銃の見做し児⑫
そして二人は王城の中を散策し――とは言っても地上部はやはり蹂躙され尽くされており、目ぼしいものや生存者は勿論無かった。
建物自体は金属の骨格が大きく切り出した石材を貫いているため、また飽和寸前まで霊銀が込められ強化されているためにひどく頑丈であり、ほぼ無傷な支柱や欠けた程度、罅が入った程度の損傷で済んだ壁や天井もあったが、家具や調度品などは壊滅的だった。
しかし目的の物が見つかるか、或いはそれが無いことが確信できるまで探す方針を固めたノヱルと山犬は疲れないという自らの特性を十全に活用して広大にも程がある王城内を隈なく歩き回り、探し回った。
目的の物とは三つ。
ひとつ――それは直ぐに見つかった。王家の象徴でありこの国の国花にも制定されている白百合の華美で荘厳な意匠が施された鐘楼塔の頂点、国民が“自由の鐘”と呼ぶ大きな釣鐘のあった筈の場所にそれは在った。
形を言えば、十字に刻まれた空間の裂け目。風景を切り取ったように、その裂け目の中は極彩色の渦が満ちており、しかし触れようとしてもどういうわけか通り抜けてしまう。
「これ、なぁに?」
「神の門――連中が移動するのに使うやつら専用の転移門だ」
本来ならばそれを壊したかったが、ノヱルと山犬の両者ともにそれに対しては無力だと言うことが分かった。如何せん、通り抜けてしまうのだから何のしようも無い。
自身に詰められた知識を漁り直したノヱルは、おそらくそれを壊す役割はもうひとつの器が持っているだろうと予測する。
「でもこれ、放っておいていいの?」
「放っておくとまた天獣やら天使やらがやって来るんだろうとは思うから、壊しておきたいのが本音だ。でも己れたちには壊す手段が無いってのも事実だ」
「うーん……」
ひとつ――それは一番目の行方だ。
孤児院で目を覚ました時から彼はいなかった。彼に与えられた刀の器すら無かったことから、おそらく彼はそれを携え一足早く命題の遂行に移ったのだろうと予測されてはいたが、どうやら随分前にこの国を経っているのだろうと思われた。
「一番目って、名前何だっけ?」
「どうだろうな――己れやお前がそうだったように、創り変えられる前の名は意味を持たない。ある程度、どういう奴だったかの面影はまぁちょっとあるかもしれないが」
「えーっと、……どんな人だっけ?」
「己れよりお前の方が詳しいだろ。己れと違って彼は、用心棒として比較的院の中か近くにいたんだろう?」
「ああ、そうだった気もする」
「……思い出まで咀嚼したか?」
呆れの表情を見せたノヱルに、山犬は満面の照れ笑いで誤魔化す。
兎にも角にも、一番目が未だこの国に残っているという形跡は無く、やはりかなり早い段階で国を経ったのだと考えた方が自然だと思われた。
そして最後のひとつは――
「ねぇねぇノヱルくん。まだ探し物するの?」
「ああ、そのつもりだ」
「でもさ、早く神様ぶっ殺さないと、人類滅びちゃわない?」
「別に己れはそれでも構わない」
「えっ、そうなの?」
「いいか、山犬――己れたちに刻まれた命題は“神を殺すこと”だ。最終的にはそれは復讐の類だったかも知れないが、己れたちはあくまで“神を殺す”ための兵器であって、人類を救うなんて面倒な大義は持ち合わせちゃいない」
「ああ、まぁ、そっか」
「でもお前がそれをしたいって言うなら己れは止める気も無いけどな――ああ勿論、便乗する気も無い」
「うーん……山犬ちゃんはほら、楽しければそれで善し、って考えだから」
「お気楽だな」
「それで、急がなくていいのは解ったんだけど、結局何を探すの?」
「――狂人の行方」
「狂人って――創造主さま?」
「ああ」
「え、死んだんじゃないの?」
「にしては遺骸が無かっただろ」
「ああ、確かに」
「お前まさか、喰って無いだろうな?」
「無い無い」
「だとするなら――己れたちを創り上げて創り変えた狂人様は、異獣か異骸になったと予測される」
「え、何?」
異獣および異骸とは、荒れ狂う霊銀により汚染されて変貌してしまった存在のことを指す。そして両者の違いとは“生命を持つかどうか”である。
前者は命ある存在が霊銀汚染によって本来とは異なる器官や造形・能力を獲得するに至ったモノであり、後者は死した残骸が汚染されて通常とは異なる法則の生命を得た存在だ。
尚、異獣が恒常化し生態系に組み込まれたモノを“魔獣”とこの世界では称している。
ノヱルの予測とは、神を殺す方法を考え続けた狂人は死後、この国に蔓延する荒れ狂う霊銀によって汚染されて何らかの異骸へと変貌し、姿を晦ませた。
異骸の多くは生前の渇望を引き継ぐことから、おそらくは神を殺すために、若しくは神を殺す手段を構築するために活動を開始したのだろう、と。
ノヱルが躍起になって探し回ったのは、この国に於いてであれば研究所こそが神を殺す手段を構築するに最適な場所だからであり、しかし研究所内にその姿は見られなかった。つまり一番目同様に、狂人もまたこの国を経った後なのだろうと考えた方が良いという結論になる。
「山犬、行こう」
「うん。どこ行く?」
「先ずは孤児院の先にある森の国境を抜けて、東国へと向かおう。神の軍勢による蹂躙が、一体どの程度まで進んでいるのか分からないが……」
「美味しいものあるかなぁ?」
「……無ぇよっ」
「うぇえん、あるもぉんっ!」
そして二人は王城を後にした。未だ濁った雪が降り頻り、昼なのか夜なのかが不鮮明なままの空の下、時に話しながら、時に笑いながら、片方が呑気に歌い、もう片方が罵りながら旅路を巡る。
機械仕掛けの百合の国にかつての栄華は一切無い。
ただ今そこにあるのは、荒廃しきった世界の様相と、そしてほんの少しの希望だけ。――誰にとっての希望なのかは、いまいち要領を得ないが。
しかしその希望は、きっと“銃/獣”の形をしていた。
◆
Ⅰ;銃の見做し児
-Gun Parts Children-
――――――――――fin.
◆
「はぁー、面倒臭い面倒臭い」
鈍色に塗れた不蝕鋼の森の獣道を往く浪人が一人――いや、一基。
軽量化の魔術が施された薄い金属製の三度笠の下には青空色の髪が靡き、陰った相貌は仔細を読み取れないが整った顔立ちだと言うことなら朧げに伺えた。
男性か女性かはよく分からない。上背も、高いようにも思えるし、低かったとしても頷ける。ただ、華奢であることは確かだ。
そしてその細身の体格を包むのは海底のような深くも暗い濃紺の布地――東国から伝わった“伯夷柄”という格好だ。
身体をぴたりと包むボディラインに忠実な襯衣に“穿馬”と呼ばれる足首丈のキュロットスカートを穿く。また屋外では襯衣の上からポンチョやチュニック、ハーフマントを羽織るという着こなしを総じてそう呼ぶのだ。
加えて浪人は四肢にそれを護るための部分鎧――籠手と草摺、そして脛当てを着装し、左の腰には帯に鞘を吊るしていた。無論、鞘には太刀が納まっている。
「あー、嫌だ嫌だ、本当に嫌だ。折角この世に生を二度受けたんだ、自由気まま、風の吹くまま――神を殺すだなんて阿保らしい」
戦ぐ向かい風に笠を押さえながら確かな足取りを続ける浪人は、ぼやく口の運びを止めると立ち止まって空を見上げた。
「ああ、漸く青い空が出迎えてくれた。さぁて――どんな女性に逢えるかな?」
期待に胸を膨らませて再び前を向いた浪人は、森を抜ける道を東へと急ぐ。
未だ見ぬ出逢いを求めて――しかし彼の物語は、結局は刻まれた命題に帰結するよう転がっていく。
一番目のヒトガタ――山犬よりもノヱルよりも先に目覚め、しかし自身の性質から命題に従おうとしない彼はそうとは知らず、ただただ気ままに二度目の生を謳歌しようと歩き続ける。
その腰に、“神を斬り殺す器”を携えて。