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「ノヱル、神を否定しろ」—Noel, Nie Dieu.—  作者: 長月十伍
Ⅸ;EL (Everlasting Lackluster)
163/201

真性にして神聖なる辰星の新生⑬

   ◆




「はぁっ、はぁ――――っ」


 山犬が自身を細分化して聖都中に散らばり、神の軍勢を悉く喰い散らかしていったそれこそが契機だった。

 自壊していく天使や天獣、それ故に手の空いた黄金の戦闘人形(オートマタ)

 レヲンはそれを察したからこそ、ただ機を待ち、そして一気に攻勢に転じる。


 【千尋の兵団】(プライド)を解除し換装した【三日月】(バルディッシュ)による【月吼】(ゲッコー)は、突然の強襲に面食らった神の報復(アンテピセシエル)を縦に両断する。

 その身体が炎へと散る様を見届けず、レヲンは瞬時に兵装を【獅子の牙】(ダンデリオンズ)へと変じさせ、短距離跳躍により距離を取っては反撃に転じる神の刑罰(ティモリアエル)の猛攻を障壁で防ぎつつ【魔弾】(タスラム)で牽制しそして反転する機動で一気にその首を断ち切った。


 号を発しながら幾つもの魔術を繰り出す神の呪い(カタラエル)。だがそこで再び【千尋の兵団】(プライド)が殺到し、座天使は数と言う絶対的な力の前に膝を着く。


「く――そ――――」

「――――ごめんなさい」


 ざぐり――槍の穂先が深々と突き刺さり、天使の身体が炎へと散っていく。

 さりとてレヲンも度重なる換装と魔術の行使、兵団の指揮で疲れ切っていた。疲弊はもう苦痛となり、未だか弱いとも言える身体に幾つも負った傷の痛みも燃え上がる熱のように彼女の精神を蝕んでいた。


 それでも。


「……行かなきゃ」


 彼女は立ち止まるわけにはいかない。

 行くべき場所は――誰もがそうであるように――とうに分かっている。あの大聖堂を目指すのだと、魔を視通す眼が彼女に告げている。


「終わらせなきゃ……」


 そこから発せられる霊銀(ミスリル)が帯びる熱は、神の軍勢が放つ七色の炎に似ている。

 ならば神はそこに現れるか、もしくはもう現れているのかもしれない。

 それを討つのが“神殺し”だ――――レヲンは、自分はそうじゃないけれどと心の中で独り言ちながら。だがその神殺し(ヒトガタ)たちと肩を並べ共に戦う仲間の一人として、前に進むことを選択した。


 終わらせなければ、続くしか無いのだ。

 続けて欲しくないなら、終わらせる他に無いのだから。



 そして。

 そうやって大聖堂へと、足を引き摺りながら向かうレヲンがそこに到着する二十八分前――――プロメテウスはエディに最後の問い掛けをした。



「……君は、どうしたいんだ?」

「え」


 言葉に詰まるエディ。この場所に、どうして来たのかすら定かでは無い自分。

 そんな自分に語られた、この世界の成り立ちと、そして人間が犯した、いや犯し続けてきた原罪。


「俺は……」


 貫かれ半身を汚染したあの聖剣に秘められた聖女の魂ですらもう何も紡いではくれない。

 とっくに自分自身の気持ちなど、折れて拉げ、断ち切られてしまっているというのに。


「俺は……」

「君は?」

「俺は…………」


 英雄になりたかった。もう、()()()()とは()()()()()()

 何も無い、空っぽになってしまった自分。

 分不相応な夢を抱いた、何もかもが中途半端だった自分。


 これ以上、無様な醜態を晒さずに何が出来ると言うのだろう。

 ふと、後ろ髪を引かれたような気がしてエディは振り返った――そこには沢山の屍が積み重なって出来た一本の道があった。


「……ぁ、あああ、」


 彼らは、そして彼女らは、エディを生かすために犠牲になった()だった。

 そして彼らは、彼女らは、エディと共に神の軍勢と戦い死んだ()だった。


 思い出す――自分は、そんな彼らの死を踏み越えてここまで歩んで来たことを。

 それなのにここで立ち止まって何も出来ずに、何の決断も出来ずにいる自分に、彼の道を作ってきた彼らの屍は起き上がり、血塗れの、折れて拉げた、肉を削がれた、痩せ細った、毒に侵された、それぞれの死を宿したままの腕を伸ばす。


「――――あああああ!」


 屍たちは思い思いにエディに纏わりつく。足元を、腰を、服を、防具を、腕を、首を、頭を、髪を掴んで引っ張り合う。


「やめてくれ、やめてくれ!」


『どうして』

『お前が俺達をこうしたんだ』

『お前のために死んだ』

『お前ならやってくれると信じてたのに』


「やめて、やめてくれ――――」


『お前だ』

『やめるのはお前だ』

『やめさせてなるものか』

『進め』

『行けよ』

『神を討て』

『英雄になれ』


「やめ……やめ……て……」


『討て』

『討て』

『天使を討て』

『天獣を蹴散らせ』

『僕達の分まで』

『私たちの代わりに』

『神の軍勢を』

『根絶やしにしろ!!』


「…… ………… ……………………」



「死んだ人は何も思わないよ」



 はっと、我に返されたエディは何時の間にか閉ざされていた瞼を目いっぱいに開いて前を見た。

 清廉な空気を纏い、背の翼を大きく広げる少女の影が、そこにはあった。


「……エトワ」


 聖女エトワ。霊銀(ミスリル)汚染により生まれつき両翼を持って生まれ、そのために天使だと持て囃され、しかし人間により命と未来とを奪われた聖剣の魂。

 彼女は人を憎んでいた筈だ。

 それ故にエディを黒く染め上げ、呪いによって半ば異骸(アンデッド)へと変え、その身から放つ黒い怨嗟の炎で以て聖都を焼き尽くすつもりだった。

 それが阻まれ、つい今しがたまで彼女は沈黙を決め込んでいた。だからエディは混乱していた。

 そんな彼女がどうして今になってそんな言葉を掛けて来るのか。

 そもそも、その言葉が真意ならば彼女の呪いも、恨みも、何も無くなってしまう筈だ。


「何で? だって、君は」


 ふるふると首を横に振るエトワ。その表情は翳ってよくは見えないが、聖剣がエディを突き刺す直前に見せた黒々としたものでは無いように思えた。


「死んだ人は何も思わない。今の私ですら、あの頃の、裏切られて死ぬ間際の感情の残滓(残りカス)でしかないの」


 異骸(アンデッド)は遺体が霊銀(ミスリル)汚染に晒された結果発生する歪んだ生命だ。それは遺体に残された最期の感情を歪め、増徴させ、暴走させる。

 聖剣に結びついた魂であろうと、結局は聖女エトワも殺された後の遺体が鋼に融け込んだ結果だ。在り方としては異骸(アンデッド)に変わりない――それはつまり、彼女の言葉は真実だと言うことだ。


「だから私は、……今のこの私は、復讐に憑りつかれた怨嗟の化身。それでも()()()()はきっと、復讐(そんなこと)なんて望んでいないと思う」


 少女の輪郭から発せられた白い光の粒が、エディへと流れ込んでいる。

 それは何処か温かく、同時に何処か哀しいものだった。

 その感覚を“無念”と捉えたエディは、その想いによって自らの内に湧き上がっていく感情を目の当たりにする。


 あんなに潰えてしまいそうだった“憧憬”(あこがれ)が、今再び自分を満たしている。

 英雄になりたかったという想いは、今再び英雄に()()()()という強さに達した。

 プロメテウスが差し出そうとしている“火”をその身に受け、神の軍勢に対抗するあの神殺し(ヒトガタ)たちと肩を並べる強さを、エディは()()した。


 気が付けば幻覚はさっぱりと消えていた。ただただその熱望だけが在った。

 だから眼前で凝視するかつての半神に、エディは力強く右腕を伸ばす。


「いいのか? 受け入れたとしても、教皇(この男)のように燃え尽きてしまうかもしれんぞ」

「そうはならない。俺は、貴方の“火”を受け継いで、“粛聖”(ジハド)を、神の軍勢による蹂躙を終わらせるっ!」


 死人に口無し――死した者の想いなど、誰にも知れない。

 だがそれを規定出来るのは今そこに生きる者だけだ。未来へと向かう生者だけが、死者の想いを足枷にも追い風にも出来る。

 そしてその遺志に背中を押してもらいたいのであれば。前を向き、突き進むしか無い。

 幾度となく決めた覚悟を折られ、腐り、それでも尚ここに来て立ち上がったエディは、何度目かの覚悟を決めた。

 自分は世界に愛されていないと宣う彼だからこそ。

 自分は運命に選ばれなかったと宣う彼だからこそ。


 世界を愛するため、運命を選ぶために戦うことを決めたのだ。


 そしてそんな彼だからこそ、そんな決断を、覚悟を、決め込む彼だと知っているからこそ。

 聖女エトワは、願ったのだ。

 信じて、()()()のだ。


 “火”をその身に受け継いで宿し、神に匹敵する力を得ることで、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

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[良い点]  エディィィ!  闇落ちからの復活キター!
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