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夢・デマ・他愛・魔性㉑

 牛×××は魔術士では無い。そもそも彼は、霊銀(ミスリル)の希薄な、それ故に魔術という文明が生まれず根付かなかった世界に生まれた。

 自らとは異なる世界の存在すら幻想の中にしか無いと信じ切っていた世界だった。それ故、異世界からの来訪者が現れるまでその世界には名前が無かった。

 来訪者が現れたことで初めて彼らは自らの世界を“イノセンシア”と名付けた――霊銀(ミスリル)が無に近いほど疎であることから“無垢の地”(プルステラ)と呼ばれていたことから付けられた名だった。


 そんな世界で生まれ育った彼は、当然のように魔術など使えた例が無かった。幼い頃はそれを行使する未来を思い浮かべたこともあったが、だがしかし彼には魔術に変わる、彼を没頭させ熱狂させるものがあった。家に代々伝わる軍刀術だ。


 何度も何度も一心不乱に、或いは我武者羅に刀を振った。

 軍刀術を継いで後世へと伝えて行くことは自らの使命だと薄々気付いていたし、そのことに何の疑問も何の不満も無かった。

 有ったとすれば――――鍛え上げたその術でもし仮に人を斬ったとしたら、一体どうなるのだろうという稚拙な疑問だった。


 その心をひた隠しにしたまま、自らの深淵のさらに奥底深くに閉じ込めたまま、成長を重ねて行った彼は、しかしそう出来てしまえる最良の――同時に最悪の――()()と出遭う。

 愛する妹に降った悲劇――六人の大学生に輪姦(まわ)され、彼女は彼に『殺して』と頼んだ。

 妹を手にかけた彼は、その後六人を殺し切った。そして自らもまた死を受け入れ、刑罰を受けて息絶える筈だった。


 目を覚ましたのは――――電脳遊戯(ビデオゲーム)の世界だった。

 そこでかつての同級生と邂逅を果たし、いつか過ぎ去った青春を取り戻し、失い、また取り戻し――――結局、彼は未来のために自らを犠牲にすることを選択する。

 電脳遊戯(ビデオゲーム)の世界で生まれた自らの複製に彼女と自らの未来を託し。

 自らは、やらなければならないこと――その世界を終わらせることを担った。


 その、最果てで。


 何度も何度も、我を忘れるほど軍刀を振るい、自らの未来すらをも斬り捨てた彼は忘我の果てでその真理の一面に到達した。


 ありとあらゆるを――あらゆる世界の、あらゆる物質、あらゆる事象、あらゆる概念、あらゆる存在を分け隔てなく(あまね)くその(すべ)てを()()()()()、“切断”という真理の一面。


 そこに到達した彼は――――魔術を知らぬまま、修めぬままに“斬閃の魔術師”(セイバーワークス)へと成ったのだ。


 その“斬閃の魔術師”(セイバーワークス)が繰り出す必殺の、必滅の一撃を。

 もう何度も、何度も何度も、天は涼やかな顔で防ぎ切っていた。


 唐竹に振り下ろされた一閃を、横薙ぎに振るう太刀筋で以て。

 左方から斬り上げられた刃筋には、真っ向から袈裟に断つ斬撃で以て。


 “切断”という概念そのものを再現する魔術師(ワークスホルダー)である筈の牛が、どれだけ斬り込もうとも。

 その一撃一撃を、いとも容易く、天はその全てを防ぎ切る。


 返す太刀はやがて速度を増し。

 半分に断たれた筈の白刃は首筋に届く程に伸び。

 段々と、牛は押されつつあった。


 だと言うのに。

 だと言うのに。


 天の表情は鬼気迫らず、反して何とたおやかなことだろうか。

 これが人を斬ろうと言うもののふの顔か。

 これが命を断とうと言うつはものの顔か。


 何と――――(いびつ)で、美しい。


 柄を握る手に力みは無く。

 刀を振るう躯体(からだ)に強張りは視えず。

 ただただ自然に、そうすることが当たり前であるかのような自然体。

 斬ろうとして斬っているのでは無い――――()()()という結果の前に、ただただ一挙手一投足が据えられているだけだ。


「まさか」

「さぁ――――どうでしょうか。と、言うより……そんなことはもう、()にはどうだっていいのです」


 幻視する己の影――いや、()()()()()()()()()影。


 何もかもが似ていた。

 生まれた世界と創られた世界、育った環境と在った環境。始まりこそ違えど、そこから先の彼らは殆どが同じだった。


 いつしか胸の内に抱いていた欲動に囚われ。

 愛する者をその手にかけることしか出来ず。

 出来ることと言えば刃を振り回すことだけ。


 ならばこの未来は必然か――――自分自身を切り捨て、忘我の(はて)、その深淵でその真理に辿り着いたのは。


 そこまで、同じだと言うのか――――だがだからこそ牛は嬉しかった。


「天――――本当に、感謝します」


 どれだけ斬ろうとしても、斬られてはくれない相手が(つい)に現れたのだ。

 もしも妹を手にかける前に、天のような存在が彼の前に現れてくれていたら――――きっと、彼の人生は全く違う結末を迎えていただろう。

 だがそんなたらればで過去は変わらない。

 殺戮鬼へと仕上がった独りの魔術師(ワークスホルダー)が生まれないことは無い。

 魔術師(ワークスホルダー)は真理へと到達すると同時に、到達した真理のその一面に名を刻まれる。

 真理はそれ自体があらゆる事象・概念を司って包括する故に、真理自体はあらゆる事象・概念から切り離された存在だ。そしてその一面に刻まれた“到達者”の存在も、それが真理に到達したのだという事実も、どれだけ過去を改変しようと世界を作り変えようと拭い去ることの出来ない事実となる。


 つまり、真理に到達してしまったが故に、どう足掻こうと牛という斬閃の魔術師(マーダラー)は生まれてしまうのだ。異なる世界船においても、いつかそうなってしまうのだ。


 牛はその罰でしかない確約された事実を受け入れた。だが本当は、受け入れたくなかったのかもしれない。

 やり直すことが出来るならば――――手にかけた17歳のあの頃に立ち戻り、今度こそ妹と共に苦しみを耐え忍び、どれだけ時間がかかろうとも共に生きていつか幸せになる未来に臨みたいという気持ちは心の底の熾火のように燻り続ける。


 だがそんな一抹の希望すら切り捨てたからこその斬閃だ。

 己の全てを切り捨てたからこその真理への到達だ。


 ならば――――天は、一体何を――――――――



「はああああああっ!」


 渾身の力を振り絞った一撃。

 それはもう軍刀術では無く、一つの()()――――周囲の霊銀(ミスリル)を吸い込み、断たれた半身を復元して放つ斬撃の魔術。

 刃は本来の長さを超えて延長され、そうなる毎に重さと速度とを増して天の身に振り下ろされる。


「《戦型:天牛》――――《神薙(カンナギ)》!!」


 仄かに目を開いた天は――だがやはり、驚愕と言うには程遠く。

 その斬術を、何処かで見たような気がして、ああ、そんな技を自分も確か使っていたなあと――――まるで懐かしむような微笑みを見せたと同時に、同じ【神薙】(カンナギ)での切り上げで以て相殺を果たす。


 激しい衝突音は衝撃波となって周囲に波濤し、びりびりと闇色の大気を叩いては白熱する閃光が俄かに周囲を照らして散る。

 息を飲むどころか最早することすら忘れそうなほど、ただ見ているだけしか出来ない殊理は――だがやはり、天の身を案じて胸の前で祈りのように組んだ両手をぎゅっと握り締めた。

 そして出来ることなら、あの牛に謝罪したかった。無論、天にも。経緯がどうあれ、死にたい仮初でしか無い絶望から「殺して」と口走ってしまったこと。それが発端で、彼らが字義通り命を削っての交戦を今尚激しく続けていること。それなのに、自分は何も出来ずただ見ているしか無いこと――――それを詫び、ちゃんと謝り、そしてちゃんと生きていきたいことを伝えたかった。

 この世界がもうすぐ終わるのだとしても。その最後まで、必死で生きて、足掻きたかったのだ。


 だってこんなにも――――美しく舞うように斬り結ぶ二つの影が、あると知ってしまったから。

 それに比べれば、痛みも、苦しみも、この二つの影の舞う姿には及ばない。

 この二つの影の舞う美しさに比べれば、自分が抱いた絶望など何のことは無い些末事のように思えたのだ。


 命を燃やして全てを屠らんと、燃え盛る劫火のように鮮烈で劇烈な牛の猛攻と。

 それに対して、静かでたおやかで、余計な力など何一つなく、全ての挙動が必要最低限の力で構成された――例えるなら、風に吹かれ舞い上がる落ち葉のような天の自然な駆動。


 軽やかで、鮮やかで。

 それまでの天とは、明らかに何もかもが違って見えた。やはり人が変わってしまったようだ。

 でも――――その表情は、マリアベルの最期を語った際に見せた、困ったような呆れたような恥ずかしいような絶妙な微笑みなのだ。

 悔やむような、懐かしむような、何とも言えないあの微笑みなのだ。


 だからそこにいるのは天で、そして天じゃない。

 そこにいるのは天じゃなくて、でも他の誰でも無い天だ――そう、殊理は頷いた。


「おおおおおっ!」


 怒号に似た雄叫びと共に斬術を繰り出す牛。

 それを、やはり何事も無いようにさらりふわりと躱し、払い、防ぐ天。


 やがて――――勝敗は決する。

 天と牛。そのどちらかが、斬られる結末を迎える時がやって来る。

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