無窮の熕型⑥
「ひとつは、お前の身体を隅々まで検査し、その技術をうちの開発局が使えるようになること」
「――この国は己れのいた国の未来の姿なんだろう? ならばその必要は無いんじゃないか?」
「それがそうでも無いんだな」
事実、フリュドリィス女王国が発祥である“ヒトガタ”の技術は失われていた。それどころか、その時代に創り上げられ研鑽された技術の殆どが失われていたのだ。
ヒトガタはこの時代には存在していないし、直接跡地に居を構え興された車輪の公国ですら女王国の技術を半分すらも継承していない。
「お前の身体に備わっている技術をうちの開発局がものに出来たなら、うちの国はもっと凄いことになるからな」
「……使い方を間違えれば悲惨なことになるがな?」
「そこは大丈夫だよ、特に俺の目が光っているうちはさ」
「ならいいが」
そしてもう一つ――これが最も重要だった。
毎年、今くらいの時期になると現れる異界侵攻――四年前から毎年欠かさず現れる白い外套に身を包んだ男が放つ、黒い死の奔流。その撃退に与するというのが、もう一つの条件だた。
「賊は一人。ただ、無茶苦茶強い魔術士だ。俺も毎年最前線で交戦しているが、確認できただけで炎術、氷術、光術、動術、流術、鉱術の六大術の他に、方術も使いやがる――うちの王様も稀代の天才って呼ばれちゃいるが、修めた術の範囲で言えば同等、でも機転と出力じゃ段違いってとこだ」
「……そいつの容姿は?」
四年間に三度の侵攻。その毎回において襲撃者の容姿は一切変わっていない。
身に覆う白い法衣はフード付きで、陰った表情はよくは見えないが所々皮膚に罅割れのような紋様が視認できた。
三度目の襲撃時には今後に備えて映像記録も残してある。その映像を垣間見たノヱルは絶句した。
黒い球体から死の奔流を放つその人物が、自らを創り上げた狂人その者だったからだ。
「……クルード」
「ん?」
「コーニィド、済まない。彼に代わって、その創造物である己れが先ずは詫びを入れる」
「え、何? どういうことだ?」
「どういうことも何も……己れという存在を創り上げたクルード・ソルニフォラスという人物こそ、この襲撃者その者だと言う話だ」
「……マジか?」
「大真面目だ」
◆
過去からの来訪者であるノヱルの生みの親こそ、四年前からこの世界を滅ぼしに来る襲撃者だという事実はその日のうちに若き王の耳に入ることになった。無論、それを伝えたのはコーニィドだ。
その一時間後に行われた緊急会議にノヱルもまた招集された。コーニィドに連れられて議会の場に踏み入ったノヱルは、自らに向けられる幾つもの鋭い視線を敵視と認識した。しかしそれは当然だと考える――世界を滅ぼそうと躍起になって現れる襲撃者が創り上げた存在が自分なのだ。彼らがノヱルを危惧しないわけは無かった。
だが【車輪の騎士団】の二番隊長であるシルヴィス・ハイドと現王ケインルース・アルファム・ランカセス・レヴォルテリオ、そして彼を捕獲しこの場に連れて来たコーニィド・キィル・アンディーク。この三人だけは異なる視線を持っていた。
「コゥ兄、何度も確認するけど……あの白い法衣の襲撃者の正体をそこの彼が知っているというのは本当?」
現王は慕う彼に対してはこんな風にくだけた喋り方をする――しかし公王が親しみのためにくだけた喋り方をする、という文化は彼の前代の王が始めたことだ。つまり、コーニィドが。
ケインルースは時と場と状況を見てそれを一部採用することを決めていた。親しい人物に対しては親しいからこその語りをし、そしてその言葉遣いを相手にも認めるのだ。
「ノヱル」
「ああ」
コーニィドは現王からの問い掛けに自らは答えずに、ノヱルが襲撃者であるクルードについてを詳らかに説明した。
そして“神を殺す”という自らの製造目的を告げた後で、そんな自分を創り上げたにも関わらず何処ぞに出向いて未だに“神を殺す”という執念に憑りつかれてしまっているのだろうと推測で言葉を結んだ。
「つまり、ノヱル以外にももう二人、同じように“神を殺す”目的で創られた仲間がいるんだね?」
「ああ。だが天使との交戦の結果、己れとは異なる座標に転移されたらしい」
実際には転移させられたのはノヱルと天のヒトガタ二基、そしてレヲンの一人であり、レヲンはどちらかと言えば“異獣”という分類になりはするのだが、面倒なためにそのくだりは端折った。
「そして己れは、元居た時代に戻りたい。そうで無ければ己れの命題を果たすことが出来ないからだ」
「成程――確かにこの世界にも聖天教はあるけれど……そんな風に天使や神そのものが人を滅ぼそうと襲い掛かって来ることは無いかな」
「だな。信者は多いけど、勢力って感じでも無いしな」
「そうなのか? 己れのいた時代では、“荊の兵団”なんていう禄でもない奴ら抱えていたけどな」
会議に参加する面々が訝しむ中、三者はそれを全く意に介さずに三者だけで話を進める。
しかし既に【車輪の騎士団】の各隊長は現王と元王の遣り取りの様子だけで目付きから鋭さを除いていた。あの二人が大丈夫だと判断しているなら大丈夫だと察したのだ。そう出来ないのは文官たち――特に、次代の王位を狙う公爵たちだ。
「一先ず事情は分かったよ。君が嘘を吐いているようにも視えないしね」
「……“瞳術”を使っていたのか?」
「そうだよ? 僕たちの世界じゃ割と当然だけど……気に障ったかな?」
「いや……そもそも、その様子を見抜けなかった」
「だろうね。僕、そういう小細工得意だから」
ケインルースは洞察力を高めて相手の虚偽を看破する【心眼】の瞳術を行使していたが、しかし体内の霊銀の循環を操作してそれを露見されないようにしていた。
ノヱルは気を許していた風を装い、その実躯体に込められた索敵機能を用いて霊銀の反応を伺っていたが、それを以てしてもそうだとは看破できなかったのだ。彼以外の数人はそうだと見抜いていても。
「魔術に於いてうちの王様に勝てる奴なんざそうそういねぇよ――だからこそあの襲撃者はヤバいって話だが」
「……クルード程、魔術と技術に狂い切った者はいなかったと聞いている。事実、追放されそうになったがその頭の切れで国内に留められたのだからな」
そしてノヱルは自分が元の時代に戻ることが出来るなら、惜しみなくクルードの撃退に手を貸すことを進言した。
文官たちはその言葉を訝しんだが、現王と元王、そして騎士団の隊長たちはそれを受け入れた。
「よし、ノヱル――手を貸してくれ。そうしてくれるなら、僕たちも惜しみなく君に手を貸そう」
「ああ、望むところだ若き王。己れの全身全霊をかけて、あの狂人を完膚なきまでに叩き潰すことを誓う」
二人それぞれが手を差し出し、その手と手とは固く握られた。その手にコーニィドが上から自らの手を被せ――ここに、時代を超えた同盟が結ばれた。




