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異ノ血の異ノ理⑲

「何故、あの魔獣と戦っていた?」


 だからフラマーズは問うことで時間を稼ぐことを選択した。時間を稼ぐことが出来れば、自分たちの霊銀(ミスリル)の荒ぶりも特殊な呼吸により抑えることが出来るし、また(トリ)の真意を図ることもできる。

 警戒するのはする。だが、敵でないのならそれでもいい――その判断を、残りの七人も察知した。小隊がフラマーズを中心にこのメンバーで組まれてからおよそ二年。中にはそれより前からの繋がりである者もいる。付き合いの長さが成せるものだった。


「それを話す前に、俺には確かめなければならないことがある」


 (トリ)の返答に、フラマーズの眉間は深く皺を刻む。両者の間には警戒が色濃い霧のように立ち込めたが、話の通じる相手であることに(トリ)は表情にはしなかったが仄かな安堵を胸に抱く。


「何を確かめるんだ?」

「お前たちの目的だ」


 (トリ)もまた、フラマーズたちと同様に時間を稼ぐことを選択したことを、フラマーズたちは知らない。しかしそれすらもやはり(トリ)は知らず――互いに、暗闇の中を手探りで事を進めるしかない状況だ。


「お前たちのような出で立ちの者が、どうしてこんな辺境に現れ、そしてあの魔獣の討伐に乗り出したのか――それを聞かなければ、俺は俺のことを話せない」

「成程、簡単な話――最近、聖都の北方面へと向かった商隊が消息を絶つ事件が相次いでいる。俺たちはその調査という役割を与えられた。だからこの地にいる」

「こんな荒野に交易路があるのか?」

「いや、この地は交易路からは外れている。だが、切り立った岩場や洞穴の多いここは、賊が身を隠すのにうってつけの場所でもある」


 なるほど、と返しながら、(トリ)は自分の無知を恥じた。人目を避ける旅路を選んだつもりではあったが、まさかこの荒野がそんな場所だとは思っていなかったのだ。偶々賊に遭遇していなかったから良かったものの、魔獣ではなく賊の集団と相対することになっていかもしれない――ヒトというのは、知恵が働く点で魔獣より(たち)が悪いことを(トリ)はよく知っていた。


「俺たちもまさか魔獣に遭遇するとは思っていなかった。ただ、あの邪眼の魔獣(バジリスク)がそのまま南下を進めていたらやがて聖都の郊外へと辿り着く。運は良かったと言わざるを得ないな」

「ここは聖都から近いのか?」


 (トリ)の疑問にフラマーズは顔を顰める。先程の交易路についての問いもそうだ。この翼持つ人(アラトゥミアン)はこの辺りの出まれにしては地理を知らなすぎる――胸中の警戒レベルを上げ、フラマーズは浅く息を吐いた。


「俺達の足で――まる一日、ってところだが……聖都に用があるのか?」

「いや――ああ、目的地は聖都だ」


 反射的に発した否定を振り払ったのは、(トリ)に迷いが生まれていたからだ。

 そしてその内面の変化――表情や視線から滲み出る猜疑心の薄れ――を何となく察知したフラマーズは、いつでも振り上げられるよう右手に握って下ろしていた長剣(ロングソード)を腰の鞘に差して納めた。

 後ろの七人は跳び上がりそうな程に驚嘆したが、それを左手を上げることで制止したフラマーズは(おもむろ)に一歩歩み出ると(トリ)を見据える眼差しの強さを薄らげる。


「正直俺たちはお前のことをただの異形者だと思っていたが――何か、事情があるようだな。場合によっては力になれるかもしれない。どうだ、話してみないか?」


 フラマーズに詰め寄られた(トリ)は意を決した。

 浅く伏せた視線を再度上げて眼前の銀騎士を見据えると、固く結んだ渇いた唇を開く。


「……仲間がいる」

「仲間?」

「ああ。あそこの洞穴に隠れている」


 少し離れてしまった洞穴を指差す(トリ)の挙動に後ろの七人は心の中で身構えた。

 その言動だけを切り取れば、(トリ)は荒野を根城とする賊の一味であり、仲間を売ったのだとも取れる。しかしそうでないことをフラマーズは何となく理解していた。


「仲間の数は? どうして戦わない?」

「一人だ。具合を悪くして休んでいる。元より、そうでなくとも戦いなど出来ない奴だ」

「そうか。そいつは、……お前と同じ翼持つ人(アラトゥミアン)か?」

「いや、違う。違うが、翼は持っている」


 (トリ)にとって翼持つ人(アラトゥミアン)という言葉は聞き馴染みは無かったが、凡そどのようなことを訊きたいのかというのは判っていた。だからこそ発せられたその言葉に、騎士たちの目の色がほんのりと変わる。


「……翼持つ人(アラトゥミアン)では無いが、翼を持っているのか」

「そういうことになる」

「そうか」

「そうだ。そして俺は、彼女を聖都まで連れて行かなければならない」

「聖都まで?」

「ああ、聖都までだ。彼女はどうやらそこで生まれ育ったらしく、ただ――売られ、見世物小屋に捕まっていたんだ」


 フラマーズの後ろで七人が顔を見合わせる。同じ並びにいたならフラマーズさえそうしただろう。しかし彼はそうせず、今しがた聞いた情報を脳内に流し込んでただただ平静を装った。


「俺もまた、見世物小屋へと捕まった一人だ。ただ運良く、小屋があった町に魔獣の群れが襲い掛かり、その混乱に乗じて逃げ出すことが出来た」


 その後、街から街へと移りながら彼女の望みに従い聖都を目指してきたと(トリ)は告げた。

 その言葉を聞き終わったフラマーズは静かで深い溜息を吐いた。


「残念だが、君が彼女を連れて帰ることは出来ない」

「そうだろうな――俺のこの姿はどうやら、人間(ヴェルミアン)至上主義の街では歓迎されないだろうからな」

「そうじゃない」


 (トリ)は目を見開いた。銀騎士は静かに言葉を紡ぐ。


「そうじゃないんだ――5年前、人々の希望と謳われた“聖女”が姿を消した。郊外の村に洗礼を施す旅路の途中のことだった」


 聖女を運んでいた旅団は賊の襲撃に遭ったのだと銀騎士は語る。しかし驚愕は次の言葉だ。


「聖女はその姿から、“天の御使い”として信者に希望を与える存在とされていた。聖女は、背中に翼を持って産まれてきたからだ」

「――――そうか」


 絞り出すように答えた(トリ)の表情は、全てを察した者のそれだった。フラマーズは難しい顔でその表情を眺める。


「俺が彼女を連れて行けば、俺こそがその賊として裁かれるのか」

「……そういう、ことだ」


 (トリ)にとってフラマーズの肯定は然程(さほど)仰天するような事実ではなかった。彼はこれまでに他人が自分のような異形者をどのように認識してどのように扱うのかを嫌という気にもならなくなるほどに見てきたし、それゆえ自分がどのように認識されているかも勿論承知していた。

 しかし驚いたのは少女の出自だ。彼女は確かに、見世物小屋で“天使”として扱われてきた。だが本当に“天使”だったとは――世界全土に強力な権能と繋がりを持つ教団の聖女であるとは思ってもみなかったのだ。


「ならば頼みたい。俺の代わりに、彼女を彼女が求める場所へと連れて行ってくれ」

「ああ、それは勿論そうするつもりだ――しかし」


 言い淀む銀騎士の後ろでは、にじるように七人の騎士たちが戦形を広げようとしていた。無論、それを見逃す(トリ)では無かったが、しかし彼らと戦う気が起きないのだからしょうがない。


「俺はここで殺されるのか」

「……君の存在は、我ら教団の間では悪魔同然だ」

「俺が異形者だからか」

「……その、通りだ」

「そうか――――ならその前に、お前たちを彼女の元へと案内せねばならんな」



 ――その遣り取りを、エディはただただ眺め続けていた。

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