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異ノ血の異ノ理㉑

「汝フラマーズ・マイヤーを、近衛騎士として任命する」


 叙勲の儀式の場にて、銀騎士ことフラマーズ・マイヤーに教皇自らが直々にその聖剣を手渡した。

 エディの目が映したその聖剣は白く清廉な気を纏い、煌びやかに彩られた鞘に納まっていた。

 それは、ウィリアム・マイヤーから借り受けた聖剣と何ら変わりない、いや、生まれたての煌びやかさを湛えたものだった。


 聖女の死の悲報も報じられてはいたが、直ぐにフラマーズ叙勲のニュースが世間を賑わせた。

 何せフラマーズはまだ若い。歳の頃こそ二十は迎えてはいたが、それ程若い騎士が近衛騎士に任命されるというのは例を見ないものだった。


 またフラマーズが率いていた七人の聖天騎士もそれぞれが高い地位に就けることになった。

 彼らは聖都に生まれ聖都に育った騎士ではあったが、騎士の家柄では無かった。唯一修道騎士として教団に仕えるからこそ騎士を名乗れる、そんな者たちだった。

 そして突如鳴り物として騎士団の中枢に踏み込んだ彼らに対する風当たりは手厳しいものもあったが、しかし彼らのリーダーは今や近衛騎士だ。また彼らには実力もあった。だからいつしか認められ、聖天騎士団の輪により深く繋がっていく。


 しかしフラマーズは危惧していた。かつて聖女を守った、あの男――あの親友のことを。

 聖女の悲報はもう届いているだろうか。

 彼女の死を知った彼は、どうするのだろうか。

 彼はここにはいない、だからそれを知ることは叶わない。


 だからフラマーズは何度も誓いを新たに、確かめるように己に言い聞かせた。


 あの日の約束を、必ずこの手で実現させる。

 聖女亡き今、それを齎せるのは築けるのは自分しかいない、と。


 だが近衛騎士は決して自由に動ける身分では無い。かつての聖女のように、巡礼に赴いた地で声を張り上げることなど出来ないのだ。

 ならば、と。

 フラマーズは手記を綴った。元より日々の記録を(したた)めるのが彼の日課だった。

 修道騎士としての地位を得たあの日も。

 聖女を取り戻したあの日も。

 叙勲を受けたあの日も。

 ずっと、その日のことを丁寧に書き連ねていた。

 違ったのは、綴り方だ。聖女の死後、フラマーズは自らの想いまでも文字へと変えて筆を走らせた。

 それはある種の()()だった。親友との、(トリ)との約束を違わぬための、自らに課した楔だった。


 そんな彼はある日、親友の噂を聞き付ける。

 かつて(トリ)と呼ばれていた彼はさらなる強さの高みに上り、今では“空の王”(アクロリクス)と呼ばれていた。

 異形者でありながら、誰に頼まれるでも無く都市近郊の魔獣を討伐したり、野盗を追い払ったり。時には人を助けることもあったそうだ。

 そんな彼を信奉する者は異形者だけでなく人間にも現れ始め、やがて“異形の軍勢”(テリオ・ストラトス)という組織が創られた。いや、彼が率いる徒党がそう呼ばれ出したのだ。


 そして、その日は来る。

 “空の王”(アクロリクス)率いる“異形の軍勢”(テリオ・ストラトス)が聖都へと攻め入ったのだ。


「敵襲!敵襲ぅぅぅううう!」


 避難を呼びかける鐘が都中で鳴り響き、通りを往来する人々は慌てふためいて駆け出す。

 聖都中央の大聖堂からは、赤い十字の意匠を施された白銀の鎧に身を包んだ騎士たちが剣や盾、槍や斧鎚、或いは弓を手に飛び出してくる。


 聖天騎士団――“神”の聖名(みな)のもとに神意と神罰の代行者として機能する、大陸最強の武装集団だ。

 もとよりその多くは大陸各地に派遣されその全てが集結しているわけではないが、それでも教団の総本山たる聖都を守護する任を帯びる彼らは、騎士団の中でも選りすぐりの集団だ。

 そしてその中には、かつて(トリ)と対峙した八人の銀騎士も――全員では無いが――武器を構えて臨戦態勢を取っていた。


「グロサリア!敵はどこだ!」

「お前の目は節穴か、ギュスト。見れば分かるだろう」


 赤髪の弓騎士(グロサリア)短髪の大柄騎士(オーギュスト)に吐き捨てるように告げた。確かに大通りを北門から大聖堂へと歩む、黒い外套を着た者たちの姿が見える。


「民衆に危害を加える気は無い。ただし教団は別だ、命を散らしてもらう」


 覆い(フード)を取った男は奇妙な顔をしていた。その皮膚全体が、蛇を思わせる漆黒の鱗となっていたのだ。その双眸も縦に刻まれた瞳孔を据え、両手に握る黒い短剣は建物から吹き出す火勢に濡れたように照り返る。


「あの(ツラ)ぁ――“異形の軍勢”(テリオ・ストラトス)か」


 オーギュストが顔を顰める。後ろのグロサリアも同様だ。何故なら彼らは、その集団の長が誰なのかを知っているからだ。

 その頃の“異形の軍勢”(テリオ・ストラトス)は義賊紛いの集団、という風に認識されていた。人里に致命を与える魔獣の討伐を勝手に行ったり、行商を襲った賊から金品を奪い返して届けたことで民衆から尊敬を集めることもあれば、異形の者を助けるために人間(ヴェルミアン)を襲うこともあった。

 だから民衆には彼らの目的が何なのかよく判らなかったのだが、かつて彼らの長と対峙した八人だけはそれを承知していた。



 彼らは待ち続けていたのだ。彼らが(こいねが)った奇跡が舞い降りる日を。

 そのために、人に振る災いを遠ざけ、異形に振る理不尽を()()ねた。いつの日か人に虐げられてきた異形者も、同じく人であると認めてもらえるように。


退()けぇ――!」


 オーギュストが声を轟かせた。その気勢に、彼の前を塞いでいた騎士たちが海を割ったように道を作る。


「俺は聖天騎士団近衛大隊第二中隊のオーギュスト=バラン!――お前らの(トップ)とは顔馴染みだ」


 掻き分けられた人垣の先頭に立った武人の振舞いに、黒鱗の襲撃者もまたそれに倣う。


(われ)(ウロコ)――空の王の命に従いその意志を代行する一人。オーギュスト殿、我らは戦いを望まぬ命を奪うつもりは無い、投降し信仰を捨てるのなら何処へでも逃げ(おお)せ」

「そいつは出来ねぇ相談だ――」


 ぼりぼりと顎の無精髭を掻き、肩に担いでいた斧槍(ハルバード)をよっこらせと構えるオーギュスト。それを認めた(ウロコ)もまた、両の短剣を交差させるように構え臨戦態勢となった。


 俄かに緊張は高まり、そして一陣の風が火の粉を散らす。


「戦場で情けなんかかけられて(たま)るかよ――敵なら敵らしく、ひとつ残らず刈り取れよ!」

「それが望みだと言うのなら――――いざ!」


 剣戟の音が高く響く。


「ヒューイっ!」


 黒髪の女騎士(ヒリン)が叫んだ。自身を庇った縮れ髪の騎士(ヒューイ)の左脇腹を敵の放った短槍の穂先が穿ったのだ。

 ヒューイの投擲した双つの戦輪(チャクラム)は軸を歪めながら高速の回転を続け、火勢に朱く染まる空を旋回すると(あるじ)の元へと戻っていく。


「おっと!」


 突き出した短槍を引き戻すと、(ハネ)は跳躍した。それは明らかに人の脚力凌駕しており――それもそのはず、(ハネ)の下肢は人のそれと異なる、まるで飛蝗(ばった)のような形状をしているのだ。

 中空で回転しまだ焼けていない建物の白い漆喰の壁に張り付いた(ハネ)は、下肢の先にある二股の鋭い鉤爪で落ちぬよう大勢を整えると、自身と同等程度の長さをしか持たない短槍を構える。


「卑怯者!降りて来なさいよ!」


 双剣を構えるヒリンは顔の中心に皺を寄せながら吠える。対する(ハネ)は意地汚く笑むと穂先をヒリンへと向けた。


「それがお望みなら、そうしますよ、っと――」


 ばぎゃん――――漆喰の壁が陥没し、放射状に亀裂を生んで欠片を零す。

 (ハネ)はまるで一筋の光条にでもなったように、誰しもの目にその残像をしか映さない。


「がっ――!!」


 しかしその攻撃は直線的過ぎた――ヒリンはその驚異的な突撃(チャージ)を見抜き、自慢の双剣を交差(クロス)させて防御態勢を取っていたのだ。重なった中心に穂先は吸い込まれるように突き立てられ、双剣はヒリンの細い体ごと弾き飛ばされたが(ハネ)もまた金属同士が激しく衝突する衝撃に錐揉み回転をしながら宙に浮かび上がった。

 その(ハネ)に向けて、再度射出されたヒューイの戦輪(チャクラム)が高速の回転音を鳴り響かせながら殺到する。


「ぐぉっ!」


 ひとつは咄嗟に柄で弾いたが、もうひとつは回り込んだ背中から肉に食い込み血飛沫を散らす。

 南門から大聖堂へと続く大通りの(なら)された石畳を転がっていったヒリンが立ち上がったのと、赤く染まりながら崩れた体勢を戻してどうにか(ハネ)が石畳に着地したのはほぼ同時だった。



 ――その交戦の劇烈さを、エディはただただ眺めていた。

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