銃の見做し児⑩
ヒトガタに補給や休眠は不要だ。
彼らは吸気した霊銀を内蔵された錬成炉にて反応させて動力を創り出す。周囲に霊銀が存在し続ける限り彼らが動かなくなるということはほぼ無いも同然だ。
機能維持は必要だ。経年劣化により部品の交換も数年単位で必要となる。無論、技術は目覚ましく進歩するためどちらかと言えば機能向上のために必要になることの方が多いが。
だからノヱルが自身および自身の扱う銃、そして山犬の改良に丸一日――24時間を費やす間、彼の作業は一切停滞を見せなかった。寧ろ効率最優先で組み立てられた作業手順のために時が経つごとに彼の動きは洗練され、着手時点と終了間際では速度が倍程度には違うと言えた。
その最中、一度だけ天獣の襲撃があった。ノヱルおよび山犬の両躯体の改造が完了し銃の改造に手を加え始めた時だった。その際は流石にノヱルも手を止め、山犬と共に五体の凧の天獣を撃退したが、ノヱルに限って言えば目覚めたての時の交戦とはもはや別人だった。
運動機能、射撃性能、銃の威力――そのどれもが卓越し、狭い屋内という地理的要因もあったが双銃を用いた格闘銃撃だけで事足りたのだ。
彼の用いる【銃の見做し児】は銃を使い分けることで状況に応じた特性を得られることこそがその真骨頂だったが、相手によっては最も使いやすい双銃のみで押し切れてしまうほどに性能を向上させたのだ。
「おかしいな」
「え、何が?」
機能を起動させて軍服の補修すらも終えたノヱルは訝しむ顔で呟き、山犬はほわっとした表情で問い詰める。
「襲撃があったということは、己れたちがここにいることを連中は知った筈だ」
「そうなの?」
「ああ。街路の交戦で天獣の追撃があっただろ。知性はほぼ無いに等しいが、連中はおそらく霊的な通信か何かで襲撃対象の存在の有無や距離、方角あたりは共有している筈だ」
「でもじゃあ何で襲ってこないの?」
「……多分だが、この前の上半身みたいに、取りまとめている奴がいるんだろう」
「とりまとめ……リーダーってこと?」
「多分な。待ち伏せされているかも知れないな」
告げ、ノヱルは新しく内蔵した機能を起動させた。
脳裏で薄く共鳴するような高音が仄かに響き、彼の目にしか見えない青黒い風景にぽつぽつと大小の白い点が灯る。
「――廊下に十四、いや十五体。吹き抜けの上空に十二体」
「天獣?」
「多分な。上空にいるうちの一体がまとめ役だ。そいつだけ異常に反応がデカい」
「美味しいかな?」
ノヱルは機能を閉じて山犬を見詰めた。彼女はいつものほんわか顔で仄かに笑みながら見つめ返してくるだけだ。
「お前は本当に、そればかりだな」
苦笑。苦くとも笑みであるその表情に、山犬の顔はさらに綻びる。
「――さて。改めて実戦検証と行こう」
「うんっ! あ、ねぇねぇ、アレ、やってみてもいいかなぁ?」
ノヱルの作業の合間に山犬は、王城地下の貯蔵庫の食糧にも手を伸ばしていた。彼女の固有座標域は仮想空間のようにほぼ無限に等しいが少なくとも腹八分は上回っている。
「ああ、頼む」
「よぉしっ、山犬ちゃん、頬張りまくるぞぉっ!」
「そこは普通に頑張るでいいだろ——ったく、食道楽が」
そして山犬は部屋を跳び出して廊下の中央に立った。研究所へと続く広い廊下の両側に、見たことの無い翼持つ豹のような形の天獣が犇めいている。
「やたっ、新しいお肉っ」
顔を喜ばせた山犬に真っ先に跳び付いた豹の天獣の一体はその首筋に嚙みつくと一思いに肉を引き千切る。
しかし、山犬にとってそんなものは致命傷でも何でも無い。ごとりと転がった頭部が地面に赤色を撒き散らしながらにたりと綻ぶ。
「ねぇねぇ、きもちいいこといっぱいしよ? エロくてぇ、エモくてぇ、とぉってもぉ、エッグいやつ。イクよぉ? ――“神殺す獣”」
山犬が跳び出すと同時にノヱルも作業台から天井へと跳び上がり、雪の舞う中でこちらを凝視する天獣の群れを睨み返す。
「――何だ、人間じゃないのか」
意思持つ流暢な言葉に、寄せた眉根がぴくりと動く。
「確か、ヒトガタと言ったか?まだいたのか、いつ滅ぼしたと思ってる」
「……天使か?」
凧の天獣八体と、上半身の天獣三体を率いるようにその中心に浮かぶのは。
雪よりも白い両翼を背に生やし、光輪の冠を頭頂に嵌めた美丈夫だ。見た目の年代だけで言えばノヱルとほぼ変わらず、着こんだ白銀の鎧と白い布に覆われた肉体の大きさもまたほぼ変わりは無い。
対比する箇所と言えば、ノヱルが顔を顰めさせているのに対し、上空の彼は自信と誇りに満ちた表情をしているところだ。
「いかにも――与えられた位階は天使、名は“神の爪”!」
「……ノヱルだ」
「ほう――“神の否定”とは聞き捨てならん名だ」
「ああ、そうだろうな」
すらりと、腰の鞘から一振りの直剣を抜いたカルフィエルはその鋒を高く掲げると、より一層の勇猛な声音で大気を震わせる。
「全軍、進撃ぃ!」
しかしそれを阻むように、まるで地盤が沈下するような轟音が辺りを支配した。
床をぶち抜いて現れたのは巨大な獣――血よりも鮮やかな緋色の毛並みを持つ体躯五メートルを越す狼だ。
「おお、そんな感じになるのか」
フルル、と唸りを上げる口元には事切れかけた上半身の天獣。しかしそれを噛み砕いては炎へと散らし、巨獣は大きく跳躍するとカルフィエルの左下にいた三体の凧の天獣を一呑みにした。
「――ッ!」
「――ッッ!?」
声なき叫びを上げて炎と化した天獣たちよりも、それを喰らった巨獣にこそ目を見開いたカルフィエルだったが、くつくつと嘲笑うノヱルの姿にどうにか激昂を取り戻す。
「進撃っ、進撃ぃ!!」
号令とともに飛び出す凧は旋回し側方から、上半身は正面から焼き殺そうと翡翠色の炎を噴出する。
大気すら焦げ、辺り一面が穏やかにはほど遠い群緑に染まるも、ひとつとなった影が切り裂くように突出した。




