夢・デマ・他愛・魔性⑧
「貴女は、どうして水兵の装いをお召しになっているのでしょうか?」
「水兵?」
二人ともが目をぱちくりと瞬かせた。
天の予想通り、少女は水兵などでは無い。何ならまだ社会というものを知らない、一部の大人によって管理された“学校”という組織に属する子供だった。
天はヒトガタだ。ヒトガタは皆、人間社会に適応できるように属する世界および社会の基本的な知識は稼働時点で備えられている。
しかし無論それは属する世界および社会に限定される。学校というものに対する知識はあっても、天は少女が通うそこでは水兵の衣服を元にデザインされた“セーラー服”を制服として着用する規定があることなど知らないのだ。
「……なるほど、興味深いですね。どうして貴女の世界で水夫の制服が学校の制服に採用されたのか、その歴史は面白そうです」
「はぁ……」
にこやかに笑みを湛える天とは対照的に、少女の返答は歯切れの悪いものだった。
二人ともが腰に差したそれぞれの得物――刀と軍刀――を見て漏らした言葉は確かに彼女の心に湧き起こった衝動だった。そしてそれは今も残ったままだ。
まるで熾火のようにぶすぶすと小さく赤熱する思いに駆られ、少女は呟くように俯いた顔を上げると、再度天へと見上げる死線を投げる。
「あの」
「そう言えば自己紹介がまだでしたね。賤方は天――フリュドリィス女王国にて製造された人型自律代働躯体、通称ヒトガタ。稼働目的は“神を殺すこと”――と言ったところで、貴女には解らないことだらけですよね?」
「え、あ、……」
少女の思いを遮ったまま、天はつらつらと自分についてを語る。
粛聖――神が自分のいた世界で人間を駆逐しようと襲撃を行っていること。
その粛清に対向すべく、神を討つべく、自分は他の二基とともに創られたのだと言うこと。
しかし自分は自由意志を最も優先することから、本当はその存在意義に反したいこと――――彼の説明には彼がカエリだった頃の話はすっぽりと抜け落ちていたが、ただしそれは天が考えてそうしたことだ。
「何か、解らなかった部分はありますか? 気兼ねなく何でも仰ってください。賤方に可能な範囲内で、全て答えて差し上げましょう――あ、その前に」
ぴくり、と少女の眉が瞼とともに持ち上がる。
「ここには賤方と貴女の二人しかいませんから問題はありませんが……せめてお名前だけでも、教えていただけますか?」
やはり誰しもを安堵させるようなにこやかさを貼り付けた天の笑みは少女にとっては胡散臭く、だが少女は自身の名を重苦しく告げる。
「……殊理」
「殊理さん……素敵なお名前ですね」
笑みが深まる――その様子を見て、殊理はより一層顔を顰めた。天には伝わらないように俯きながら。
だが勿論天も彼女のそんな振る舞いは承知している。そして恐らくは、彼女の先程の発言に何かしら関りがあるのだろうと。
しかしそれは彼女の話を聞かなければ解き明かせない問題だ。そしてそれは難しいので無いかと天は考えている。
天は自由意志を最も尊重する。彼女が話したくないと考えるのなら、自分は訊くべきでは無いと考えるのだ。
「さて、殊理さん……賤方に何か、質問はありますか?」
恨みがましくじとりと視線を持ち上げた少女に、胡散臭く思われようと――その心の動きまでは流石に天にも察知は出来ないが――やはりにこやかな笑みを差し向ける天。
だが少女は、ぱちぱちと瞼の上下運動をいくつか繰り返した後で、ふるふると首を横に細かく振った。
(ううむ……セーラー服については語ってくれましたが……会話はあまり望んで無いようですね)
思考を巡らせ、それもそうかと胸の内で独り言ちる。
先程の発言を基にすれば、この少女――殊理は死にたいのだ。これから死のうと思っている者がどうして今生きている者と対話を望むのか。
しかし天には、その前提が誤りであると言う確信があった――いや、それは確信ではなく、確信めいた空論に過ぎない。
(――――意外と速いですね)
ここで天は、躯体内の霊銀探査機能が検知した牛の霊銀反応から、思いの外速く彼がこちらへと向かっていることを察知した。
軍刀に穿たれたことにより、天として再稼働を果たした際にクルードから取り付けられた追加機能はその殆どを損失してしまったが、霊銀探査機能に関して言えば機能調整が出来なくなっただけで済んだのは不幸中の幸いだった。
ただし機能調整が出来ないということは、再度戦闘用に調整することは出来ない、ということである。再び牛と激突する時は、その苛烈で激烈な彼の攻撃を五感機能のみで対応しなければならないことになる。
「殊理さん、申し訳ないですが立ち上がっていただけますか? 牛の奴がこちらに向かって来ています。賤方たちも逃げなけ」
「出来ません」
「――え?」
後ろめたく目を逸らした少女の、その直前に一瞬だけ視線を向けた両脚を天は見た。
所々破れ、解れ、そして土埃と砂埃で汚れた黒いタイツに覆われた殊理の両脚に力は入っていなかった。
それどころか、所々空いた穴から垣間見えたそれは、肌色をしていなかった。
「……義肢、ですか?」
力無くこくりと頷く少女。次いで、機能不全によりろくに動かなくなってしまったことをも付け加えた。
「失礼ですが、診てみても?」
了解を取り、天はしゃがみ込んでその機械の脚に触れた。範囲索敵用に調整されたままの霊銀探査機能では詳細を読み取ることは出来ないが、しかしやはり少女の両脚には霊銀が通っていなかった。
「……霊銀機関の故障、或いは不調でしょうか」
わからない、と告げる殊理。無論、天もそうだった。
もしもここにノヱルがいたのなら、もしかすれば修理も可能だったのかもしれない。何しろノヱルは自身の修復すら自分で行える。そしてあの世界にはヒトガタの技術を応用した、霊銀を介して自在に動かせる機械義肢はある。機械と魔術の違いはあれど、同じく霊銀を原動力として動く義肢なのならノヱルはきっと修理してみせただろう――あくまでも天の予測に過ぎないが。
だが天はそうではない。彼が戦闘以外に特別出来ることと言えば先ず夜伽と、そして刃毀れしたり折れてしまった刀を直すことくらいだ。霊銀を介し自在に動かすことの出来る義肢など、その構造を理解することすら不可能だ。
「――分かりました。これでは貴女に立って歩けというのは無理ですね」
その物言いは少女の眉間に深い皺を寄せた。しかし直後、寄った眉頭は目を見開いたことにより再び離れる。
「ならば、負ぶって逃げましょう」
にこやかな笑みだった。誰しもを安堵させるような、それでいて何処か胡散臭い――そして少女が制止の声をかけるよりも速く、天は殊理の身体を先程同様に抱え上げて瓦礫ばかりの地を蹴った。
「ちょ、ちょっと!」
「少しばかり揺れるのは我慢して下さいね。何しろ賤方も手負い、先程は問題ないと判断しましたが、やはり幾らか躯体にガタが来ているようですので」
そして二人が駆け去ったその十四分後。
沸々と殺意を漲らせた殺戮鬼――牛は、半分になってしまった軍刀を携えてその場へと到達した。
※誤りがあり、この⑧の部分を⑦として公開しておりました……
この部分を見て「あれ?読んだな」と思った方は、ぜひ前話から読み直しをお願いいたします……
誠に申し訳ございませんでした。




