真性にして神聖なる辰星の新生⑩
生まれつき超人的な力を宿していた。
時には“半神”と呼ばれることすらあった。
そんなエピメテウスの肉の内には、咄嗟に兄から分けられた“火”が渦巻いていた。
大気を焦がし、大地を焦がす程に荒れ狂う霊銀の奔流を整えて鉄塊とも言えるような無骨な大剣を創造したエピメテウスは、門から飛び出てくる天使たちを斬り伏せていく。
一太刀を振るうごとに嵐かと思うほどの風が逆巻き、炎で出来ている筈の天使たちを消し飛ばすほどの爆発が沸き起こった。
消し炭になった霊銀結晶すら残らない程だ。
だが神はパンドラの門が開くのと同時に、世界各地に神の門が開くよう予め設定していた。
パンドラの門から飛び出して来た天使たちを虐殺したエピメテウスだったが、それを成し遂げた頃には満身創痍であり、最早戦えぬ程、自らの力だけでは立ち続けられぬ程に消耗・憔悴し切っていた。
故に大地は蹂躙されていく――そこでプロメテウスは、かねてより画策していた罠を解き放った。
“種火”を分け与えるのと引き換えに各国に造らせた水門を開かせ、意図的に洪水を起こして世界を蹂躙する天使たちを一網打尽にするという罠だ。
その行使権はプロメテウスにこそあり、各国は半ば冗談半分にその計画を聞き流していたが、遂にその時が訪れると誰しもが我だけはとプロメテウスに救けを求めた。
だがプロメテウスは容赦しなかった。
人間を、人類を生き延びさせるにはそれしか無いのだと。
予め選別しておいた少数の人間を残して、彼らを“箱舟”に乗せた後で世界を丸ごと水没させた。
押し寄せる水は神の門を通じて神の国へまでも流れ込み、燃え盛る火ごと天使たちを根こそぎ浸食した。
人間も、神も。
双方が互いに、致命的なほどの深手を負った。
だからこそプロメテウスはそこで漸く重い腰を上げ、守られた地下から現れては未だ閉じない門から神の国へと押し入った。
そして息も絶え絶えな神と交渉したのである。これで手打ちにしろ、と。
神の国は氾濫する水により世界同様に殆どが水没した。
それを再建するための“火”をくれてやると。だからそれで終わりにしろと。
人間を憎むなと。恨むなら、神に生まれた宿命を恨めと。
プロメテウスはもはや人間では無かった。
踵を返し立ち去ろうとする背中に向けて矢を放った天使の生き残りがいたが、その矢が彼に届く前に彼が纏う業火の如く燃え盛る大気に阻まれて焼失した。
神はそれを眺め、そして息絶えた。
天使はそれを眺め、戦慄した。だがその姿が消え失せると、神の亡骸を抱いて大声を上げて泣いた。自らが消えてしまうほどの涙を流して号哭に咽んだ。
選別された人間の中には、生後間も無い幼児がいた。エピメテウスとパンドラの間に生まれた男の子だった。
英雄の超人的な力と、神造人間の神性を共に宿す彼は成長するごとに強く逞しくなり、やがて彼は王としてプロメテウスより“種火”を授かり国を作る。
そして彼の下に集った人間は世界に散らばり、各地に埋もれた“火”を取り戻し、再び世界を発展させていく。
喪われた文明が、文化が再建され。
冶金技術が、蒸気機関が、電気装置が、科学技術が、そして魔術知識が取り戻されていく。
それと同時に。
ほんの少しの“火”を取り戻した神の国もまた、その力を徐々に取り戻していく。
やがて“火”はいつしかその存在を忘れ去られ、或いは秘匿され。
歴史は経典により歪めて伝えられ。
王は聖王と呼ばれ、そのうちに教皇と呼ばれ出し。
世代が経るごとに繰り返された歴史は逆転する――神以外の力を取り戻した神の軍勢が、全ての“火”を再びその手に取り戻さんと“粛清”を始める。
それが、それこそが。
この世界の、正しい歩みだったと――――プロメテウスは語った。
ただただエディは、それをじっと聴いていた。
「私こそ、神の軍勢が取り戻したい最後の“火”――私がこの身に宿す“火”を取り戻したなら。神は生まれ変わり、今度こそ世界は焼き尽くされるだろう」
大聖堂の地下の最奥――封印の解かれてしまったその空間の中心に鎖されたプロメテウスは、自らの足元に転がる焼死体を一瞥しながら苦笑した。
「この、教皇のように」
現代の教皇、グシュネハルトは聖都に大規模な“粛聖”が及んだと報せを受けるや、黒く燃える中を決死の覚悟でこの封印の間へと足を運んだ。彼がここに辿り着くまでにあの黒い炎に飲まれずに済んだのは、教皇としての証である王笏に封印の間へと転移する魔術が刻まれていたからだ。あの聖像の床の隠し階段は、万が一の時に備えてのものだった。
サントゥワリオ大聖堂は聖天教最大の聖地であると同時に、その地下深くにプロメテウスを幽閉するための巨大な封印装置の役割をも担っていた。
寧ろ、プロメテウスがかねてより自らを隠匿する場として機能していた地下空洞を起点として造られたのがこの大聖堂であり。つまりこここそが聖天教団の始まりの地とも言える。
そしてエピメテウスの血を引くグシュネハルトは、かつての英雄が神の軍勢を悉く討ち倒した時を再現するために“火”を自らに宿そうとプロメテウスを訪ねたのだ。
大聖堂は黒く破壊されようと、プロメテウスを秘匿し守る封印は解かれない。だがそのままでは誰も彼に邂逅することは出来ず、グシュネハルトは自らの血と王笏の魔術によってのみ可能な“封印の無効化”を施し、幽閉された彼の前に躍り出た。
だが、やはり物事にはいつか誤算が生まれるものだ。
彼にとっての誤算とは、その肉体が“火”に耐えられなかったことだった。
当然だ――――長い歴史の果てに薄まった血は、奇蹟の体現である魔術こそ行使できる基礎を保持していたとしても、あの超人的・半神的な英雄の御力を再現できるに程遠い俗物めいたものと成り果てていたのだから。
「……君は、どうしたいんだ?」
「え」
問われ、エディはそこで漸く思考を取り戻した。
思えば大聖堂に舞い戻り、地下への隠し階段を発見してから彼に出遭うまで、まるで【禁書】の部隊を抜け出して大聖堂へと舞い戻った時のように、記憶が思考と結びつかなかったのだ。
言うなれば、誰かに操られてここに来た――――無論、その誰かは定かでは無いが、思い当たる節ならば一つだけある。
「俺は……」
その思い当たる一つの節に問い掛けてみる。胸の内、心の深い奥底で、最早現在の自分自身の一部となったソレは、だがしかし何も返して来ない。
断たれた聖剣は。
その内に秘める聖女の魂は。
もう、何も紡いではくれないのだ。
「俺は……」
「君は?」
「俺は…………」
英雄になりたい――そんな想いが、確かにあった。
だが今のエディにあるのは、英雄になりたかったという想いだ。
聖女の魂を宿す、あの呪われた聖剣に貫かれ。
半死半生などという人間でも異骸でも無い中途半端な、だけれども確かに化け物である存在に作り変えられ。
一個人をそこまで呪う程に傷つき疲れ果てた少女一人すらどうにもすることが出来ず。
共に肩を並べ戦うも善戦すら出来ず。
憧れを抱いた英雄に期待されるも全然応えられず。
とてもよく似た境遇の一つ下の後輩に追い抜かれては嫉妬し。
全て、分不相応の憧憬を抱いた自分の不始末の果ての果て。
エディには、もう自分が何を出来るのかも、何をどうしたいのかもすらも分からなかった。




