真性にして神聖なる辰星の新生①
恣に 終焉を
まるで 魔王
◆
「ノヱル、
神を否定しろ」
Noel,
Nie
Dieu.
Ⅸ;真性にして神聖なる辰星の新生
-EL (Everlasting Lackluster)-
◆
「お前、何やってんだ」
「何、とは……見たままの通りですが」
倒れ伏した少年の傍らで、撫子髪の男は青髪の男の胸倉を掴み上げた。
紫紺の軍服の袖から伸びる、黒い革手袋に包まれた手が青髪の男の海の浅瀬を思わせる襯衣の襟元を捻り上げ、しかしほぼ同時にその捻りと同じ方向に撫子髪の男の身体がぐるりと横転した。
胸倉を捕まれたと同時に、得意とする柔術で以て投げ飛ばしたのだ。虚を衝いて繰り出された技は、正しく男の身体を空転させた。
「がっ!」
衝突音とともに土煙が舞い上がり、倒れ伏した少年に駆け寄っていた闇色の髪の少女はぎょっとした。
柘榴色の髪の少女は青髪の男を真っ直ぐに見詰めている。
「申し訳ございません――貴方が相手だとこの躯体が手加減してくれないのです、不思議と」
「……お前、どうした?」
もう、気付いた。
ノヱルだけでは無い、山犬もまた、天の変わりように気付いてしまった。
そんな中、エディが苦悶の呻きを漏らす。
「ぅ――――え、……生き、てる?」
「エディ!」
飛び跳ねるように躯体を起こしたノヱルは駆け寄り、その勢いに冥は後退る。
山犬は、未だ天をじぃっと見詰めていた。その視線に気付いた天は、二度ほど目を瞬かせると、一歩だけ前進し、山犬に正対する。
「貴女でしたか」
「……何が?」
「夢ですよ」
呆れたような溜息を吐き、斜め下に視線を落としながら山犬は「バレるの早すぎ」と独り言ちた。
それをふふふと笑んだ天は、姿勢を正しては深く頭を下げた。
「え、何?」
「ありがとうございます、山犬――貴女がいなければ、賤方は戻ることが出来なかった。神殺しとして、貴女達と再び肩を並べることも無かった」
仰天したのはノヱルだった。息を吹き返したエディも心配だったが、寧ろ天の方が心配だ。
だから冥にエディを預け、ノヱルは立ち上がって天に歩み寄る。
「……お前、本気でどうした?」
「いえ……話すとかなり長くなってはしまうのですが……」
「天っ!」
そこに、先程まで隠れていた殊理が合流する。戦いの気配が終わって顔を出してみれば、天から自慢のように聞かされた仲間と特徴の合致する面々がいたからだ。撫子色の髪に紫紺の軍服、柘榴色の髪に鮮血のような虹彩など、世界中探しても見つかるとは思えない。
「えっと……あ?」
「ああ、そう言えば隠れてもらっていたんでしたっけね。どうも、物忘れが酷くなりました。まぁ、問題は無いでしょうが」
「お前……気持ち悪いな」
「貴方の髪の毛程では無いと思いますが――あいや、今のは躯体が勝手に喋ったこと、賤方に悪意はありません」
そんな二基の遣り取りを、山犬はどこか寂しがるような双眸で見詰めていた。
「しかし……この状況、どうしたもんかな」
応急処置を施したエディは気を失っているものの命に別状は無さそうだ。と言うのも、天が繰り出した“切断”は彼を蝕んでいた奥底の霊質のみを切り捨て、その肉体には一切の傷を齎してはいなかったのだ。
しかしエディが纏った聖剣の穢れきった黒い炎により街は未だ消火活動に追われ混乱の最中にある。延焼が陽の落ちた夜空を赤く染め上げ、悲鳴じみた喧騒が何とも耳障りだ。
「そもそも、ここで何が行われる予定だったのですか?」
天使の気配を追ってやって来た天は【禁書】がこの地に赴く理由を知らない。それはノヱルも一緒だったため、顰めっ面のまま山犬と冥に振り向く。
「えーっと……かちこみだっけ?」
「お姉ちゃん、違う」
とぼけにとぼけた回答に冥は嘆息するも、だがしかし山犬の答えは物事の本質をよく捉えていると言えた。
此度の遠征の目的は【闇の落胤】の掃討だ。そしてそれを牛耳っているのは聖天教団であるという眉唾の情報から、サントゥワリオくんだりまで足を運んだ。
冥は既にパールスの平野にて【闇の落胤】と交戦している。敵にも【禁書】の動向は筒抜けている、ということだ。
だから帰還したノヱルの【無窮の熕型】により瞬時に移動できたのは大きい。エディたち本隊は既にサントゥワリオに到着していたが、陽動のための別動隊の移動速度ではあと二日はかかる。
別動隊の戦力が大きく削がれてしまってはいるが、山犬と冥の二基が本隊に合流できたと言うことは、本隊の戦力が遥かに助長したということになる。そこにノヱルとそして天も加わったのだ。肝心のエディが心配ではあるが、戦力という話であれば何も問題は無い。
十中八九、【闇の落胤】の親玉が聖天教団であることは間違いない――それが【禁書】内部における共通見解だ。そして、エディたち本隊はそれを確かめに、あわよくばその掃討を目論んでいるのだ。
加えてそれが本当であるならば、聖天教団は“神の軍勢”と繋がっている――――それが事実なら、ノヱル達“神殺し”にとってはこの上ない僥倖だ。
「一度、サリードたちと落ち合おう」
「そうだね」
ノヱルの言葉に頷く山犬の表情から、先程天との遣り取りを眺めていた何処か寂しそうな雰囲気はもう消えている。
だがそもそもその雰囲気に気付いた者はここにいない――だからそれが一体何だったのかと疑問に思う者もいないのだ。
「おーい!」
そして、ちょうど良くというタイミングでエディを追いかけてきていたサリードやバネット、ミリアムにそしてレヲンたちが駆け込んで来る。
未だ赤く染まり上がった空が割れ、極彩色の渦が盛大に拡がったのもそのタイミングだった。




