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「ノヱル、神を否定しろ」—Noel, Nie Dieu.—  作者: 長月十伍
Ⅸ;EL (Everlasting Lackluster)
165/201

真性にして神聖なる辰星の新生⑮

   ◆




 異骸(アンデッド)は、遺体に宿った霊銀(ミスリル)により汚染されて生まれる。

 本質的には生前の者とは全く別個体である彼らは、しかしその大本である遺体に残された記憶の一部を引き継ぎ、また死の間際に最も強く震わせた感情を大きく歪めてそれに妄執する。

 引き継げる記憶の程度は遺体の新鮮(フレッシュ)さによって異なる。無論、新鮮であればあるほど生前の習慣や癖なども持ち合わせ、近しい人を欺き、最も多い“命が欲しい・生き永らえたい”という想いに駆られ他者の命を奪う。


 毒によって身体の自由を奪われ、半ば意識を持ったまま炉に()べられた聖女エトワが最期に抱いた想念とは、“人間への復讐”だった。

 教団という組織の中で生きることになった彼女は、聖典に語られる歴史と本来の神話との乖離を知り、繰り返されてきた歴史の中での過ちを知り、だがそれでも諦めなかった。

 迫害され続けてきた者たちの罪――それがあるのかすら疑問ではあるが――それを赦すことで受け入れ、異形者たちを受け入れる社会を作ることで、過ちを少しずつ正そうとしていた。


 その想いを奪われ、命を奪われ、未来を奪われた。あろうことか、教団そのものに。


 そして聖剣に封じられた彼女の魂とは、本来の彼女の魂とは全くの別物だ。

 それは在り方で見れば異骸(アンデッド)と一緒だ。歪んでいるとは言え異骸(アンデッド)も、永く生きればその分だけの知識を得て成長する。


 だからエトワは、そんな幻影を見せれば、そしてそこで自分の幻が赦しを与えれば。

 エディが、そうとは知らずに“火”に手を伸ばすだろうと知っていた。突き刺して同化した際に、彼の望みや憧れを見て知ったからだ。彼ならばそうすると知っていた。


「エディ!」


 冥は未だ封印の間の片隅の影に隠れながら事態を見詰めていた。だが突如として湧き上がる夥しくも悍ましい“死の予兆”を嗅ぎ取り、漸くそこで少年へと駆け寄ろうとした。

 同時に、封印の間へと辿り着いたガークスたち四人もエディの姿を見付けて声を上げて駆け出した。


 そんな彼らの手が届くより早く。

 プロメテウスから譲渡された“火”は白銀色に彼の身体を燃え上がらせると、その清廉さは聖女の呪いによって黒く塗り潰されていく。


 ()()()()使()が訪れたのも、その瞬間(とき)だった。




   ◆



Ⅸ;真性にして神聖なる辰星の新生

  -EL (Everlasting Lackluster)-


――――――――――fin.



   ◆




 まるで鋭利な刃物で刳り貫いたように空いた天井からは極彩色の渦を巻く空を望め。

 そこから差す一条の光の柱は黒く染まった炎を身から噴き出すエディの周囲を白く明らめると。

 骸骨のように痩せ細った白髪の老人を抱く一人の女性型の天使がそこにはいた。


「こんにちは」


 ただ一言、そう呟いただけだった。

 まるで無垢な笑顔で、慈しむ声を投げかけたのだ。それも、挨拶のような気軽さで。

 だと言うのに、エディから噴き上がる黒い炎は鳴りを潜めた。

 ガークスやミリアム、サリードとバネットはその声に気付けば全力で跪いていた。頭を垂れ、奥歯をがたがたと震わせながら地面を真っ直ぐに見詰めていた。

 そうはならなかった冥はしかし飛び退き、遥か遠くの壁面に張り付いて闇に紛れていた。そうしなければ彼らのように支配されるという確信があった。心に“死”を齎されるという直感があったのだ。


「“火”を使った結界だなんて、本当に厄介なものを創り上げたものです。感服いたしました。おかげで、こうして教皇自ら解いていただけるまで本当に貴方の居所が分からなかったんですよ?」


 天使は明らかに、熾天使だった。

 あの神の終焉(テロセル)同様に樹形図ほど拡がった光輪と、今は畳まれているが六対の白翼。

 体躯は一般的な成人女性と然程変わらないが、その柔らかい物腰といい、得体の知れない薄気味悪さが渦巻いている。“脅威的”とは違った怖さを纏っているのだ。


「でも貴方がこうして、()()()()()に“火”を継いでいただいたおかげで、私たちも宿願を果たすことが出来そうです。ありがとうございます、プロメテウスさん」

「宿願……?」


 すでに“火”を失ったプロメテウスは、同時に半神としてその身に宿していた能力(ちから)さえも失っていた。

 弟のエピメテウスは思考を放棄し野獣のように振舞うことであらゆる身体性能を遥かに強力な高みへと昇らせることが出来たが、プロメテウスはそのような直接的な能力には恵まれなかった。

 だがしかし、彼には“未来視”という能力が授けられた。文字通り、未来を予知することが出来、そしてそれはそこに至る道筋を変えてしまえば変化させることが出来るという、これ以上無いほどの強力な権能だった。

 それ故にプロメテウスは神から火を盗み出すことが出来、神に“火”を奪い返されないようにこの地で自らを封印する手段を構築出来たのだ。


 だが、エディに“火”を明け渡したプロメテウスはその“未来視”すらも失った。

 その能力(ちから)は“火”に融け、エディへと注がれた。そのエディは聖女の呪いによって再び黒く染まり上がっており――――そんなことは関係なく、熾天使はにこりと微笑みながら彼を見詰めた。


「おめでとうございます、名も知らぬお方。“火”を受け継いだ貴方には、次代の“神”になっていただきます」

「――神?」


 喉から絞り出すようにしてその問いを発したエディに、熾天使が抱き締めていた骸骨のように痩せ細った老人が枯れ枝のような手を伸ばした。

 そして熾天使は老人をひょい、と放る。咄嗟にエディはそれを抱き締めようとして――――骸骨のように痩せ細った老人は、白く燃え上がる炎に包まれると光の粒に霧散しては抱き留めようとしたエディの身体に融け込んでいった。


「!?」

「先代の神は、あのように枯れてしまいましたから。ですから、本当に丁度良かったです。貴方のような若人ならば、やりようによっては四百年は持つかもしれませんし」

「――――ぁ、っ」


 そして両手の空いた熾天使は、気が付くと何処から取り出したのか判らない一振りの剣を携えており、そしてその切っ先はプロメテウスの左胸を貫いていた。

 誰もそれに反応出来なかった。殺気はおろか、攻撃する気配すら無かったのだ。害意を一切持たないそれは、例えるなら挨拶の際に手を挙げる素振りにも似ていた。


「プロ、メテウス、さん……」

「さようなら、原初の人よ。もう二度と、悪いことはしちゃ駄目ですよ?」

「か――――ぁ、っ――――」


 息を引き取り横たわる彼を、ただエディは呆然と見下ろしていた。

 だがぽんと叩かれた肩に振り向くと、屈託なく笑む熾天使はその場に傅いてエディを見上げる。


「さぁ、新たなる神よ。“火”を継承したこの世界の主よ。その“火”で以て私たち天使を創造し、私たちの国にかつての楽園を取り戻しましょう」


 どくん――高鳴る心臓の鼓動は、一体()()()()()()()


「英雄になりたかった貴方にはこれ以上ない運命の導きでしょう。何せ、英雄を超えて神へと成れるのですから――勿論、貴方が望むのなら。人間の大地にこれ以上の“粛聖”(ジハド)は要りません」


 どくん――その昂ぶりは、果たして恐怖なのか期待なのか。


「寧ろ望むとしても、先ずは神の国を再建しなくては。天使とて、もう私だけになってしまいましたから――ああ、申し訳ございません、申し遅れておりました。私は“神の聖誕”(ヒェニシエル)。“終焉”と対を成す、“始まり”を告げる者」


 どくん――手にした“希望”は、果たして誰にとってのものなのか。


「――俺は、」


 心臓をゆっくりと握り潰されるような悪寒でくらくらと眩暈を覚えるエディは()()()()()

 告げて、それが自らの意思では無いことに気付いたからだ。

 呟いたのはエディの声。だがしかし、そこにエディの意思は無い。


 それは――――呪う聖女の言葉だった。


「神となり、そしてこの世界から人間を、いや真人(ヴェルミアン)を滅ぼすと誓う」

「「「「「!?!?」」」」」

「ええ、それを望むのなら、勿論それがいいでしょう――――奪い返した“火”と神から受け継いだ“火”で以て天使を、天獣を三度創り、楽園から迸らせる()()真人(ヴェルミアン)を焼き尽くしましょう。神の軍勢による“最後の審判”(ドゥームズデイ)を」


 希望など無かった。

 エディは白くそして黒く燃え上がる二つの“火”の中心に立つあの聖女の背中を己の内側で呆然と見詰めながら、彼女が自分の身体を操って宿願を果たそうとしているのをただ黙って見ていることしか出来ない歯痒さに絶望を抱き、自分を呪った。

 またも、選択を誤った。

 またも、運命に裏切られた。

 またも、手を伸ばして掴んだものは絶望だった。


 希望など何処にも――――だがあるとするならば。


「エディっ!!」

「エディさん!」


 それは、“ジュウ”の形をしているのだろう。


「ノヱル――――天――――」

「来ましたね――神殺し(ヒトガタ)

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― 新着の感想 ―
[良い点]  なぬっっっ!  まさかラスボスはエディ!?
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