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消えない肉沁み④

「ひとつ――真なる人族(ヴェルミアン)はどういう扱いをされているんだ?」


 ノヱルの問いに、ランゼルが豚鼻を鳴らして答える。


「……真なる人族(ヴェルミアン)は神に背く悪敵だ。だからこの国では見つけ次第捕まえて――」

「それは誰がそう指示したんだ?」

「……天使様だ」

「天使――」


 ノヱルの目が強く見開かれた。深い紫色に縁どられた金色の瞳が放つ熱を孕んだ視線にランゼルはたじろぎ、身を寄せる妻の衣服を思い切り引っ張ってしまう。


「そうか――この国には天使がいるのか。何処にいる?」

「ミ、」

「ミ?」

「――食肉の楽園(ミートピア)だ」


 ほう、と小さく吐息を漏らしたノヱル。山犬は相変わらず皿の上の調理された肉や野菜をがつがつと食べ散らかしている。


「その、食肉の楽園(ミートピア)とは何だ?」

食肉の楽園(ミートピア)は工場さ。ほら、車ん中で話したろう?食肉工場を案内すると――この国で最も食べられている食肉を生産しているのが、天使が直轄管理するその工場なのさ」

「……この肉も?」


 山犬が今しがた持ち上げた肉を指差すノヱル。夫婦とノヱルの三人の視線が注がれたことで山犬の食指は止まり、目だけをぎょろりんこと巡らせて三人の顔を眺め回す。


「……食べる? 美味しいよ?」

「要らねぇよ」


 頭を抱えるようなノヱルの素振りに、眉根を寄せた豚面の夫人が口を開く。


「美味しいのは本当だよ」

「それは今訊いて無い」

「そうかい……」

「はぁ――()れの見立てでは、この肉の成分は真なる人族(ヴェルミアン)と合致するが?」

「……そうだよ。この国で食われている肉の大半が真なる人族(ヴェルミアン)の肉だ」

「つまり、食肉の楽園(ミートピア)というのは捕らえられた真なる人族(ヴェルミアン)を解体して食肉にする屠殺工場ということか?」


 ごくり――山犬の喉の蠢きが一際大きく響く。彼女とてその話題には興味があるらしく、咀嚼を続けながら目を向け耳を欹てている。


「いや、違う違う」

「何だ、違うのか」

「捕らえた真なる人族(ヴェルミアン)は確かに天使様に突き出すが、余所者(よそもん)を解体した肉なんて食わねえよ。そうじゃなくて――食肉の楽園(ミートピア)ってのは、“粛聖”(ジハド)で生き残った真なる人族(ヴェルミアン)子供(ガキ)たちを飼育して食肉に加工する工場だ」


 ずず、とスープを啜っていた山犬の食事音が止まる。耳をピクピクと蠢かせた彼女は皿から口を離して顔を亭主へと向けた。

 対照的にノヱルは殆ど動かないまま、ひどく冷淡な表情で亭主の語りに聴き入っている。

 その内情は計り知れない。顎に当てた手から伸びる指が彼の唇を弄る姿は、多少なりとも怒りが含まれているようにも見える。


「60年前、神様の軍勢が天使様と天獣様を引き連れて真なる人族(ヴェルミアン)の大掃討――“粛聖”(ジハド)を起こしたのは知ってるよな?」

「いや、悪いがつい最近稼働したばかりなんだ。製造年代もちょうどその頃で――だから己れたちにはその粛聖(ジハド)とやらの知識も無ければ、その後人類がどうしてきたのかも解らない」

「そうなのか」

「いい。それより続けてくれ」

「あ、ああ……」


 フリュドリィス女王国(クィーンダム)から始まった粛聖ジハド。神の軍勢は女王国(クィーンダム)を蹂躙した後、東へと進軍した。

 次いで狙われた隣国ヴェストーフェンもまた天使と天獣により破壊され尽くされた。しかし真なる人族(ヴェルミアン)以外の多くの種族が虐げられながらも共生していたこの国では女王国(クィーンダム)のような無差別破壊では無く、ただただ真なる人族(ヴェルミアン)のみが狙われ、虐殺されていく。


 そして2年が過ぎ、このアリメンテの街に天使が舞い戻った。

 遣わされた天使は僅かばかり生き残った真なる人族(ヴェルミアン)に、まるで悪魔のような破顔を見せながら存命を許可されたことを告げる。


『ただし――貴様らの命は他種族の糧とする』


 そうして造られたのが“食肉の楽園”(ミートピア)だ。

 ヴェストーフェンで真なる人族(ヴェルミアン)に次いで数の多く、そして器用で食や科学にも精通していた食べる人族(ヴェントリアン)がその運営種族に抜擢されると、人類を食用に創り変える研究が進みやがて飼育法が確立され、5年後に漸く食肉の楽園(ミートピア)は軌道に乗る。


 国家における程度の差はあれ、世界的に真なる人族(ヴェルミアン)が他種族を虐げていたのは概ね事実だ。また粛聖(ジハド)の根本的原因が真なる人族(ヴェルミアン)であることを天使たちが流布したことにより、真なる人族(ヴェルミアン)を食肉とすることへの抵抗は殆ど見られなかった――それを、美味しいと食べるかは別問題として。


 しかし段々と()()()()の需要は高まり――というのも、度重なる飼育法の改革や希少食材への興味、そして粛聖(ジハド)が進み真なる人族(ヴェルミアン)への他種族の憎悪が薄れていったことで、段々と人々は躊躇いも無くその肉を口にするようになる。


 稼働から53年が経過した今では、幼少期から買い付けを行う好事家(マニア)まで現れる始末であり、食肉の楽園(ミートピア)における食肉産業はこのヴェストーフェンという国、とりわけこのアリメンテの街で最も盛んな産業に発展したのだ。



   ◆



「どうして、って……」


 シシは戸惑った。これまでにそんな質問をされたことは一度として無い。

 自分は生まれたその瞬間から食肉として、美味しく食べられることが本望であり至高の喜びだ。

 シュヴァインら食べる人族(ヴェントリアン)は自分たちが最高の食肉として美味となるよう飼育するのが生業であり、その恩に報いるためにもなるべく高値で売られるように自らもまた努力すべきなんだと、その生き方に疑問を抱くことは無かった。


 それをそのまま伝えると、天はどうしてだか儚げな表情をした。シシにはその理由は判らなかった。


「貴方は――“自由”を知らないのですね」

()()()?」

「ええ――自由。自らを由とし、自身以外の誰からも強制されず、また束縛されず。自分自身の思考と感情、本能と戒律によってのみ従う、自己実存の道標(みちしるべ)


 シシにはそれらの言葉の意味は解らなかった。だから天を真似して、遠くの夜空に視線を投げてみた。星以外に見えるものは無く、だからシシは天が何を見つめているのかも判らなかった。


「食べられるということは、即ち死ぬということです。それは分かっていますか?」

「うん、知ってるよ。でも皆、ブロックに解体される時には笑顔で行くんだ。だからボクもきっと、そこに行く時はきっとこれ以上ない幸せなんだと思う」

「そうですか」


 無論、シシが見たことのあるのは検査に合格し担当飼育員との別れを済ませ解体場へと赴く際の笑顔だ。解体現場をその目にしたことは無い――しかし天はそれについては何も言わなかった。


「ねえ、天」

「何でしょう?」

「ボク、美味しくないのかなぁ……他の皆は大体10歳から12歳くらいには出荷されたり、もっと凄い子は8歳くらいに買い手が決まって宿舎から出て行くんだ。ボクはもう15歳になるのに、検査で不合格ばっかり……シュヴァインさんの作ってくれるご飯だってちゃんと残さず食べてるし、ボクに合わせて調整されたプログラム通りの運動や勉強だってこなしてる。でも、体重は一向に増えないし、テストの点だって……」

「勉強もするのですか?」

「そうだよ。賢い子の方が、脳みそが美味しいんだって」

「なるほど」

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