王女と神子の再会①
バハールの勝利の凱旋の行進は、王宮の正門、エシュデハール門で終着した。門の前で、神官長であるラウーフを筆頭に百人の神官がバハールを出迎え、恭しく膝をつく。その後ろには、色とりどりの制服を着た宮殿人たちが、王宮の入り口まで列を成して道をつくっていた。その間を割って、おびただしい数の宝石で装飾された御輿が通る。
開かれたベールの先には、老王アズィズ二世の姿があった。国王は御輿から降りると、杖をついてよろよろと歩き、バハールが乗る象の前で立ち止まる。バハールも象から軽やかに降り、国王の前に膝をついて頭を下げ、礼を示した。
国王は、バハールの頭の上に手をのせると、しわがれた声で宣言した。
「バハール、お前が次の王だ」
バハールは深々と頭を下げる。
「ありがとうございます、父上」
バハールは礼を言うと立ち上がり、老王と若い王女は抱擁を交わした。門の向こうでは、群衆の歓声が、地響きのように王都中を鳴らしている。宮殿人は拍手をして祝福し、ラウーフら神官たちは、国王の命に従う意を示すため、立ったまま頭を下げた。
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凱旋の行進が終わった後、バハールは宮殿中の高官や家族への挨拶を済ませ、数人の部下だけを連れ、宮殿に隣接する大神殿へと歩いた。バハールは、黒衣に金糸で刺繍された軍服に身を包んだままで、腰には立派な半曲刀をぶら下げている。付き従う部下たちも、文官も武官も軍服を身にまとっていた。
「この度の勝利、心からお慶び申し上げます」
神殿に来たラウーフを、副神官長のジャマルが迎え、深々とお辞儀をする。ジャマルと伴に、ずらりと並ぶ高官も、バハールに礼をした。先ほど王の任命を受けたバハールを邪険に扱うことは、神官であっても許されない。
バハールは礼を返しながら、冷静な目で、素早く神官達の様子を観察する。ジャマルは若い男性で、駱駝のような瞳が特徴的だった。彼の瞳の奥は、いつも睫毛のカーテンに隠されている。ジャマルは平常と変わらず、穏やかな薄ら笑いを浮かべていた。他の神官も皆、微笑を浮かべている。
互いに腹のうちは隠しながら一言、二言他愛のない会話をした後、ジャマルはバハールを神殿の上階に連れて行った。窓一つない暗い神殿の廊下は、点々と灯る蝋燭に照らされている。延々と続く長い廊下を通り抜け、バハールたちは神官長の執務室の前に到着した。
「バハール様、お待ちしておりました。」
ラウーフは扉の前に立ち、バハールを待っていた。白い絹の長衣に濃紫の外套を羽織り、神官長の礼装に身を包んでいる。
ラウーフは、十六歳らしからぬ慇懃さで、膝を折って、バハールに礼をする。門の前でバハールに手を振った時と違って、今のラウーフは神官長らしく落ち着いて、そして神々しい。
「神子よ、こちらこそ、勝利の報告をするのに、こんなにも待たせてしまいました」
バハールも、堅い表情で口を開いた。王女は床に膝をつき、ラウーフに敬意を示す。
「早く貴女を正式に王に任ずる日が待ち遠しい」
ラウーフは目を細め、即位式の光景を思い浮かべて、焦がれるような表情で呟く。メラザイブ国王の任命と戴冠は、神官長の役目だった。
(…早く現国王のアズィズ様は死ねってか)
後ろで控えていたアスブは呆れたが、顔には出さなかった。彼の隣で神子と王女のやり取りを見ているジャマルも、ラウーフの物騒な発言に、緑の瞳を瞬かせた。
「父上には長生きをして欲しいところですが、私も早くラウーフ様から王冠を受け取りたい」
バハールは無難な答えを返し、神子に微笑みかけた。数秒、二人が視線を交わしたあと、バハールは立ち上がり、ラウーフと神官たちに別れを告げた。
「陛下と話さねばならないので、今日は暇します」
「もう?残念ですが、また」
ラウーフは神子らしいにこやかな笑みを浮かべ、バハールを見送った。
去り際、バハールがラウーフに何か合図をしたのは、アスブしか気がついていないだろう。