神亡き世界の呱呱の聲①
いつかあなたが見せてくれた空の青を
いつまでも私が忘れてしまえないのは
一時として同じ色彩では無かった空の
その眩いばかりのひとつひとつの下で
肩を並べ共に歩み 背を預け共に戦い
夢を重ね共に語り 命を懸け共に生き
そうして紡ぎ上げた記憶の何もかもが
何もかもが 何もかもが 何もかもが
◆
「ノヱル、
神を否定しろ」
Noel,
Nie
Dieu.
Ⅹ;神亡き世界の呱呱の聲
-Nothing Needs Dedications.-
◆
「来ましたね――神殺し」
最後の天使がそこに降り立つために膨大な熱で以て静かに溶断させ創った竪穴を降りてその場所に立った二つの影。
神殺し。
その二基の姿を見て彼らの名を呟いたのは、果たしてエディだったのか、それとも受け継がれた“火”と共に彼の身体の支配権を奪った聖女の魂だったのか。
断じよう、その二つのどちらでも無いと。
「エディ――――」
「……いえ、彼ではありません」
神の軍勢は【神の眼】という霊的な器官で以て繋がっている。彼らは互いに、自分では無い他の軍勢が見聞き知った全てを共有することが出来た。
だからエディの形をしたソレは、天使や天獣たちが知る“神殺し”の記録と同期した自身の記憶から、彼らの名を言い当てたのだ。
だがソレの内側の奥深く潜むエディの意思もまた、同じように彼らの名を呟いていた。
それは驚愕では無かった。期待でも無かった。ただただ落胆の声だった。
自分自身の不甲斐なさを、浅ましさを、愚かしさを、ただただ呪う呟きだった。
「お前、誰だ」
ノヱルは問い放つ。
彼はエディのことを好いていた。そのような感情であると認識した事実は無かったが、人間の心模様で語るならばノヱルがエディに抱いていた気持ちは好意という分類に属していると言えた。
自分たち“神殺し”では無く、またレヲンのように奇跡を体現した英雄でも無く。
才というよりは伸びしろのある、だがしかし限りなく凡夫の域を出ない、そんな彼が。
そんな彼のまま、それでも“神殺し”の域へと辿り着こうと、努力と修練を重ね邁進する姿に感じ入るものがあったのだ。
だから、そんなエディが半屍半生のように変わり果てたことに驚きを隠せなかったし、だがそれだからこそ天がその身の内で燃え上がる聖女の呪いを“切断”で以て断ち切ったことには幾許かの安堵を抱いたのだ。
それ以上に天の変わり様に心を揺さぶられた彼ではあったが、だがその後に続く熾天使との闘争の最中にも、そして山犬が合流した後で彼女の口車に乗りこの大聖堂へと転じた際にも。
ノヱルの心の片隅には、エディへの心配が常にあった。
そんな彼は今、明らかに別の何かになってそこに佇んでいる。明らかに別の何者かの視線で以てノヱルや天を見詰めているのだ。
「見て、解りませんか? ――ああ、“神殺し”は確か、“何よりも先に信仰を放棄した国”で生まれたんでしたっけね。それならば仕方ないのかも知れませんが……」
エディの姿をしたソレでは無く、隣に侍る最後の天使がくすくすと嗤い、そして。
「無礼極まり無い」
ごう、と風が吹き荒び轟くように、甚だしく荒れ狂う霊銀の圧が二基を押した。
咄嗟に各々の方向へと跳躍した二基は、その瞬間に“悪魔”の様相を身に纏っていた。そうしなければ殺られるという確信があった。
だが、最後の天使はただ言葉を吐いただけだ。しかしそれこそが、その天使の最大の能力とも言えた。
「残念ですが、神はお忙しい身――とてもじゃありませんが貴方方に構っている暇など無いのです」
慈愛の表情はしかし明らかに嘲笑っている。その一瞥は一蔑とも言い換えてよかった。
眉間に深く皺を刻んだノヱルは、既に展開した【無窮の熕型】に弾丸を装填し終えていた。
涼やかながらしかし真剣さを表情に貼り付ける天もまた、鞘から抜いた蒼刃をすらりと構えている。
「天使――お前は邪魔だ」
差し向けた手の前には高速で回転しながら浮遊する天球のような異銃。
大気を歪める程に周囲の霊銀を揺さぶりながら、【無窮の熕型】は込められた意思を解き放つ。
「“猟銃”――“神亡き世界の呱呱の聲”!」
それぞれが直角に交わる三つの歯車の一つ一つから放たれた黒い光弾は、それでも微笑みを絶やさない天使の眼前で弾け空へと舞い上がり、そして地上へと降り注ぐ流星群の様相を見せた。
黒い流線の殆どは神の軍勢の頂点とも言える天使目掛けて雪崩れ込む。
エディが現在どうなっているかは一目瞭然だ。何しろノヱルの索敵機能は最高位の熾天使よりも上位の存在であることを断定しているし、天もまた一目見た時からあれがエディの姿をしているだけの全くの別物だとは見抜いている。
だが、エディの片鱗があることもまた確かだ。
何しろ姿は呪われて半屍半生になる前の、健康で万全のエディをただ白く清廉に染め上げたようなものだ。
もしもあの身体の内にいるのが“神”だとしても、ノヱルにはエディがそれ即ち消滅したのだとは決め付けたくなかった。
そう――ノヱルは天使だけを狙う振りをしてその実、エディを狙えなかったのだ。だからこそ目標へと向けての自動追尾が付随する【猟銃】での一撃を選んだのだ。
だがその思惑や無意識の運びがどうだろうと、結果は全く変わらない――ノヱルの神を射殺す銃撃は、天使の命にすら届かなかった。いや、黒い流星群は天使から俄かに立ち昇った膨大な熱の障壁に全て溶かされてしまったのだ。それはつまり、繰る熱の甚だしさで言えばあの神の終焉と何ら変わりは無いといこと。
その事実を目の当たりにしたノヱルは舌打ちするも、しかし直後、口の端を仄かに持ち上げる。
星降る最中――間隙を縫って天とそして冥とが選んだ行動とは、至高の聖性が放つ圧に中てられて傅き動けないままだった四人を二人ずつ、両肩に担いで逃がすことだった。
「余所見してんじゃ無ぇっ!!」
二基の動きを察知し手を差し向けようとした天使へと向けて、空いた両手に【雷銃】を創出したノヱルは数百と言う弾を天使へと向けてばら撒きながら、同時に【葬銃】へと換装した【無窮の熕型】に大地をも歪ませる一撃を装填する。
一撃一撃の威力は【双銃】にも劣る【雷銃】の通常弾は、しかしその連射性と速射性において他の銃型を遥かに上回る。
大した手傷を喰らわせることは出来ないものの、ノヱルにとってそれは織り込み済み。装填が完了するまでその場に足を縫い付けられればそれで良いとしか思っていない。そして、それはきっと上手くいく筈が無いとも。
だが天使が纏う熱は太陽のように、近付く全てのエネルギーを輻射によって押し返して無力化する。
それどころか、弾丸の全ては空中で蒸発した。天使の放つ膨大な熱量が、形あるままでいることを一切許しはしなかったのだ。
しかしそれでもノヱルは腐らず、装填の終わった【無窮の熕型】から六つの光球を吐き出させた。
光球は三つ巴の角度で高速回転する歯車球の周囲を衛星のように周回し、そして落雷を束ねたような太い柱状の光条を一斉に撃ち出した。
空へと向けて。
「“葬銃”――“神亡き世界の呱呱の聲”!」
天使がこの底に到達するためにこさえた竪穴は狭い。
ノヱルは熱波により天使たちを牽制しつつ、神殺の一撃で以てその穴を拡張したのだ。
何のために――――勿論、四人を抱える天と冥が確実に逃げ果せるように、だ。




