
177/201

神亡き世界の呱呱の聲⑫

   ◆




 遥か遥か太古の記録。

 魔女が創り、神が管理する世界の記憶。


 人が、神から“火”を奪った。

 “火”により文明を得た人は、やがて繁栄を築く。

 神は当初それを善しとしたが、しかし人は段々と“火”を巡って争うようになり、誰も望まない在り方を世界は見せ始めた。


 神は計略を用い人から“火”の奪還を企てたがそれは失敗した。

 ほぼ全ての“火”を奪われた神は新たな天使を創ることすら困難となり、人々の行く末を見守りながらただただ力を蓄え続けた。


 天使ははじめ、人々に憑いていた。

 世界に生まれ、世界に生き、世界に死ぬ彼らがより善い命へと昇華されるよう導くために、そしてそんな彼らを守護(まも)るために。

 だが神はその命令を破棄し、気付かれないよう徐々に人々から天使を剥ぎ取った。

 “火”から創られる天使を再び“火”へと還元することで、神は失った“火”を取り戻していった。


 また、死した生命もまた神に“火”を齎した。

 そもそも、世界において命は“火”より生まれるもの――“火”そのものの管理権限は人に移ったが、“火”から命を創り、そして絶えた命を再び“火”へと還す魔術は神の手の内にあった。

 それは世界を創り上げた魔女によって齎されたものだった。

 それを用い、神は次々と生まれそして死んでいく命の総数が減じないよう極めて慎重に、時間をかけて自らが回収した“火”の勢いを強めていった。


 ある時、人は多く死んだ。

 凶悪な魔獣の発生により。

 新種の病原菌が振るった猛威により。

 あるいは、戦争を起こした人々自身により。


 その時も、人と人とによる諍いが原因だった。

 人には様々な色や形が与えられていたが、神と同じ形をした人々は自らのことを“真なる人族”(ヴェルミアン)と呼び、自分たちこそが世界の覇権を握るべき選ばれた者なのだと主張をしていた。

 かつて神から“火”を奪った事実を“神が火を我らに齎した”と捻じ曲げて流布した一神教は世界において最も力をつけた勢力に育っていた。


 聖天教と名付けられたその宗教はやがて神とは異なる色と形とを持った人々を“亜人種”と称し弾圧をし始めた。

 個体が持つ能力ではしかし、それら亜人種の方が優れているという事実は真なる人族(ヴェルミアン)によって伏せられ隠された。


 異なる形が生まれるのは世界に散在する“霊銀”(ミスリル)のためだ。

 魔術の素となるその物質は、活性率が高まると結びついた物質を変異させるきらいがあった。

 亜人種は、動物に起こった変異が恒常化し新たな生態系を獲得した結果の存在だった。

 だが変異によって生まれた命の中には、そう出来ずに一代限りで絶えてしまったものも多い。


 あの村で生まれた少女もまた、固有の変異を宿して生まれた“異人”だった。やがて彼女は“地上に齎された天使”として、聖女となるべく聖天教団に迎え入れられた。

 他方で、両腕を翼として持つ少年は父親によって棄てられ、森の魔獣に育てられた。

 父親から彼を守ろうとした母親はその父親によって殺され、森の魔獣もまた人によって殺された。

 少年は捉えられ、見世物小屋にて変異によって異形を持つ他の魔獣たちと同じ“商売道具”として生きることを余儀なくされたが、天使もまたそこにいた。布教のための旅路の途中で賊に襲われ少年よりも先に見世物となることを強いられてきたのだ。


 少年と少女との邂逅は後にその時代において最も大きく世界を揺るがした大事件を生み出す。

 “空の王”(アクロリクス)という異名を冠し、教団によって暗殺されたあの少女の報復のためにかつての少年は自らと同じ異形者たちを多数引き連れ聖都を襲撃した。

 多くの犠牲を生んだその事件の結末は“空の王”(アクロリクス)の斬首による敗北で綴じられたが、しかしその後魔獣の群れが聖都を襲った。“空の王”(アクロリクス)の怨念が呼び寄せたのだという噂が流布されたが真相は定かでは無い。

 

 真実を(つまび)らかにすれば、魔獣の群れを(けしか)けたのは神だった。

 しかしそれらの()()()()を受けても、人々は滅びなかった。

 何と強く逞しい命だろうか――一人一人は脆弱でも、徒党を組むことで、群体となることで無限にも思える程に力を増すこの生き物を、やがて神は恐怖した。


 しかし聖都を襲った惨劇と悲劇により、更に多くの“火”を回収出来た神は、更に力を蓄えた。

 同じように時折計略を生み落とし、魔獣たちを差し向け、悲劇を生み、潰えた命を我がものとした。




 その昔、神を殺す方法ばかりを考えた狂人がいた。

 彼は別に神に恨みを持っているわけでは無かったが、しかし神という存在を殺すことが出来れば、その方法、或いはその器は兵器としてこの上ない利益を生むだろうと考えた。

 いつだって戦乱は悲劇を生むが、そこで開発され培われた技術と知見は後に大いなる発展を生んだことを、彼――“狂人”クルード・ソルニフォラスは知っていた。


 やがて人の代わりに戦争を代行する人型戦略支援躯体(ヒトガタ)が生まれ、そして戦争の時代が終わりを迎えると、彼らは人型自律代働躯体(ヒトガタ)と名を変え、役割を変え、その国の人々の生活を支援し、それによりその国の生活基盤は安定し、そして技術は更に発展を重ねていった。


 神はそれが堪らなく恐ろしかった。

 ()()()()()()手足となる端末を創り上げることを人が可能とする未来は思い描けなかった。

 思い描けなったと言えば彼らが用いる武器もそうだ。

 剣や槍、魔術ならばまだいい。

 魔器――とりわけあの、弾丸を射出しそのエネルギーを以て対象を撃ち抜く“銃”の存在を、神は知らなかった、思えなかった。


 だからこそ十分に蓄えた“火”から多くの天使、そして天獣を創り上げ、“粛聖”(ジハド)を開始した。

 一早く世界の覇権をその手に取り戻し、人の未知なる邁進を阻まなければならないと己の内の火をごうごうと燃やした。


 しかしやはり、その思惑に立ち向かうのは人の想いだった。

 クルード・ソルニフォラスが復讐のために創り上げた三基のヒトガタは、天獣と天使とを打ち破り、【禁書】(アポクリファ)などと言う叛乱軍と邂逅し“粛聖”(ジハド)に抗った。

 途中、人から半神の身に成り上がったツワモノもいた。

 三基は四基に増えた。


 それでも尚、神は拡がりつつある人の支配から世界を守るためにそれらの想いを打ち砕いた。

 あの天使と呼ばれた少女を内に秘める聖剣に適合した少年兵を新たな神の器として転生(寄生)を果たし、神の聖誕(ヒェニシエル)から取り戻した力で新たな天使たちを創造し、それらとともに繰り出した焔熱で楽園ごと彼らを焼き払った。


 それで、全てが終わる筈だった。

 そうじゃなかったのは、もう――――誤算としか言う他にない。


 知らなかったのだ。神は、彼らのことを知らなかった。

 彼ら神殺し(ヒトガタ)がその基底に、本当に神を殺しうる魂を持っていたことなど、神は――――

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