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夢・デマ・他愛・魔性⑤

「……質問をしてもいいですか?」


 二人は相変わらず結果の得られない探索を続けていたが、その間中ずっと、天は牛の自分語りの内容を脳内で反芻していた。

 それは悲劇と言うしか無い人生だったのだろう――愛する半身を穢され、自らの手で斬り落とすしかなかった。自らの命を投げ捨てることになろうとも、そうするしか無かった苦悩が彼にその選択を強いたのだと。

 無論、その後の半生もまた奇妙だ。自分自身のまま新たに産み落とされた世界で幼馴染と再会した彼は、しかし自らを分断して未来を切り捨てた。未来を歩む彼らのために、産み落とされたその世界を破壊するしか無かったのだ。


 だからこそ天には赦せない一抹が引っ掛かっていた。そしてそれは、牛を問い質すという行動でしか晴れそうには無かった――いや、そうしたとしてもきっと心は晴れないだろうという確信が天にはあった。だが牛が自らの半身を自ら斬ったのと同様に、天もまたそうせざるを得ないように自らの心に強いられているのだ。


「質問の内容にも依りますが……どうぞ」


 決して仲の良い二人では無い――向き合ったことでその関係性が解消したわけでも無く、寧ろ天にとっては今回牛が具象化したことで何一つ向き合ってなどいなかったという事実が露呈したわけだ。

 そんな天を牛が快く思っているかと問えばその答えは“否”(No)だ。しかしならばその逆か、という問いの答えもまた同じ――牛は元より、他人にそこまで固執するタイプの性格をしていない。天が牛をどう思っていようと、それによって牛が天に対して関わり方を変えるような人物像ではないのだ。


 だから突き放すような牛の言動は、ただただそれが彼の基本(デフォルト)だというだけ――しかし人間関係の機微に(さと)い天はそれに対してもまた心に引っ掛かりを覚えてしまう。

 相性で言えば――二人は、最悪だった。


 しかし今に始まったことではないし、今はそれよりも大きな引っ掛かりを解消したい天は気にせず問いを放つ。その問いが原因で、牛との繋がりが拗れて歪み、諍いへと変化しようとも。


「では――――牛。貴方は妹さんの『死にたい』という願いを聞き入れその首を斬ったと宣いましたが……本当にその時、妹さんは()()()()()()()()()()()()()()()


 まるで鉄面皮のように感情を宿し難い牛の表情が変わる――びきりとした激昂が目を見開かせ、怨嗟に狂う鬼のような形相が天の綺麗な顔を睨み付けた。


「……どういう、ことでしょうか」

「いえ。賤方(こなた)も自由意思を重んじる身、賤方(こなた)が貴方と同じような立場でも同じことをしたかもしれませんが……しかし賤方(こなた)にとって最も優先されるのは、他のあらゆる何ものにも左右されないその者自体から湧き起こった意思です。自らの身を由とする意思……」

「何が言いたい……のでしょう」


 天は務めて穏和な表情、穏和な声音で接している。だが目の奥に宿す不明瞭なその輝きだけが真意を語っていた。だからこそ牛は形相を深め、ぎちりと奥歯を噛み鳴らした。


「いえ――貴方の妹さんはその時の一過性の感情に衝き動かされて、突発的に『死にたい』と言ったのでは無いのかと。その本意は全くち――」


 ギィン――牛が放った無拍子の突きを、天が咄嗟に身体を(はす)に捩りながら白鞘の側面で軍刀を叩いた音だ。

 もはやそうなると天の表情も激変する――優男の穏和など微塵もない、敵を屠る殺戮機械としてのそれだ。


「……賤方(こなた)はまだ言い終えて無いんですがね」

「煩い、口を閉じろ」

「おお、怖い怖い――妹さんを斬首した時もそんな怖い様相で斬ったんですか?」


 再び刃が跳ねる跳ねる――荒廃した都市の、舗装すら所々剥がれた大通りのど真ん中。“命を斬る”ことに特化した二つの影が躍る躍る。

 剣戟は乾いた空に硬質で高周波域の残響を何度も泳がせる。

 互いに手を、刀の迸る閃きを知っているからこそ決定打に欠ける天と牛の交戦はしばらく続いたが、しかし五分ほど斬り結んだところで積極的に手を出していた牛の動きがぴたりと止まったことで終わった。


「……天」

「ええ、言われなくとも分かっています」


 牛に対し、防戦に専念するために消極的な迎撃を貫いていた天もまた、実のところその()()を察して牛と同じタイミングでぴたりと動きを止めていた。

 そして二人は、突如として現れたその気配を確かめるため、今一度肩を並べて歩き出す。


 雌雄の決着もまた二人にとっては大事だが、そんなことはこの世界から元の世界に戻るという目的を考えれば些末事だ――相容れない二人だが、繋がっている故にそこに関しては意見ががちりと合わさった。


 向かう中、天は意識の一部を自らの躯体に潜らせ、霊銀探査機能(ミスリルディテクタ)の精度を弄った。

 よくよく思い出してみれば、その探査範囲と探査制度は戦闘用に特化させたままであり、詳細な霊銀(ミスリル)の動きを把握できるが探査範囲は極めて狭いものとなっていた。

 それを、把握精度を低める代わりに探査範囲を広域化したのだ。すると感じた気配の方向にひとつだけ微弱な霊銀(ミスリル)反応を得ることが出来た。

 天は自らに向けて心の中で舌打ちしたが、その隣で牛は天のそんな様子に気付き、しかし特に何も思うことは無かった。

 牛は他人に固執しない。だからそもそも天がそのことに気付き、この世界に転移(とば)された段階で霊銀探査機能(ミスリルディテクタ)を弄っていればその気配にももっと早く気付けただろうとも、そのことに対して悪く言うことや暗い気持ちを抱くことは無い。

 それは一種の美徳ではあったが、“他人への興味が欠如した果て”と言うことも出来た。それ故に牛は生前、彼を理解してくれる人に欠いていたのだ。


 そういった内面に於いてもやはり、天と牛は正反対だと言える。

 天は他人に自分がどう見えているかを気にする傾向にある。つまらなく言えば“自分は他人によく思われたい”という意思が垣間見える言動が多い。

 それに対して牛はそんなことはどうでも良く――というよりも、自らが抱く興味の範囲内に他人が存在しない。

 そしてその違いは、二人のこれまでの経緯が大きく関わっている。

 ヒトガタとして人に仕えるよう創られ、人を喜ばせるよう設計され生きてきたカエリという経緯を持つ天と。

 戦時中に大成した軍刀術を継承する立場として幼少よりその筋の英才教育を施されてきた経緯を持つ牛と。

 両者では、見て来たものと見るべきだったものとが大きく違い、そしてそれ故に育って来た自我の形が大きく違う。


 そんな風に相容れない二人はやがて、荒廃した街の片隅の廃屋に、一人の少女の影を見つけたのだった。

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