元ヒロインの孫息子は、仇敵を探す
とある婚約破棄偽装事件について。前作と繋がりあり。
モブ視点。胸糞注意。
「グリシヌ室長、今年の成人たちのリストと、新生児のリストです」
「おー、待ちわびたぜ」
黒いローブから覗く紫の目をニヤリと歪め、我らが室長ことクリストファー・グリシヌはそれまで見ていた書類をほっぽりだし、俺が差し出したリストを読みふけった。
放置された書類は、提出期限が明日なんだが……これ、俺らが代わりに作っとくのかな。
決して無能ではない、むしろ若いなりに有能なグリシヌ室長だが、彼は自分の求める情報を最優先にする。
というかこの部屋自体、諸事情と彼のために作られた捜査本部だ。規模はめちゃくちゃ小さいけど。
ここはとある王国の、女神イーリスを祀る神殿、その片隅。
室長や俺らは階級や年齢などバラバラだが、全員神官やその関係者だ。
部屋の看板は
『異世界転生者の捜索および対策本部』。
各地の成人や新生児のリストは、その大事な資料になる。
生まれ変わりの概念自体は、昔から珍しいものではなかった。
死んだ者を悼んで再会を願ったり、似た子孫を見て「あの人みたいだ」と面影を重ねたりするのはよくあることだ。
むしろこの国の王侯貴族は、偉大なるご先祖様や、親しい死者の生まれ変わりを願って、血筋を絶やさないよう努力する傾向がある。
一門の“輪廻の導き手”となり、神の助力を得るため、神殿や修道院に入ることも多い。
まぁ骨肉の争いも普通にあるし、その場合は「ムカつく奴等が俺に似た顔をしてやがる、それもムカつく」ってな感じだな。
そんな血筋による輪廻という常識を、思いきり覆す事件が起きた。
『婚約破棄 偽装事件』と呼ばれるそれは数年前、事件から約30年を経て発覚し、王家と一部上級貴族を震撼させた。
一応、その他の貴族や庶民には秘されている。
その事件は、最初は婚約破棄騒動として周知されていた。
とある伯爵家の嫡男が、魔法学園で出会った男爵令嬢との結婚を望み、婚約者である侯爵令嬢を蔑ろにし、婚約破棄を目論んだ。
格上の貴族に対する、あってはならない暴挙に侯爵令嬢の兄が激怒し、当時の王太子に兄妹で訴え出た。
伯爵家は分家筋に代替わりし、男爵令嬢は勘当され。
侯爵令嬢は王太子に嫁いで唯一の王妃となり、やがて国母となった。
分かりやすい因果応報と、貞淑を推奨しながらシンデレラストーリーでもある二面性は、当時大いにウケた。
彼らを題材にしたお芝居が、国の隅々まで流行ったらしい。
だがとんでもない真相が約30年後に露呈する。
勘当された伯爵家嫡男は、侯爵令嬢と婚約などしていなかったのだ。
縁談すらもない、事実無根の冤罪だった。
彼は独身の貴族嫡男として当たり前に、魔法学園で男爵令嬢と婚約前提の交際をしていた。
男爵令嬢の実家は資産家だったし、令嬢自身も才気煥発で、伯爵家を支えうる人材となるはずだった。
だが侯爵家の訴えと王家の裁きによって、彼らは稀代の愚者と毒婦として処罰され、もう亡くなっている。
それこそ良き来世を祈るよ、俺も神官だもの。
真相を暴露したのは、黒幕である当時の侯爵家嫡男。侯爵令嬢の兄だ。
侯爵を継いだ彼は、しかし美酒や美女に目がなかった。不摂生が祟って倒れたのは、なんの因果か王城でのパーティだ。
たまたま治癒魔法使いでなく、まだ年若い神官が近くにいた。専門家ではないけど治癒魔法を使える神官も多い。
だがその神官には無理だった。
『め、女神イーリス様の赦しと導きがありますように!』
テンパった神官は、やすらかな死を迎えるための、懺悔の決まり文句を唱えたらしい。
すると、侯爵は
『死ぬのか、じゃあもうここに用は無い、もっと良いとこに転生させてもらう』
とゲラゲラ笑いながら、置き土産とばかりに喋りだした。
身勝手きわまりない、まさに悪魔の言葉だ。
『別世界で死んだ俺は、異世界転生の神の力でこの世界に来た。
ちーとをもらって俺ツエーで成り上がろうと思ったら、最初から偉い貴族の跡取りに生まれて俺スゲー!
なのに親戚連中が、跡取りに相応しくとか五月蝿くなりやがった。家督を横取りする気だ、許せねえ。
どうザマァするかと思ってたら、妹も転生者になった。
妹が、ここはおとめげーむの世界だと言い出した。
妹は自分が悪役令嬢で、伯爵家の嫡男に婚約破棄される運命だ、侯爵家も没落するから嫌なら協力してと言ってきた。
「逆に身の程知らずの攻略対象とヒロインを断罪して、王子と結婚してみせるわ!」
実際には、妹と伯爵家の婚約なんて無い。身分はあっても性格ブスで貰い手が無かったんだよ。
でも妹の思い込みと、性格が変わったのは利用できる。
生臭神官に賄賂を握らせて、伯爵家との婚約書類をでっち上げた。
あとは妹とたぶらかされた王太子が上手くやってくれた。
王妃の縁戚になれて親父は大喜び、親戚連中も黙った。
だがな、俺は本当なら成り上がって、ハーレム王になるはずだった男だ。なのに臣下として我慢してやってるんだぞ。
おい妹、お前を王妃にするために我慢してやったのに、俺に可愛い姪である王女を寄越さないとかふざけんな。
今度こそ俺らしい人生を送ってやる!』
記録を読むだけでヘドが出たよ。
死にかけ俗物侯爵の錯乱ってことで処理されたが、王と王妃の途方もない醜聞だ。
息子である王太子は秘かに再調査した結果、王と王妃を幽閉し、若くして当代の国王となった。
侯爵家はもちろん、婚約書類を捏造した神殿も、徹底的にお掃除された。
一応クリーンになった王家と神殿は、新たな概念の取り扱いに困った。
異世界から来たという、前世の記憶を持ったままの転生者。
無実の者を陥れ、王家を乗っ取らんとした罪人たち。
だが、彼らが主張することを鵜呑みにして良いものか?
彼らの言葉が本当なら、彼らを送り込んだ者の正体は?
女神イーリスに伺いをたてた大神官は、異世界と、異世界の魂を司る神は存在するとお告げを得た。
以降、神殿はこの世界の正式な生まれ変わりと、異世界から忍び込んだ転生者の判別、有害無害の判断に苦心することになる。
「今年は王子が二人とも魔法学園に入学する。転生者が現れる可能性は、今年が最も高い。
いいか、転生者は身体を乗っ取る。俺たち自身が奪われる可能性もある。
その時に気づけるよう、必ず二人以上で動け」
「グリシヌ室長。学園に在学している貴方が乗っ取られる危険性が高いと考えられます」
「その時は容赦するな。俺の身体であっても、捕らえて徹底的に情報をしぼり取れ」
リーダーに対してそれなら、部下の俺らもそうなるな。
「その……王子たちが乗っ取られたら?」
「同じだ」
室長の紫の瞳が、殺気で底光りしている。本気だ。
身体を乗っ取られるのも仲間を手にかけるのも、王家と事を構えるのも嫌すぎる。
転生者よ、どうか来ないでくれよ。
神殿の片隅、『異世界転生者の捜索および対策本部室』。
室長クリストファー・グリシヌは、魔法学園の現役生徒だ。
なぜまだ学生の彼が室長なのか。
彼こそ、『婚約破棄 偽装事件』の被害者である、元伯爵令息と元男爵令嬢の孫だからだ。
婚約破棄騒動は国中で有名になり、祖父母も家族も心身を削られ早死にした。
無実が発覚したのは、孤児となったクリストファーが12歳の時。
王家と神殿の醜聞として箝口令が敷かれたが、当代の国王はクリストファーを探し出し、奪われた家名、グリシヌを返した。
同時に家督を返す案もあったが、調査書を読んだクリストファー自身が一蹴した。
『クソ侯爵め、また転生ってやつで迷惑振り撒く気満々じゃねーか。
大神官様。国王陛下。どうぞ俺を神官に、「輪廻の導き手」に任じてください。我が家門の仇を討ち、国の憂いを絶つために』
クリストファーが転生者に「攻略対象」と呼ばれる存在であることを、まだ誰も、クリストファー自身も知らなかった。
とある乙女ゲーム世界が歪んだ発端。