真性にして神聖なる辰星の新生②
「あれは――――」
見渡す限りの空が渦巻いていた。
ぱりぱりと紫電を迸らせ、追い遣られるように退いた雲たち――割れた空に覗く渦からは、幾千幾万を超えて最早予測することすら馬鹿らしくなるほどの軍勢が降りてくる。
その中心に、その神々しいにも程がある輝きがあった。
「――――神の終焉!!」
六対十二枚の巨大な翼をはためかせ、もはや霊樹のように伸びた光輪を冠し。
そして、太陽のように燃え上がる夥しい霊銀を纏った熾天使。
未だ空の上、見下ろす冷淡な表情はあの日と全く変わらない。
「舞い戻ったか。思ったよりも早かったな」
ダヅンッ――強力な鳥銃の一撃がその胸を穿つも、その瞬間に炎が燃え上がるようにして傷が塞がる。その様子を見る限り損傷は無いと断じていいだろう。
「ちっ――」
だがその結果ならばノヱルとて予想はしていた。
熾天使と言えば天使の最上位の階級であり、最も神に近しい存在だ。
その肉体は全て霊銀から出来ており、それもその霊銀の活性度はあのように燃え上がる形で見て取れるほどに昂じている――形を得た霊銀汚染と言っても間違いではない。
ならばそれを崩せるのは“神殺し”としての一撃に他ならないだろう。
――ガチン。
撃鉄が落ちる音のような呪詛がまた響く。
“ノヱル、神を否定しろ”
「ああ――言われなくてもそのつもりだ」
そしてノヱルが自らを神殺しの魔弾を創成する悪魔の形に変じようとした時。
「ふふ」
天もまた、その刃に秘めたる悪魔をその身に融合させる。
だが。
「忌々しい傀儡どもだ――また消え去れ」
地上へと降り立った神の終焉は差し向けた指先から強制転移の光弾を放つ。
それは変身・憑依よりも速くノヱルと天との胸を穿ち、二基は現れた極彩色の渦に飲み込まれ消えてしまった。
だが。
「同じ轍を踏むかよっ!」
飲み込まれたその瞬間、その場所に再度現れた極彩色の渦を裂いて白い悪魔は現れた。
天もまた、空間を切り裂いて成した極彩色の渦からのそりと踏み出すと、蒼い悪魔の様相で帰還を果たす。
「全く芸の無い……底が知れますよ?」
「ほう――――時空を超越するか」
天の【断ち切らずには、生きられない】は既に自らの力のみで時空を超越している。
転移された先の“王国”から帰還する際に、時間の経過と距離の隔絶の二つを切り捨てることでそれを成したのだ。
ノヱルと言えば――
転移先の“車輪の公国”からの帰還にはノヱルの創弾魔術では無く時計塔に秘められた魔術を要した。
そしてその際に受けた魔術の恩恵を紐解き、その魔術を自身の【魔銃】に追加したのだ。勿論、白い悪魔の状態で且つ【無窮の熕型】を介さなければ行使できないのだが。
結果、二基は自らの力のみで神の終焉の力に打ち勝った。それを見届けた神の終焉は冷淡な相貌を破顔させると、べろりと舌なめずりをする。
「素晴らしい――愉快だ、愉快だよお前たちは」
「あ? こっちは全く愉しくねぇな」
「同感ですね」
「はぁ? お前はどっちかって言ったらあっちと一緒だろうが」
「そうだったと思うんですが……どうやら戦いを愉しむという心を切り捨ててしまったようです」
「マジかよ」
「ええ、大真面目です」
にたりと嗤う神の終焉は再び指を差し向ける。
「効かねぇっつってんだろ!」
放たれた光弾を穿つ【魔銃】の銃弾と、そして放たれた光弾を斬り付ける斬撃。
最早この二基には命中すらしないという結果を見て、さらに破顔を深める熾天使の形相。
「いい、すごくいいぞ――お前たちならこの私を満足させてくれそうだ」
「勝手にイってろ、クソ天使」
「言葉が悪いですよ――ですが賤方も同じ気持ちです」
だが敵は眼前の熾天使だけでは無い――極彩色に染まった空から降り立つ無数の天使や天獣もまた、開戦の合図を待っている。
「行くぞ、神殺し!」
そして、火蓋は切って落とされた。
放たれた号と共に駆け出す軍勢――しかし神の終焉は二基との対決を望んでいるのか、他の天使や天獣は対峙する三者を避けてその後方に控える【禁書】たちを、そして更にその奥の街を目がける。
「させないっ!」
それを阻む、匹敵する以上の夥しい数を有する緋色の羽虫たち――冥が行使した【自決廻廊】だ。その術を喰らった軍勢は進路を変えて黒い死神めいたヒトガタへと殺到する。
「全軍、進撃っ!」
それも含め――軍勢に対抗するは金色の軍勢。
旗槍を掲げ金色に染まる霊銀の波動を纏うレヲンは周囲に【千尋の兵団】を召喚した。
「サリードさん、お願いです、街の方々を!」
「分かった!」
言われ、サリードら【禁書】の面々はエディを担いで街へと戻る。天が連れて来た殊理もまた彼らに追従する。
「山犬! お前も街の方に向かえ!」
「いーの?」
「ああ。そっちを守る方がお前はたらふく喰えるだろ」
「……分かった」
くるりと踵を返し、山犬もまた冥やレヲンを擦り抜けて【禁書】を追う。
その様子に、レヲンや冥は何処かおかしさを感じながらも――しかし目の前に拡がる戦場がその懐疑を打ち消す。
「天、前頼めるかっ!?」
「誤射は勘弁ですよっ!」
燃え上がる霊銀を固めて創った大剣を手に神の終焉は天と斬り結ぶ。
蒼い悪魔と化した天はのっけから抜き放った蒼刃で以て幾多の斬撃を見舞うも、それらは悉く神の終焉の緋剣に阻まれる。
巨きい剣ではあるが、その技術は卓越を超えている――天の剣戟と遜色ないほど緻密に描かれる斬閃の軌跡はそれだけで極上の絵画に匹敵した。
縦横無尽に駆け回りながら繰り出される高速の剣戟。
時に噴く火は地を舐め風を焦がし、時に迸る光弾は地面を貫き木々を倒す。
神の終焉と天の戦いは互角だ。いや、勢いで言えば神の終焉が僅かに押している。
だからこそノヱルは取り出した自らの魔導核を【無窮の熕型】に展開しながら、その両手にも【双銃】を召喚する。
浮遊して追従する【無窮の熕型】から遠隔射撃を放ちながら、自らも間隙を縫って斬撃と銃撃とを繰り出すのだ。
白い悪魔の攻撃は蒼い悪魔を誤射するどころか、要所要所で寧ろそれを援けている。
ノヱルの銃撃は神の終焉を仕留めるのではなくその動きを阻害することを第一の目的としており、時にその緋剣を弾き、時にその退路を塞ぐ。
かつての天ならばそれを厭ったかもしれない――だが今の天は違う。協力を無碍にする“驕り”はもう切り捨てられている。ならば天はノヱルが創った隙を衝いてここぞとばかりの“切断”を繰り出すだけ。
それでも致命に届かないと言うのだから――――熾天使はやはり、強大だった。




