消えない肉沁み①
あなたの死を喰らい尽くしても猶
涎を垂らして双眸を煌つかせては
次の生命を頬張る賤しいわたしを
あなたはどうか、赦さないでいて。
◆
「ノヱル、
神を否定しろ」
Noel,
Nie
Dieu.
Ⅱ;消えない肉沁み
-Meatopia-
◆
「何でだよ、何でっ……」
声を荒げ、少女は吐き捨てた。しかし想いの全てが言葉となって出て行ってくれたわけでは無かった。
「はは、お疲れ様ー」
「お先に失礼っ」
彼女の横を擦り抜けていく後輩たちが肩に手を置き、或いは背中を叩いて口々に労いや労りの皮を被った言葉を投げて行く。
後輩たちは皆、彼女に比べてふくよかで瑞々しかった。彼女が勝っているのは背丈ばかりで、身長に栄養を持っていかれたのか肌は荒れていたし随分と華奢だった。
わなわなと震える彼女の前に掲げられた魔光掲示板には彼女たちを識別するための製品番号が浮かび上がっているが、しかしその羅列の中に彼女を示す番号は存在しなかった。
「……また、ボクだけが……食べては貰えないんだ」
“食肉の楽園”――そう名付けられたこの工場で。
食用人肉として生まれてから15年間育てられて来た彼女は、今日もまた規格・品質検査において不合格とされたのだ。
◆
「いやぁ、まさかあんなところで旅人を拾うとは、今日はいい日だねぇ!」
不蝕鋼の森を抜けた直後の街道にて、ノヱルと山犬の二人は大きな走る箱と遭遇した。
南北に連なる街道を行く輸送車。運転手はまさかと思い停まらなかったが、通り過ぎた際に確かに二人の人間が街道を歩いていることを確認するとすぐに停まり、後進して彼ら二基に声を掛けたのだ。
「いい日、というのは?」
「ああ、あんたら旅人だもんな。うちの国での諺みたいなもんさ――“いい日にはいい縁あり”ってな」
「成程、いい国だな」
助手席に座るノヱルは改めて運転手の姿を見定める――人間とは異なる部分がいくつかある。
側頭部では無く頭頂部に生えた一対の耳――かつては獣人と呼ばれ、蔑まれていた種族だ。
獣人にはいくつか種類があるが、運転手の容姿からノヱルは豚から発展した“食べる人族”だろうと予測した。呼び起した知識と、そのでっぷりとした体型は確かに合致している。
「ねぇねぇおじさん。おじさんは食べる人族?」
後部座席に座っていた山犬が身を乗り出して訊ねた。ノヱルは顔を顰めたが、運転手は大きく笑って「そうだ」と答える。
「ちなみにあんたらは――真なる人族か?」
言葉に込められた微かな違和感を掬い取ったノヱルは敢えて首肯する。山犬には目配せをし、また「口裏を合わせろ」と霊銀通信で釘を刺した。
「そうか――――よし、じゃあ今夜はうちに泊まっていくといい! 家内にたらふく旨い料理を用意させよう。お腹、空いてるだろう?」
「それは有難い。山犬、良かったな」
「うんうん! 美味しいご飯が一番有難いよねぇ!」
「はは。運転手さん、こいつはこの通り食い意地が張ってますんで。お返しは何がいいでしょうか? 己れは狩人の真似事くらいなら出来ますから、料理の材料でも獲りましょうか?」
「構わんよ、あんたらは今夜は俺の客だ。客人は黙って動かずもてなされるのが世の常よ」
「成程。痛み入ります」
「え、ノヱルくんどっか痛むの?」
「山犬、お前は知識が足りなすぎる」
「だって知識って食べられないんだもん」
「ははは!あんたら面白ぇなぁ!――――」
談笑と言う名の花を咲かせながら本根を土に隠して輸送車は街道を北へと走る。
車窓から見える風景は荒野そのものだ。
枯れた大地はひび割れ、根の無い球形の草が風にカサリクサリと転がる。
街道とて、その名はついているが舗装はろくにされておらず、轍で踏み固められた通り易い獣道がそのまま交易路として使われているに過ぎない。
しかし北に進むにつれ、様相は段々と変わってくる。
枯れた砂地は僅かばかり水気を帯びた土に変わり、丈の低い草が見られた。
緑の面積はどんどん広がっていき、街道も石畳を並べ舗装された道に変わる。
「客人、そろそろ俺の家だ――ああ、そういや名乗ってなかったな」
「いえ、こちらこそ」
「いやいや、あんたがノヱルでそっちの可愛いお嬢さんが……ヤマイヌ、だったか。お嬢さんは東国出身かい?珍しい名前だよなぁ」
ノヱルは「そんなところです」と適当に答え、そしてやはり山犬に霊銀通信で釘を刺した。
しかし反応が無いことに後部座席を振り返って見ると、山犬は窓に頬を預けて就寝している。
「ははは! 座ってるだけってのは退屈だったろうからなぁ!」
「配慮が足らず、申し訳ない」
「いいってことよぉ! それより――俺はランゼル、輸送業者さ。この街の食肉工場に飼料を届ける仕事をしている」
「食肉工場?」
「知らないのか?よほど遠くから来たんだな……そうだ、明日で良ければ食肉工場を案内してやろう。俺もちょうど休日だし、明日は連れ合いも出かけてて暇してたんだ」
「それはありがたいですね」
「うーっし、楽しみにしておくといいぜ? 何せこの街の食肉工場は、天使様のお墨付きだからな!」
天使、という単語に眉をピクリと蠢かせたノヱル。少しばかり口角を持ち上げると彼は、ひどく冷淡な感情を隠したまま「それは楽しみですね」と小さく返した。
◆
ノヱルと山犬の二人がその街に入る、その1日前――“一基目”はすでにここ、アリメンテの街に入り込んでいた。
「いやぁ、助かりました!」
街の外縁から伸びる街道で行き倒れとなっていた彼を見つけた老いた男は自らの住まいに運び込み、食事と水を与えたのだ。
「いや、こうして命を救うことが出来て儂も良かったよ――それで君は、どうしてそんな軽装で旅を? その格好だと、東の果てからやって来たんじゃないか?」
一基目の服装は独特――伯夷柄と呼ばれる、体型にぴたりと合う襯衣に穿馬と呼ばれる足首丈のキュロットスカートを穿く、東国発祥のファッションである。
しかしそれをひと目で見抜いたということはこの老いた男性がある程度の識者であることを一基目は見抜き、だからこそ思い切って全てを打ち明けた。
「いえ――賤方は東国の出ではありません。それどころか出身は隣国、フリュドリィス女王国、賤方はそこで生まれた“ヒトガタ”なのです」
その言葉に、男は驚きを隠せなかった。
何故なら、かつて魔技において栄華を極めた女王国は、50年以上も前に滅びていたのだから。
「型式は古いですが、与えられた用途は用心棒。一宿一飯の恩に報いるため、何か賤方に出来ることはありますか?――ああ、申し遅れました。賤方のことは、気軽に“天”とお呼びつけください」